「VS後白河」
ついに始まる後白河戦!
軍配があがるのは、後醍醐家か、それとも後白河か……!?
※7,300字程度です。
※若干BL有り。
2000年4月17日
後醍醐家本棟前
後醍醐 騅
全身から空気が抜けていきそうだ。
そのくらい、今は緊張している。だって今日で御三家は終わりで、その日から二強になるんだから。
僕は学校から帰ってきてすぐにランドセルをメイドに向かって投げつけ、走って本棟前まで来た。
すると、もう他の兄弟は出揃っていた。
詠美姉さんは別棟に居るけど。
そこで僕は、昨日のことを思い出していた。
4月16日
後醍醐家別棟 詠美の部屋前
後醍醐 騅
僕が日記を書き終えた頃、突然隣の詠美姉さんの部屋から泣き叫ぶ声が聞こえたんだ。
慌てて部屋の前まで行くと、詠美姉さんの声だと気づいた。
電話しているのかわからないけど、誰かと話しながら泣いていた。
そこでもまた僕はドアに耳を当て、中の様子を伺った。
「信風……。明日、お互いに……生きていたら…………ね。……これ……も、…‥…‥じゃあ!」
と、電話を切る音が聞こえ、僕は足音を立てないように自分の部屋に戻った。
そして、僕はこんなことを思ってしまっていた。
「詠美姉さんと、信風は……付き合ってるのかな?でも明日って……も、もしかして?でも、詠美姉さんに限って、教えちゃうなんてこと……無いよね。無い無い」
と。僕はすぐに人を疑ってしまう。その癖を早く治さないと。
4月17日
後白河家前
後醍醐 騅
そうこう考えて歩いている内に、後白河家に着いてしまった。
実はこの森を抜けるとすぐに大きい道路に出るのだけど、そこを少し歩いて歩道橋を渡ったらもう後白河家なのだ。
歩いて多分15分くらい?
他の兄弟の歩くスピードが早いから、僕はほとんど駆け足だったけど。
そんな後白河家は、後醍醐家とは違ってものすごく日本風の家構えだったし、ものすごく大きいかと言えば、意外とよく見る一軒家の感じだった。
見た目は日本建築の本で読んだ長崎県にある亀山社中にものすごく似ている。
でも、傑兄さんが言うには中はまるっきし洋風とのこと。
ここが数時間もしたら家じゃなくなる。
そう考えると、少し寂しさを感じた。
そして詠飛兄さんが兄弟全員の顔を見回し、僕も含め全員が頷くとスライド式のドアを思い切り蹴破った。
「後醍醐だ! 御用改である!!」
と、叫ぶ詠飛兄さんの威勢のいい声が響き渡ると、傑兄さんはため息をつき、
「武士だなぁ……」
と、眉を下げた。
そんな様子を苦笑いを浮かべ見ていた純司兄さんはハッとした表情になり、
「騅! 詠飛兄さんにくっつくんじゃないの?」
と、僕の背中をぐいぐいと押し家の中に入れた。
後白河家の中に入ると、そこに広がっていたのは、柱、柱、柱……。
床は黒と白の四角く細かい格子柄で、柱も同じ配色。壁は真っ白。2階に行くには入り口と真向かいの場所にあるむき出しの真っ白な螺旋階段を上ることになる。だけど、後醍醐家と違って吹き抜けではないから、2階がどうなっているかはここからでは見えない。
更に驚いたことに、1階には観葉植物がいくつかあるくらいで、肖像画や絵画も無く玄関すらないので、ドアを開けたらすぐ平らなフロアが広がっている。
そんな1階で詠飛兄さんと対峙していたのは、長男の翔と三男の紳稲。
僕が純司兄さんに押され、詠飛兄さんとぶつかるとすぐに背中にくっついた。
すると段々景色が真っ暗になっていったけど、音だけは聞こえた。
後白河家
後醍醐 詠飛
騅がシールドに包まれたのを横目で確認すると、俺は2階へと走る純司と傑を一瞥し、後白河側が手を出さないように目線で牽制した。
そして2人が2階へと上がると、それを待っていたかのように紳稲が口元を歪ませた。
「詠飛さん……。昨日の、嘘だったんですね?」
「悪かったな。まさか、お前の家を襲うとは言えぬだろう?」
「当主からの雑用……詠飛ちゃん、まさか隠語を使ってくるとはね! 紳稲は、すっかり騙されてたみたいだぜ?」
と、紳稲と同じように口元を歪ませる翔。この2人は、本当によく似ている。
当主からの雑用というのは便利な言葉で、そのままの意味でも良ければ、お前の家を襲う、調べている、嫌っている等、かなり幅広い隠語にも使える。
「騙していたのだとしていたら、すまなかった」
