そうだ 京都、行こう。
4月上旬、まだまだ寒い季節。私達は依頼の成功報酬による2週間の休暇を使って、京都へ旅行に来ていた。魔法高生の住む東京から新幹線と在来線を乗り継いで約3時間。魔女だって京都までの長距離を魔力を消費して掃除機で飛んでいったりはしないし、魔法の乗り物だって高校生じゃ免許がとれない。あ、掃除機も持ってきてはいるよ? あれと胸元の魔女バッジがあればどこにいても魔女ってことがすぐに分かる。そのため緊急時にいつでも動けるよう、魔女は魔法高生も含めて、原則どこに行くときでも、どんな服装でもバッジ着用、掃除機携行が推奨されているのだ。
それはさておき、新幹線での旅行というのも楽しいものだ。富士山の前を通った時とかちょっと興奮モノだった。途中買ったアイスをちょうどいい柔らかさになるまでくるみから遠ざけておくのはちょっと大変だったけど。
「着きました、嵐山〜!!」
どんどんパフパフ〜!! 梨花ちゃんが両手を広げてくるりと一回転する。駅から外に出ると、ゆるやかな下り坂の両脇に様々な店が軒を連ねている。私はスマートフォンを片手に歩き始める。この近くにくだんの和菓子屋、鶴家壽があるはずだ。あるはず……なのだが。
「…………迷った」
「「「えぇ〜!?」」」
そういう反応が来ると思ったから言わなかったんだよ。いや、でもまだ景色はバリバリ観光地だし、きっとこの近くだよ。
「とりあえず一旦民宿いくよ。そろそろチェックインの時間だから」
梨花ちゃんが自分のスマートフォンを取り出して歩き始める。私が頼み込んでこの近くのくつろげる民宿を梨花ちゃんに探してもらったのだ。けど、もうちょっと後でもいいじゃん。あと5分もあれば鶴家壽も見つかるはずなんだし。
「だからあいらは地図見ない方がいいって言ったじゃんかー」
うっ……。くるみにそれを言われると何も言えない。散々連れ回したあげくツール・ド・東京みたいな事が2、3……4……いや、2、3回にしとこう。2、3回あったからなぁ。
梨花ちゃんの予約してくれた民宿「嵯峨野館」は、渡月橋のすぐ近くにある1組限定の小さな宿だ。1部屋の定員は2人。
女将さんに案内されて部屋に入る。部屋割りはグーパーで私と舞香ちゃん、くるみと梨花ちゃんがそれぞれ同室になった。内装は……すごく普通の家だ。ちょっと物が少ないだけの。とはいえ、宿泊者が1グループだけっていうのは安心できるなぁ。機密の多い魔法高の生徒が他の人がいる所でグースカ寝るのも考えものだしね。
とりあえず木製の座卓の前に座る。座卓にはお茶菓子。さすがは嵐山。老舗・老竹の銘菓「竹流し」だ。同室の舞香ちゃんも部屋に入って荷物を降ろしている。
私は早速、急須に茶葉を入れてポットのお湯を注ぐ。舞香ちゃんも向かいにちょこんと座った。せっかくのお茶菓子だ。出来るだけ新しいうちに食べたい。竹流しはしっとりとした小さなカマボコ型の焼き菓子だ。プレーンと抹茶味がある。フルーツの入った日本風のフィナンシェといったところか。
「あいらちゃんが甘いもの好きなのは、魔力の関係?」
向かいで伏せてあった湯のみを二つひっくり返した舞香ちゃんが、話を振ってくる。珍しいな、この子が自分から喋り始めるなんて。それだけ気になってるって事か。
私の魔力値が700Mp以上ある事を知っている人はごく限られているのだけど、そのうちの1人に舞香ちゃんがいる。そのうえ舞香ちゃんは、私が魔力を無限に吸い上げる珍奇なブレスレットによって魔力を制御している事も知っている数人のうちの1人だ。別に知られてはいけない秘密って訳じゃないんだけど、私自身体質が極めて特殊で物心つく頃から魔術師機構にお世話になっている事、このブレスレット自体も結構な魔法技術が投入された実験的製品だとかで、一応これの関連情報は魔術師機構のAランク情報に指定されている。Aランクの情報は、当事者が魔女活動上必要と判断した際に、相手に言論統制を行った上で開示する事ができる。もちろん私が本来の魔力値をこの子に話した時だって、その後で「秘密だからみんなにはナイショね」としっかり統制をした。ちなみに後輩のまひかには「他言したら縊り殺す」と、ちょっとばかし釘を刺してある。
だから……まぁ、この子には言っといてもいいか。
「たしかにそれはあるね。私の場合、余った魔力が溢れてるんじゃなくて、作るそばから吸い取られてるから、エネルギーの消費は早いの。普通に甘い物が好きってのもあると思うけどね。でも満腹になったり胸焼けはすることもあるよ、すぐ回復するけど。あ、これも関連事項ね」
しかし美味しいな、このお菓子。中に桃の蜜漬けが入っているんだけど、その蜜がわずかにしみ込んだ生地が絶妙な風味を醸し出している。これはいくらでもいけそうだ。
しばし歓談しながら、お茶をすする。そういや向こうの部屋はどうなってるんだろう。くるみと梨花ちゃんの組み合わせって、何となく想像がつかない。
ふと、もう一度舞香ちゃんの方を見ると、舞香ちゃんが私の方をじっと見ている。というか、今私が封を切った「竹流し」をじっと見てる。なんだろう、と思って見渡してみると、座卓の上には空になったプレーンの包装だけが並んでいる。私の方には抹茶とプレーンが半々。そして抹茶味はまだいくつかあるが、プレーンは今私が開けたこれが最後の一個。ははぁん、閃いた。
「舞香ちゃん、はい、あーん」
包装を折り返してお菓子を半分だけ出し、舞香ちゃんの前に差し出す。舞香ちゃんは赤くなって斜め下に顔をそらす。だけど。
(この子も私と同じくらい甘い物好きだよね)
舞香ちゃんの表情を見て私は納得した。目線がお菓子から逸らせていない。私が少しお菓子を揺らすと目線がそれに従う。可愛いなぁ。
私は舞香ちゃんの隣に回ると、腰に手を回して耳元で語りかける。
「いいの? 最後のプレーン味、私が食べちゃうよ?」
ゆっくりお菓子を自分の口元に近づける。舞香ちゃんは何か言おうと逡巡しているようだが、言葉になっていない。私はゆっくりとお菓子を咥え、口から出ている半分を舞香ちゃんの方に向ける。
「ふぁい、まいはひゃん」
そう言って顔を近づけると、舞香ちゃんは、あわあわと左右に視線を向ける。そして誰も助けてくれない、誰も見ていないのを確認すると、俯いて真っ赤になりながら数秒ためらって、そして意を決したように顔を上げると、
パクッ
私の唇に触れるかどうかの距離で、私の咥えているお菓子の反対側を咥えた。
ストック切れのため無期凍結いたします。アイデアを下さい。