力水、不幸水
舞香ちゃんが取り出したスーツケースの中に入っていたのは、紐の付いた大量の小型爆弾だった。舞香ちゃんがスーツケースを地面に置くと、火蜥蜴達がそこに群がる。そして1つずつ爆弾を咥え、セキュリティに引っかからない位置から塀をよじ登って敵のアジトに侵入していく。彼らが運んでいる爆弾は4グラムのTNT爆弾。舞香ちゃんのお手製だ。聞く所によると、舞香ちゃんの家には同じものが大量に備蓄してあるらしい。通常TNT爆弾はもっと大量の火薬を使って爆発を起こすのだが、火蜥蜴がいればその必要は無い。あめ玉くらいの爆薬とトカゲ1匹を送り込むだけで殺傷半径4メートルの大爆発を起こす事が出来るらしい。そのうえ爆発のあともそのトカゲは死なずに、周りの火をもっと燃え上がらせるのも消すのも自由自在というのだからずるい事この上ない。
事前にオペレーターから受け取っていた見取り図を元に、火蜥蜴を送り込む。
「配置終わり。」
舞香ちゃんがそういってサインを送る。その瞬間。
ドォオオオンッッッッ!!!
朝の日差しを飲み込む閃光と爆音。
辺りの木々で寝息を立てていた鳩や雀が一斉に飛び立つ。しかしそれ以降炎があがったり黒煙が噴き出すような事は無い。今回の事件でも、死者を出す事は出来る限り回避しなければならない。塀の一部と監視カメラを破壊した炎は、爆発を起こした火蜥蜴達の手によって瞬時に鎮火されているのだ。
壁に開いた穴からアジトの中に侵入する。全員が中に入ると、壁の穴はすぐに火蜥蜴達によって塞がれてしまう。舞香ちゃんには悪いけど、爬虫類が密集してうごめいているのはちょっとキモい。舞香ちゃんによるとさっきの爆破で門衛所も破壊して門も同じように塞いだが、爆発音がしても門番は眠ったまま起きなかったらしい。ふざけないでよね。何の為にこんな手荒な侵入方法をとったんだか。正面から入れたじゃんか。
「さて、ノータイムで殺りにいくよ。まず舞香ちゃんはPA室を押さえて、あとは各自、先導者を捜し出して」
梨花ちゃんが愛用のCz75・ファーストとITW2を抜いて構えながら指示を出す。さすが熟練のミッションコマンダーは手際が違う。
私たちは鶴の一声で気を引き締めると、各々武器を取って、出てくる組織員を1人残らず拘束しながらビルに攻め入っていくのだった。
「あはは、くらえくらえ〜」
くるみはホースを振り回している。さっきトイレで見つけたものだ。ホースからは留まる事なく水が吹き出ていて、辺りの壁や組織員を水浸しにしていく。私はというと、くるみのまき散らす水をかぶらないように反射魔法を効かせながら、ずぶ濡れで襲ってくる敵を一人一人追い払っていた。
「ねぇこれ意味あんの!?」
さっきから相手が苛ついているくらいで特にこれが意味のある行為には見えない。
「まぁ見てなって」
くるみは魔法まで使ってフロア全体を濡らしきる。
「さて、こんなもんかな? あいら、ホバリングして」
とりあえず言われた通りにする。背負っていた掃除機にまたがり、空中にホバリング。くるみも同じようにしている。そしてモコを呼び出してーー
「電撃!!」
バチィッ!!!