「そんなこといいんですよ! それよりも詠飛さん……。どうして私の気持ちに、気づいてくれないんですか!? 身長、体重からあなたの性癖まで知ってるのに……!」
紳稲はいつもねっとりとした口調で話す。だがそれは俺の前だけ。俺以外の人間とは適当に話していることまでは知っている。
「俺の性癖よりも、戦い方を調べるべきだろう。違うか?」
「そんなこと……必要ありませんよ。私が物心ついた時から、あなたによく口づけをしていたこと、勿論覚えていますよね?」
半歩程俺との距離を詰めて言う紳稲の表情は、数年前に詠美に一時期付きまとっていたストーカー男によく似ていた。何と言えば良いものか……舐め回すような、明らかに恋愛対象だと図々しく顔で言うような……。
俺は適当に頷いた。すると、紳稲は舌で上唇を舐め回した。
「よかったです。小学生になる前までは唇を奪うことを許してくれていたのに、急にどうしたのです? そのあたりくらいに、女性誌でしたかねぇ……ドキッとする女性の仕草は、髪を結ぶ時、ドライヤーをしている姿を見ていて目があった時って。この前は、女性に言い寄られていましたよね。パーティーの時も、後鳥羽家の女性たちに、ちやほやされて。嬉しかったですか?」
と、嫉妬心を思い出したのか、数歩距離をつめてきたので長男の翔がすかさず、
「詠飛ちゃんに近寄りすぎだ、紳稲。あっちのリーチは無限大だけど、こっちは薙刀なんだからさぁ」
と、紳稲の右肩をぐいと引っ張って言った。
「すみません、つい……。でも、そんな女性たちが羨むような光景を、私は見てしまったのですよ? あなたが1人で――」
直感がその先の言葉を言わすな、と訴えてきたような錯覚がし、俺は反射的に苦無程のガラスを紳稲の耳たぶスレスレを狙って投げた。すると避けなかったせいか、紳稲の耳たぶの下部が少し切れ、首に血が飛んでいた。
――アレを見られていたのか……。窓のない部屋だったというのに、如何にして。
まさか、壁に耳を当てて……想像しただけでも気分が悪い。
「危ないですね……。まぁ、後ろにいる騅に聞かれたくなかったのでしょう。ですが、私はいつもあなたを想像するだけで十分満足できます。でも、想像だけではわからないことがあるんですよ……それは――」
と、涎を垂らし始めた紳稲を制し、翔は薙刀を俺の方に向け、
「後醍醐は後白河を潰すんだろ? 理由を教えろ、理由を!」
と、今までの紳稲の一方的すぎる言葉に苛立ったのか、かなり眉をひそめている。
「今回の件は、政府からのお達しだ。1番癒着させていた後白河を潰し、政府の資金繰りを助けて欲しい、というものだ」
と、俺が言い終えると、翔は俺に向けていた薙刀の刃を思い切り床に突き刺した。
「くそっ!! お前らがそのお達しってやつを突きつけるなら、こっちが勝ったら紳稲のよくわかんねぇ願いと、詠飛ちゃんの能力貰ってくからな!」
「よくわからねぇとは、汚い言葉遣いを……。詠飛さんだけ貰えればいいんですよ、私は。能力は誰が貰い受けようと、構いません」
「こういうものは、女子や金、家宝が多いものだが、まさか俺とは。まぁいいだろう。その条件、飲んでやる」
と、肩をすくめて言うと、翔の表情はパッと明るくなり、
「お? じゃあ、武士になんちゃらは無いって、言ってくれるのかな?」
と、歯を見せて言った。
「武士に二言なし」
「かっこいいですね。流石、私の旦那様です」
と、感心する紳稲だが、表情は相変わらず図々しい。
それに一枚壁を挟んだ上では、もう銃声や薙刀の刃がどこかに当たる音が響いている。
「なった覚えはない。そろそろ、話は終わりにしよう。上が賑やかになっている」
と、言い終え俺は覚悟を決めた。
とりあえず長男から倒す為に、この柱の多い家を活かさねばならぬ。
俺は、立膝の姿勢で左手を地面に当て、
「〈鏡の仕掛け(ミラートラップ) 〉」
と、2人には聞こえない程度の声量で言った。
すると床から天井まで何十枚もの鏡が、柱に合わせ向かい合わせになっていく。俺が小童の頃、トリックアート展で散々鏡にぶつかった苦い経験を活かしたものであるが。もし、“瞬間移動”を使って俺の目の前に来るとしても、紳稲の足止めどころか、遠隔で殺すことはできる。それは勿論トリックアート展とは違い、道は無いからである。
すると尖ったガラスが何度も肉を貫く音と、断末魔が突然響いた。
あらかじめ行き止まりに仕掛けておいた剣山ならぬ、三方からのガラス山が動いたのだろう。
まさか、もう掛かったというのか……?
