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「ねじ曲がった英雄(ヒーロー)」

初めての日曜日で内緒にすることの楽しさを知ってしまった騅。

だが同時に自分が何も知らないことも知ってしまった。

今日からの学校生活も無事に過ごすことが出来るのか……?

数カ月後……

白河小学校 1年4組

後醍醐 騅



 あれから数ヶ月。僕は、陰ながらイジメを受けていた。

まぁ入学当時から怪しかったから、そんなに驚いてはいないけどね。

でも表向きは親しく見せていたから、他の先生たちにはバレなかった。


「おはよう!」

僕がクラス全体に響き渡るように言うと、みんなは笑顔で挨拶を返してくれた。

いつも通りクラスに関しては毎日自習。教科書は小1の範囲全てが配られていて、解答も配られていた。かと言って、騒がしい訳でもなく、むしろ静かにやっていた。

時々話し声が聞こえ始めると、(せいや)がすぐに制した。


 う~ん、自習と言っても、1限1限やることが決まっているから、限定自習なのかな?あと、範囲は代わりの先生が毎日決めてくれる。

宿題も出されるから、提出した時に先に進み過ぎていることがバレると怒られてしまう。

あまり大きな声では言えないけど、その常連が僕なんだ。


「後醍醐さん!またあなたは。”決められた範囲をやりなさいって、何回言ったらわかるの!?」

いつも大声で怒鳴るこの代わりの先生は、小5を主に教えている先生で、厳しいというか規則が大好きすぎる先生だ。

「先生。決められた範囲をやっていますよ。……ほら!」

僕はありったけの英語が書かれたノートを先生に見せた。しかも筆記体で。

小1の僕のこの攻撃に先生は眉をひそめて、僕のノートを眺めた。

他のみんなは、その様子をじっと見守っていた。

「………」

すると先生は黙って僕の元を去り、教卓の前の椅子に座った。

僕はノートを閉じ、口元を歪めた。

それは僕にとって、勝利の合図だった。

勿論その合図を見逃さなかった皆は、一斉に声をあげて喜んだ。

だがそうやって騒げば誠が黙ってる筈もなく、また静かになった。


休み時間…

後醍醐 騅



 チャイムが鳴り終わると、いつも通りみんなは一斉に僕の元に集まってきた。

その様子は何て言えばいいかな。エサをまかれた鯉、かな?


「ノート貸して!」

「かっこいい!」

「あの怖い先生を!」

「プライドへし折りまくりだな!すげぇ!」

「英語教えてー!」

……聞き取れたのはこのくらい。

みんな、僕の回答というエサを欲しがって、口をパクパクと開閉している。

数ヶ月も経てば、この光景にも少しは慣れてきた。

だけどこの対処には本当に困ってて、何もできてないのが現状です。


「あ、えっと……1人ずつ! ね! ……1人ずつ!」

こうとしか言えなくて、しかもどんどん詰め寄ってきた。

すると唯一その輪に居ない誠は、この校舎中に聞こえそうな声で、

「おい! 騅くんが嫌がっているじゃないか!!」

と、叫んだのだ。

その英雄(ヒーロー)さながらの登場で、クラスのみんなはそれぞれの席に戻った。

そして、この沈黙の時間である。この物音1つもしない美術館に居るかのような静けさ。話すことをこの空気が全て制しているかのようにも感じられた。

誠がそんな空気を感じている時は、いつも鼻の穴が広がっていた。

それもそうだと思う。光明寺家の4男で、雑用をやっていると話していた誠のことだ。クラス全体を一言で静かにできる快感に浸るに決まっている。


 そんな英雄に憧れすぎたあまりに、誠は道を外してしまう。



3年後……

後醍醐 騅



 ついに小3になった僕は、少しずつ自分が嫌われていることに気が付き始めた。

今までは表向きだけでも仲良くしてくれたから、自分が嫌われているという自覚は無かったのだけど。

でも、この2年間を僕は無駄にしなかった。

詠飛兄さんに頼み込み、護身術を更に極めていた。と言っても、詠飛兄さんには負け越してるけど。

そして誠とは2年の時に離れたが、先生とは3年間ずっと一緒になってしまった。これも傑兄さんの言う通りで、一度目をつけられるとずっと一緒にされるらしい。

面倒な先生だ。



白河小学校 3年3組

後醍醐 騅



 またしてもこの重い空気。

流石に3年も続くと何も違和感を感じなくなってくる。だがクラス替えで3組の先生を見た瞬間、僕は震え上がった上に、青ざめたことは他でもない。それに3年間一緒の人が1人も居ない。第一、2年間一緒の人さえも居ない。