濡れた床に電気が伝わる。襲いかかってきていた組織員が軒並み気絶していく。どうやら水中のミネラル濃度に細工をしたようだ。全員左脚から右脚に電流が抜けるようにしたのか。めんどくさがりのくせに、こういう所マメだなぁ。
「よし、寮は制圧完了。あいら、ボスっぽいのいた?」
「さぁ、見なかったけど」
「じゃあ次、オフィス片付けるよ」
くるみはそう言うと、地面に降りて掃除機を肩にかける。それでいいのか。この中にボスが居たらどうするんだ。たとえばそこで倒れてる若いお兄さんとか。
「私は全員拘束してから行くから。先に行ってて」
私は頭を抱えながら、辺り一面で伸びている人の群れを見回しつつ言った。
くるみは意外そうな顔を作って私を見る。いや、全員拘束はどのみち必須だから。それとも私の魔力じゃ無理ってか? こちとらホントはあんたの何倍もあるから。
「あの学校のトイレの個室にすら手をつながないと入れなかったあいらが? ひとりで?」
うぐっ、そうきたか。それ小学校の頃の話じゃん。忘れてよいい加減に。
たしかに自分でもこわがりな自覚はあるけど、大体、気絶した人の拘束も出来ないようなくらいじゃ魔法高にも入れないでしょ。もう2年なんだからそのくらい一人でやるよ。
くるみはなにか含み笑いをしながら飛び去っていった。大きくなったなってか? じゃかあしいわ。
「うぅ……」
倒れていた組織員の一人がうめき声を上げる。やばっ、早くしないと。私は部屋の隅に移動し、倒れている全員に狙いを定めると、銀線ワイヤーを錬成、念動して一斉に縛り上げる。部屋の数で言うとこの作業があと23回、ブレスレット外さないでいけるかなぁ。私はそんな事を考えながら部屋を出る。すると外の廊下には組織の男達が、床が見えない程に重なって倒れていた。
「……マジでぇ〜!?」
結局、200人あまりの組織員をなんとかブレスレット有りで縛り上げた私は、フラフラのまま隣のオフィスに入った。ビルの奥、階段の方でまだ何人もがぶっ倒されたまま転がっている。
「勘弁してよ、もう」
すでに頭痛がしていた私はたまらずブレスレットを外した。こうしていると、通常なら15分ちょっと、今は魔法を使いまくっているのでもう少しかかるだろうが、それでも20分程度で魔力がチャージ出来るだろう。
人間には胸に魔臓のある者と無い者が存在する。無いとは言っても発達していないだけで存在する事はするのだが。
この魔臓が発達するかどうかは遺伝だとか、6歳までの生活習慣によるだとか諸説あるが、これの無い者は魔力が作れないのだ。そして魔臓のある者のうち、魔力圧の高い者はそれとは別に魔胆という物が全身に分布している。これは全身を通る魔力線が変化した物で、いわば魔力を蓄えるコンデンサの役割を果たしているのだ。それでも貯めきれずに放出される魔力は、通常無意識のうちに身体の周りの空気を小刻みに揺らす事で消費される。まぁ私はそれでも空気の温度が上がりすぎるってんでブレスレットをしているのだけど。
今は魔力を消費しているので魔臓で作られた魔力は全て全身の魔胆へ蓄積される。そして周りの気温が上がり始めたらチャージ完了だ。ちなみに魔臓と魔胆は第2次成長期に最も発達するのだが、私はずっとブレスレットをしているせいか魔臓は常に魔力を作り続けて急速に成長、魔胆には魔力圧がかからないためあまり発達していないという希有な体質なのだ。ブレスレットをした状態の私の魔力が極端に低いのはそのせいなのだが、それについては何年か前の検診のあとに私の主治医である魔術器科の樋栄先生が顔を青くしながら『君に対して簡単に魔力の暴走を抑える処置をしてしまったことは慚愧に堪えない』とかいって診察台の横の床に五体投地で謝罪してきたのでもういい。
とにかく、私はブレスレットをポケットに入れると、くるみ達がほったらかしていった敵を拘束しながら3人を追いかけることにした。
しばらく通路を進むと、人の姿は見当たらなくなった。オフィスの部屋も一通り調べ終わり、残りは訓練場だけだ。窓から外に出て、訓練場の側面に着地する。手近な窓から伺うと、遠くに人影がある。向かい合って魔法や銃弾を投げ合う1人と3人。組織の首謀者とくるみたちだろう。そのくるみ達がーー圧倒されている!!