数mmの隙間を開け、極小サイズのガラスを通し何箇所かあるガラス山の方へ遣ると、1つが何かに当たった。そこに遣いガラスを集めると、そうやらそれは倒れているようだ。
死体だな……。となると、このトラップは無意味だな。
と、即座に考え解除すると、血まみれで倒れていたのは、紳稲……いや、あの茶髪はどう見ても……。
「なっ……翔!?」
と、思わず声をあげると、背後に嫌な気配を感じたのも束の間、俺の中で最も早く振り向いたつもりではあったが、髪の襟足から左耳にかけて舌で舐められたような感覚がし背筋がぞっとした。
「何故お前が、“瞬間移動”を……!?」
「何ですか、その驚いた顔は。誰が長男だと決めたのです?」
と、声のする方を見ても、紳稲の姿はもう見えず今度は正面から両肩を掴まれそうになった故、騅に悪いとは思いつつ、後ろ回し蹴りをするフリをすると、案の定慌てた紳稲の薙刀がシールドに当たり、一瞬隙ができた。
その機会を逃さず、ガラスの破片を鋭くし薙刀を刃の根元、中間部分、持ち手付近の3つに斬り、つんのめった紳稲の顔面を、逆の足で回し蹴りをし、蹴り飛ばした。すると紳稲の背中が柱に当たり、そのまま頭を垂れて倒れた。
「ふぅ」
と、一息つくと、騅がシールドを何度も叩き、「言ってくださいよ!」と、涙声で言ってきたが、そんなことを気にかけている場合ではない。
まさか俺の体術程度で動けなくなるとは思えん。それに“瞬間移動”の能力者には、不用意には近づけぬ。
そう考えていると、紳稲は突然高らかに笑い出し、ゆっくりと背中をさすりながら立ち上がった。
「流石ですよ、詠飛さん。薙刀が使い物になりませんし、背中はかなり痛いですよ。詠飛さん……この私が、まさかあなたに手をあげないとでも、お思いですか?」
と、俺を睨むや否や一瞬で距離を詰め殴りかかる紳稲に、俺はガラスを召喚させ、適当な方角に散りばめさせた。すると拳がガラスに当たり、偶然刺さったのか中指の第一関節付近が切れている。
「体術、か」
「私、これでも高校生の部の空手で日本を制しております」
「ほう。では、お手並み拝見いたす」
「はい」
と、言い終える前に、俺が先手を打つと、見事に右手で拳を捉えていた。
「意外と気性は、激しいのですね」
その言葉に、俺は鼻で笑うことしかしなかった。
そして紳稲から繰り出されるのは、正拳突きや地獄突き等、勿論足技もあったが、それはかなり不得手なのだろう。速度がかなり遅い。
そこで俺はなるべく向こうが足技でしか返せないように距離を保っていると、紳稲は額に汗をかきはじめていた上、拳の方も段々焦ってきていた。
更に息も上がってきている。これなら、再び能力を使うのも時間がかかる筈だ。
やはりそこはまだ、三男たるものだろう。まだ青い。
「“瞬間移動”たるもの、体力勝負の筈だろう?」
「はぁ……はぁ……くっ……このままでは……はぁ…詠飛さん……殺し……ますよ……?」
「大分、息が上がっている」
「そう……ですよ……? さて……体術は……ここまで……です。ですが、能力……では……私の方が……!」
と、言い終え瞬間移動で離れると、肩を激しく上下させていた上に顔も真っ赤になっていたが、さらに瞬間移動を重ね、俺の背後から腕を回そうとするのが見え、後ろ蹴りを食らわそうとすると、また消えた。
一体どこへ行った……?
俺はぐるりと周囲を見回したが、見つけられない。
この間も移動を重ねて飛び回っているに違いない。
天井付近も含めてくまなく目を遣っていたそのときであった……!