恐らく、イジメを受けていることをどこかで知った他の先生が、気を使ってくれたのだろう。


 クラスに入ると、もう既に先生は教卓に肘を乗せて立っていた。

そんな先生は相変わらず坊主頭で、この威圧感のある鋭い目である。

全員が無言で席につくと、先生は出席簿と書かれた黒革の冊子を、突然教卓がある列の一番後ろに座る僕目掛けて投げてきた。

出席簿は激しく回転をし、他の生徒達の間を通って飛んで来る。

そして、僕の手前で突然右にカーブをしてきた。

僕は最近習った白刃取りで、バシッと出席簿を取りそのまま先生に席を離れ手渡した。

先生を見上げると、見下ろしてくる先生の目は喧嘩をしなれた肉食の目だった。

しばらく見つめあい、というか、にらみ合うと先生は急に笑い出した。


「後醍醐……やはり、頭の回転が早いなぁ? ……おい。よし、お前ら! 後醍醐になぞなぞでも何でも出してみろ! コイツなら答えられる筈だ! なぁ? 後醍醐。」

先生は僕を見下ろした後、周りを赤黒い目で見渡した。

すると生徒たちはそろそろと立ち上がり、僕のことを囲み始めた。

女子も男子からも構わず出される問題は、誰もが答えられそうな、なぞなぞやトンチのきいた問題ばかりであった。

そんな囲まれた中先生の姿を探すと、もう居なくなっていた。

僕はとりあえず止めるように手で制したり、なるべく大きな声を出してはいるが、生気の感じられない生徒たちの目を見ると、どうしても口を閉ざしてしまった。

やはりあの時と同じで、どんどんと詰め寄ってくる……ついには、黒板に背中がぶつかってしまった。

もう後がない。これも傑兄さんの言う通り。まぁ傑兄さんの場合はここで誤爆させたみたいだけど、流石に人は殺したくない。

行く宛も無いのに生徒たちはどんどん迫ってきて、お互いの肩がぶつかっているのにも関わらず、誰彼構わず押して押して僕に迫ってくる。

そんな僕にも誰かの肩が胸辺りに何度も当っていて、少し気分が悪い。

僕の顔は生徒たちの目を見る限り、もうかなり青ざめているし顔も引きつっている。


 その時、隣のクラスから椅子をガタガタとしまう音が黒板越しに聞こえた。

たしか3年2組には数十人くらい元1年4組が居た筈だ。

助けを求めようか……いや、止めておこうか? 僕は苦笑いでやりすごしつつ、2組の誰かがこのドアを開けないものかと、考えていた。

しかし大声で質問を投げかけてくる生徒たちは、更に甲高い声で攻め立ててきて、僕の声はもう誰にも届かないと思い、ため息をついてしまった。

 その状態が何分続いただろう。だけど、再び隣のクラスからは、椅子を引く音が聞こえ、静かになってしまった。授業が始まった。

もう諦めてしまおうか?

いや、もう少しだけ待とうか。


 そこに先生が入ってきた。

まぁ勿論と言うべきか、先生は特に制止もせず、教卓の側にある椅子にドカッと座った。それでも、生徒たち質問にもなっていない甲高い声が響いた。

中には只々悪口を言っている人も居たが、それが広まって全員で悪口を言ってくる、ということにならなかったことが、不幸中の幸いであった。


 僕がもう放心状態になってしまい、諦めて全員の質問1つ1つに答えてやろうか、とでも思い口を開いたその時、乱暴に3組のスライドドアが開けられ、跳ね返って更に跳ね返って全開状態となった。その跳ね返るドアを、生徒たちと先生も目で追っていた。

