陰を消すな
結局、組織員は全員軽傷で拘束、魔術師機構へ連行された。
私達は敵の魔法が想定以上に強かった事、それによって本来なら正規の魔女が請け負うレベルの依頼を学生だけでほぼ完璧にこなした事などから、報酬は50万円と追加の30万円、それに契約通り公休2週間と1単位、さらに1階級の特進という大盤振る舞いの待遇によって、一躍校内の有名人に成り上がった。今までさほど目立つ方ではなかった私ですら「キャー、麦嶋先輩ー!! かっこいいー!!」と1年生が寄ってくるほどだ。かっこいいってなんだよ。勘弁してくれ。報酬の通達とか掲示板でやっちゃうんだもんなぁ。それこそメールで送ってよ。私の後輩の夏目まひかが「あいら先輩のかっこいい所は私だけの物なんです〜!!」とかって憤慨してたし。あれ、どうすりゃいいのよ。とはいえこれで私とくるみは研修生から初級魔女候補生へ、舞香ちゃんは初級魔女候補生から3級魔女候補生へ、そして梨花ちゃんは1級候魔女補生から上級魔女候補生へと特進し、私も候補生の一員になったのである。そしてその栄誉ある有名人の私たちは今ーー
「はい、じゃぁ23ページの6行目から、後野」
一般科目、古文の授業。指名された後野くるみは、私の前の席で顔を伏せて寝息を立てている。
(……ちょっとくるみ! 当てられてるよ!)
私は教科書で口元を隠しつつ、小声でくるみに呼びかける。「ご飯だよ〜」と瞼をさすれば起こせるのかもしれないが、まさか教室でそれをやる訳にもいかない。黒板の方を向いていた教師が、振り返ってくるみの席を探す。梨花ちゃんの方を見ると、いつもの苦笑を浮かべて両手を合わせ、「ご愁傷様」のポーズだ。
私は不自然に見えないよう姿勢を戻すと、目を瞑って小さく十字を切った。
教師はこめかみに青筋を浮かべつつニコニコしながら近づいてきて、くるみの席の横で立ち止まる。そして
スパァン!!
くるみの頭を出席簿で一発。だが……
「えっ!? この流れで起きないの!?」
私は思わずツッコミをいれる。忘れていた。くるみはちょっとやそっとの事では目を覚まさないのだ。
一瞬の静寂が教室を包み、授業の終了を知らせるチャイムが鳴る。
「……じゃぁ今日はここまで。それと、部隊編成の申請は再来週の木曜までだから、忘れないように」
教師はそういって不機嫌そうに教室を出て行く。
部隊編成かぁ。私としてはこの前みたいに梨花ちゃんや舞香ちゃんとチームが組めれば嬉しいんだけどなぁ、なんだかんだ統制も取れてたし。でもエリートの梨花ちゃんのことだ。だれか他に組む人が居るのかもしれない。そう思うと、声をかけるのもためらってしまう。
私達の取った公休は明日から2週間。公休の開けた次の日が申請期限だ。どうにか今日のうちにメンバーを決めておきたい。休み明けに学校に来てみると周りのチームが出来上がっていて仲間はずれなんてことになりかねない。
「あいらちゃん、こないだの報告書だけど……どうかした?」
私が考え事をしているうちに、いつのまにか梨花ちゃんが近くまで来ている。
「いや、ちょっとね。部隊編成、誰とチーム組もうかと思って」
「あれ? 私達4人で組むんじゃないの?」
梨花ちゃんがキョトンとする。私もキョトンだ。
「私はそのつもりで突入作戦に誘ったんだけど。バスジャックの時もうまく連携できてたし。あいらちゃんは違う人と組みたい?」
「いや、梨花ちゃん達と組みます。組ませてください」
なんだ、梨花ちゃんの方からもそう思ってくれていたのか。学年一の優等生がチームに誘ってくれるなんて、ちょっと優越感だ。さすが1年に慕われる麦嶋先輩といったところか。
「くるみちゃんもそれでいい?」
「……むにゃ、うん……」
「じゃぁ、あとは舞香ちゃんにも確認とっとこっか」