舞香ちゃんはクリス・ヴェクターを連射しているけど、首謀者の男の放つ火球に手数で圧倒的に負けている。梨花ちゃんも杖魔法で火球に対処しているけど、お得意のトランプを取り出すチャンスが掴めないようだ。そしてくるみは先のミネラル制御で魔力が足りないのか、モコを呼び出していない。くるみがいつも杖を持ち歩かないのも、いざという時にモコで杖を形成しているからなのだ。それほどくるみの攻撃魔法のほとんどにはモコが関わっている。それを使えないくるみは、戦闘において無力に等しい。男と同じように掌から火球を放ってはいるけど、とても届いていない。
このままじゃまずい。
私は咄嗟に窓を割って飛び込む。その瞬間。
ボンッ!!
火球のいくつかが私の方に飛んでくる。
「わわっ!?」
私は反射的に頭を横に振って避け、脚を滑らせて転ぶ。そのまま動物のように四つ足で横に飛んで追撃を躱し、柱の影から相手の様子を伺う。
「ふん、魔法高生ごときが一人増えた所でどうってこたぁねぇ。おれの軍団の育成が完成してなかったのは惜しかったが、この魔法は魔女のモンなんかより強ぇんだからな」
男はそう言って火の粉をまき散らす。
一般に、魔臓が発達するのはほとんどが女性だという。そのため、まれに男性でそういう者が現れても、正常な魔法教育を受けられない場合があるのだ。そして中には、むやみに強力な魔法を使わない魔女を弱いと思い込み、こうして犯罪に走る者もいる。だけどこの男は幸か不幸か、本当に強力な魔力を持っているようだ。男が育てようとしていた者の中に居た魔力のある者は最初のバスジャックの2人だけだったが、この男はそれこそ400Mpを下らないくらいの魔力である。魔力を持った男性へのサポートは現代ではまだ進んでいない。この男も、そうした社会のあり方に巻き込まれた者なのだろうか。
私は手足を曲げて、身体が温まってきたのを確認しながら、男に言葉を投げる。
「私が攻撃をしたら、貴方は防ぐ事も避ける事も出来ないですよ。大人しく攻撃をやめて捕まってください」
柱の向こうでは、今も男と3人の打ち合いが続いている。
「それはこっちの台詞だ。魔法高生じゃ俺には勝てない。大人しくしな」
男はそう返すと、一際大きな火球を頭上に作り上げていく。
ーーその隙をついてーー!
3人の前に滑り込む。私の走る後ろの空気が揺らめく。私が限界まで魔力を使える事を示すーー陽炎。
ダダダダン!!!
ブレスレットの無い右腕から水の球を放つ。妙に軽い腕では狙いが定まりづらいが、そこは物量で男の火球を撃ち落としていく。
背中から怒りのオーラ(物理)を放ちながら火事場(自爆)の馬鹿力を発揮している(ように見える)私に、最初3人は呆気に取られていたみたいだけど、すぐに梨花ちゃんがカードを取り出す。さすが場数を踏んでいると対応力が違う。某すごい髪型の闇のカードゲームプレイヤーよろしく梨花ちゃんが掲げたのは、トランプのダイヤの13。ジュリアス・シーザーのカードだ。水のある環境下では、このカードの文字は拘束魔法の意味を持つ。私の水と男の炎が打ち消し合って出来た湯気が、男に絡み付いていく。男は身動きを取ろうともがくが、その動きはあっという間に封じられてしまった。
だが、腕が使えずとも魔法は使える。男は尚も火球で反撃しようとするが、これでチェックメイトだ。
ガンッ!!
男の後ろに回り込んでいた舞香ちゃんが、その脳天をクリス・ヴェクターで殴る。男は一瞬のうちに、力を失ってその場に倒れた。