正面から突然紳稲が現れ、拳を出す前に床に押し倒されていた。
反撃をしようにも後ろのシールドが邪魔して上手く立ち回れない俺の両腕を抑え込んで、スーツのジャケットのボタンとネクタイを口で器用に取った。
さてこれで油断は十分にしているだろう。
俺はそう考えつつ、紳稲に勘付かれぬよう密かにガラスを配置していく。
「その表情……美しいです。さて……後ろの子どもには刺激が強いでしょうが、大人のたしなみというものを――」
そうベルトとその下に手をかけようと片手を離した隙に、平らに配置しておいた20の槍型のガラスらを立てた。
「〈槍の踊り子〉!!」
そして俺の叫び声と共に、一斉にガラスたちが紳稲に向かって様々な軌道で飛んでいく。
紳稲は何とか瞬間移動で避けたが、こちらもじっとしている訳が無い。
すぐに立ち上がり、次の攻撃に備えた。
だが、紳稲は少し離れたところから何かをブツブツと呟いている。
俺は反射的に「アレが来るか……」と思い、そして紳稲が何かを言い終える直前に、後ろに隠れている騅に向かい、
「準備をしておけ。……この前言った準備だ」
と、小声で言うと、騅は「はい!」と、勢い良く返事をしてくれた。
その行為は刹那の出来事であった。
気がつけば両腕は引き伸ばされ、両手の指を絡ませた状態で紳稲の腹の前で握られ、身体は浮いており、壁に思い切り叩きつけられていた。
背中にかなりの衝撃があったことから察するに、騅はもう床に落ちているだろう。
紳稲の方をふと見やると、完全に人を殺めるギラギラとした目をしていた。
もうあの恋愛対象を図々しく表現したような顔は、居なくなっていた。
「驚きましたか?」
「鮮やかなものだ。全く何が何だが」
「当然です。“瞬間移動”の究極技に近いものですから。さて、どうします? 今なら、先ほどの続きをさせていただくだけで、お許ししますけども?」
紳稲はあの図々しい顔を見せ、動けないのを良いことに俺の全身をねっとりと舐め回すように見た。
「許しは乞わん。それなら、死んだ方が尚良し」
俺のその言葉に少し苛立ったのか、紳稲は一瞬だけ眉間に皺を寄せた。
しかし、その表情からすぐにまた図々しい顔になった。
「近くで拝見しますと、やはりお美しい。何も焦っていない、余裕の表情が素敵です」
と、言い終えると、紳稲は俺の腰回りを指で撫で、うっとりとした表情を見せた。その隙に騅の姿を探すと、紳稲のすぐ後ろでうつ伏せに倒れていた。
まさか、打ちどころが悪かったのか?
「俺を殺すのか、殺さないのか、どうするんだ?」
と、紳稲を見下ろした上に睨むと、当人はその問いを鼻で笑った。
「“ガラス師”は、こうでもすれば動けないのですよね? ……その気があなたに無いなら、私はあなたを殺してでも手に入れますよ……!!」
紳稲は俺の首を右手で握り潰すように絞め始めた。だが、先程の体術の時とは比べ物にならない程その力は強かった。
これではマズイ……数十秒が限度だ。
騅……!!
俺は目を瞑り段々と朦朧としていく意識の中で、何度も騅の名前を呼び続けた。
後白河家
後醍醐 騅
僕は眠り込んでいた。
それは数分前の後白河紳稲が飛んできた時の衝撃からだった。
上の階の音は止み、傑兄さんの笑い声が聞こえてきた。
その中で、詠飛兄さんの……僕を、呼ぶ……声が……聞こえて……
「騅……っ!!」
僕は、その声で回想の世界から抜け、自分でも驚くほどすぐに立ち上がった。
その時の光景は普通の男の子なら足がすくんでしまう程、怖いものだった。
詠飛兄さんの腕を目で追っていくと、両手を組まされていて、首の方を見ると、大分絞め上げられ、顔はぐっしょりと汗をかいていたし、みるみるうちに青くなっていくのがわかった。
僕は詠飛兄さんに教えられたことを思い出し、サッカーボールを蹴るように……今日まで、柔らかいガラスのボールで練習してきた成果を、ここで見せないと…‥詠飛兄さんが……!!
僕は、パーティーの時に見せてくれた笑顔を自然と思い出していた。
あのキラキラな笑顔は、誰も見せてくれたことがなかったのに、詠飛兄さんは見せてくれた。そんな兄さんに、これからの僕の成長も見て欲しいから!
気が付くと僕はもう蹴りあげていた。
初めて聞いた人間とは思えない叫び声というか、何かわからないもの。
そして詠飛兄さんが放った大きなガラスの破片が、紳稲を貫く音……だけ。また、その場でシールドに包んでくれたから。
その後のことは、何も覚えていない。ただ詠飛兄さんの胸に抱かれていたこと、いつの間にか後醍醐家の本棟に居たことは、辛うじて思い出せる。
何日か経って聞きに行ったら、後白河家は取り壊されたことと政府が正式に後白河家が無くなったこと、二強になったことも認めてくれたみたい。
傑兄さんと純司兄さんの戦いも見てみたかったけど、2人は何も話してくれなかった。でも何ともないならいいや。
あと“瞬間移動”の能力も、政府に返したんだって。その後どうなったのかはわからないし、詠飛兄さんは教えてくれなかった。
でもね僕が蹴った時に、目に入ってきてしまった光景が離れないんだ。
詠飛兄さんの足付近を……いや、これは忘れよう。
日記にも書かないでおこう。
明日も学校に元気に登校したいな。
あまり良いクラスじゃないけど。
読了いただきまして、ありがとうございます!
引き続き、ご意見・ご感想をお待ちしております。
次回投稿日は、明後日の火曜日です。