くるみのそれは肯定なのか……。梨花ちゃんはスマートフォンを取り出し、舞香ちゃんに連絡を取る。いちおうくるみを起こしてもう一回ちゃんと確認してみるか。
いつもの手順でくるみを起こす作業。鞄からチョコレート菓子を取り出し、封を切って香りを立たせる。
「くるみ〜、チョコ食べる〜?」
くるみが起きる。ちなみにハイ○ュウでは起きない事は既に確認されているが、チョコ系統の成功率は今の所100パーセントだ。
「くるみもこの前のチームで登録していい?」
「あー、部隊編成? 死ななければ何でもー」
なんだこれ。この子に聞いた私が馬鹿だったのか。
「舞香ちゃんOK出ました〜♪」
スマートフォンを耳に当てながら、梨花ちゃんが空いた方の手で丸を作る。舞香ちゃんもいるとなると戦力的には最強クラスなんじゃないだろうか。近接戦闘の出来る魔力値320Mp代なんて滅多にいない。普段114Mpでやりくりしている私はともかく、大出力の魔力は制御が難しく、高校生ではほとんど範囲魔法か砲撃魔法専門の学生ばかりだ。
「うん。じゃあまた明日。9時に新橋のヤマモトキヨシ集合ね」
梨花ちゃんがスマートフォンをポケットにしまう。
「これで安心して旅行ができるね」
「うん、これで安心して桜餅が食べられる……そういえば、報告書がどうかしたって?」
私の話題でうやむやにしてしまったけど。
「あ、そうだった。この報告書だとあいらちゃん、最低で350Mp以上出てる計算になってるんだけど……」
ぎく。しまった。もう少し簡単な事件なら隠蔽魔術科の後輩のまひかに頼んで証拠隠滅してもらうのだが、今回は相手の戦力を見誤ったとかで教師陣が慌ててやってきて直接調べられたんだった。う〜ん、どうしたものか……。
「わ、私、結構魔力値のブレが激しくて、興奮すると出るみたいなんだよね。火事場の馬鹿力っていうか……」
「そうなの? 今までの仕事じゃそんな事なかったみたいだけど……」
くそぅ、まひかめ。もうちょっと巧く誤摩化しといてくれても良いのに。
「そ、そりゃぁ、あの梨花ちゃんと一緒の仕事なんて興奮するよー、しかも押されてたし。」
く、苦しい。
「そうなんだ、えへへ、じゃあそういう事で報告しとくね」
梨花ちゃんがちょっと嬉しそうにしている。そりゃ、一緒に組めて興奮するなんて言われて嬉しくない人なんかいないか。うぅ……、ちょっと罪悪感。
梨花ちゃんは私達にもう一度明日の集合時間と場所を念押しすると、教室を出て行く。
やばっ、次の時間から選択授業か。私は……ホスピタリティ実践だ。学校のアイドル、86歳のおじいちゃん。後藤先生の授業だ。遅刻すると先生が悲しむ。
教室を出てロッカーから教科書を取り出す。魔法高のロッカーは生徒が掃除機を入れるため縦に長い。小振りな掃除用具入れが1人1つ与えられていると言えばわかりやすいだろうか。
くるみと私のロッカーは隣同士だ。そちらを見ると、くるみも同じ教科書を取り出している。
「くるみもホスピタリティ実践とったんだ?」
「うん。後藤ちゃんは寝てても怒らないからねー」
さっき怒られてノーダメージだったヤツが何を言ってるんだ。
「それよりさー、さっきの、マジでー?」
「さっきのって?」
「350Mp以上出たのが、火事場の馬鹿力だって話」
くるみの笑った目が私の方を向く。振り向き際に揺れた髪から、芳香なダージリンの香りが漂う。くるみがまっすぐに、私の目を、見る。
私は小学生の頃はじめて出会って以来、私はこの子に自分の魔力の事を話した事はない。何度か測定値を超える魔力をこの子の前で使ったりはしたけど、まだ勘ぐられる程じゃないはずだ。
「本当だよ、私は雰囲気重視なタイプなの」
「流されやすいってだけだろー?」
そういってくるみが笑う。いつものようにふらふらと前方を見渡すその目はもう、何かを探っているようではなかった。多分……。