その姿はよく見えなかったが、ただ者ではないという空気は感じ取ることができた。

僕はその姿を追う気力がなくて、助けに来たのか否か、それだけが頭の中をぐるぐると回り、腕は垂れ、首もうなだれ、背筋も曲がっていただろう。


 その誰かさんは、ぼうっと立ち尽くす僕目掛けて走りこんできた。

生徒たちを次々と掻き分けながら。

そして僕の姿を見つけると、右腕をがっしりと大きな手で掴み、片手で生徒たちをかき分けてそのまま教室を出て走っていった。

前を走る男の子は、英雄のような風貌で背中は小3とは思えない程大きく、そして頼りになりそうな雰囲気を醸しだしていた。

腕は逞しく、髪は黒い短髪でしっかりと切りそろえられていた。


 そして、僕達2人はいつの間にか屋上に着いていた。

屋上に出て初めて、今日が雨ということに気がついた。

かなりの大雨だったから、僕達は屋上の扉の屋根の下の階段に座り込んだ。

床は雨が跳ねる度に、細かい埃が舞い上がった。それに様々な空調設備の出口、排気口が沢山並べられているから、快適とは程遠くむしろ蒸していた。

そこで僕は彼の横顔をしげしげと見つめていたが、どうも「はじめまして」と言う雰囲気では無かった。

すると、彼は僕の視線に気がついたのか、横目で僕を見、

「覚えてない?」

と、耳にツンと来るような声で言い、耳にかかった毛先を左手でひょいと避けた。

えっと………でも、この声で僕を知っている人は少ない筈だ。

「まぁいいや。とにかく、騅くんが無事ならね。」

と、彼は歯を見せて笑った。

この笑い声。もしかして、3年前のことを思い出させようとしているのか?

そんなことを考えながらを見ていると、彼は早く自分のことを思い出して欲しい、と今にでも言い出しそうな顔をしている。


「誠、だよね?」

と、僕が肩に触れて言うと、彼の顔はパッと明るくなり、その笑顔には一筋の光を見つけたかのようだった。余程嬉しかったのだろう。

「そう!! 誠!!」

誠は、甲高い声のピッチを更にあげ、空中に響きわたるように言った。

「先程は……さっきは、ありがとう。」

「いいよいいよ。後醍醐の将来のプリンスに謝られちゃうとか嫌だなぁ。」

「い、いいや? 僕は……3年前も言ったけど、4番目だよ。」

「何を言ってるんだ! 後醍醐のプリンスになれるさ! そう、1番上にね! 君なら諸事情とか難しい言葉で、上になれそうな気がするんだ!」

誠は立ち上がり、目を輝かせ鼻をすすりながら言った。

「う~ん、なれたらいいな。」

「うん! ま、なれたらさ、光明寺家にも目をかけてね! 意外と脇が甘いんだよね~。」

「そうなんだ! じゃ、兄さんたちに言っておくね。」

「駄目だよ! 傑ってやつなんておっかない! あんな冷徹なのに狙われたら、おしまいだ。」

「大丈夫だと思うよ。傑兄さんは、セコイ手は使わないし。それに――」

と、僕が言いかけた瞬間、授業終了のチャイムが鳴った。

「あ、授業終わったんだね! また危なくなったら助けに行くよ! 僕、隣のクラスだからさ! じゃあね~、将来のプリンス~!!」

と、階段を駆けながら言う誠の声が段々遠くなっていくと、僕は1人になってしまった。


 そこで僕はまた、ため息をついてしまった。

詠美姉さんに言われた、光明寺家とは関わるなの言葉。

お母さんに言われた暗黒の歴史。

誠がいくら4男で関係無いとは言え、光明寺家の血が流れている。

そんな彼の「目をかけて欲しい」という願いは、下の位の家なら誰もが言うと詠美姉さんが言っていた。というのも、上手く御三家、いや、二強に気に入られれば、4男をそこの養子という形で苗字を名乗れるという制度があるからだそうだ。

それには、詠美姉さんとの結婚が条件となるとか何とか……難しいことを立て続けに言われた日があったような気がする。


3年2組

光明寺 誠



 俺は4男。じゃあ何が出来るかって……?

騅くんに媚を売って、光明寺家のイメージを良くしてもらわないとね。

二強の後醍醐家さん。

それに気に入られれば、一生食べてくらせる。もっと困れ……後醍醐騅。そして、ピンチになれば、俺が庇いに行く。そう、英雄なんだ。見返りに御礼状? お金? そんなの要らない。俺が欲しいのは……後醍醐という苗字だけだ!

後鳥羽との仲が絶望的な今、もう俺しか居ない。

俺が女ならと両親や兄弟全員に言われる者の気持ちが、騅くん、君にはわかるかい?

最後の子が男で、しかも4番目。女の子でない俺は、君に助けてもらうしかないんだよ?


 そういえば、父の嘆きは辛かったなぁ。

君みたいな変わり者に、どうやって好かれようか……試行錯誤だったよ。

……あーあ、違うよ。俺は、将来のプリンスである君の、たった1人の、唯一の英雄(ヒーロー)なんだ!!

読了いただきまして、ありがとうございます!

次回投稿日は、来週の土曜日、4月16日です。

お楽しみに♪

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