お泊まり女子会
何度か見た事がある。梨花ちゃんの使い魔だ。梨花ちゃんが「どうしたの〜ロクちゃんお腹すいたの〜?」とか言ってなで回していた。
佐堀六左衛門アーモンド2世(メス)。それがこの白猫の名前らしい。
どうしてそんな名前をつけたのか小一時間問いつめたい所だが、梨花ちゃんのネーミングセンスが絶望的なのは周知の事実なので仕方ないだろう。思えば一年生の時のうちのクラスの出し物「ドキッ! 魔女だらけのご奉仕喫茶〜明太子トーストもあるよ〜」もひどいネーミングだったし。先に名前に入れてしまったせいで衛生上厳しい明太子を使う許可を得るのにだいぶ苦労したのは思い出したくもない。
その猫が今、私の家の玄関前で行儀よくお座りして梨花ちゃんの声で私に話しかけてきたのだ。
「あ、これ通信魔法だよ、さっきのの発展型」
猫がさらに高度な日本語で喋りかけてくる。大体、猫の分際で通信魔法などと、ん?
「首輪首輪。首輪から通信してるの」
言われてみて見ると確かに梨花ちゃんの声は首輪がぶるぶると振動する事で発せられている。その首輪には梨花ちゃんがよく使っているのと似た文字がぎっしり刻印されていた。
なんだ、通信魔法か。びっくりさせないでよ、もう。
「で、どうしたの? こんな時間に」
そう、梨花ちゃんがこんな時間に、それもあえて猫を差し向けてきたということは、なにかあるんだろう。
「うん、急で悪いんだけど、朝の件でちょっと実務課から連絡があってね」
私はとりあえず、ロクちゃんことなんか長い名前の白猫を抱き上げると、家に上がってリビングのソファーの上でいつの間にか寝息を立てているくるみの顔の上に乗せた。くるみは少しむにゃむにゃと寝言を言うが、起きる気配はない。というか、ロクちゃんは人が抱き上げても嫌がらないのね。すげぇ。
私は浅めの器にレンジでチンした牛乳を注ぎ、それをテーブルにおいて、テーブルを挟んでソファーと向かいのオットマンに腰掛け、梨花ちゃんに話を促す。
「今朝の窃盗団、今魔術師機構が催眠尋問してるらしいんだけどね?」
梨花ちゃんはさらっとそんなことを言う。恐ろしいなこの子。
「そのうちの何人かがこういう証言をしたらしいの」
梨花ちゃんの声色が真剣なものになる。
「こ、こういうって……?」
「『俺たちには力のある上位組織がある、そこでは既に独自の魔法技術の布教が行われている』ってね」
「そ、それって……」
「そう。無資格者の違法魔法行使、及び他者への伝達。魔術基本法違反ね。」
じゃあ今朝の一件はその片鱗にしか過ぎなかったってことか。確かにあのレベルの魔力で護送車をぶっ飛ばせるかと言われれば疑問が残るが。
「それで、なんで私にその話を?」
「うん。その組織が実在するなら、今日の窃盗団の二人が使った魔法から見ても、教えているのは戦闘用魔法でしょ?」
私はその言葉を聞いて今朝の事件で犯人が使った魔法を思い出す。防護結界、火炎弾、そして魔力の放射。確かに単純ではあるが、どれも基本的な戦闘用魔法だ。
「今、工作科の生徒が事実関係を洗っててね、それで分かり次第突入ってことになってるから、初戦に参加した私たちでパーティーを組んでくれないかって。嫌なら断る事も出来るけど、どうかな? ちなみにこれは暫定だけど、報酬は50万円、公欠が実働プラス2週間で1単位認定だよ」
「やります」
そんなものやるに決まっている。2週間休めるなんて、それだけで否定する要素がどこにも無いじゃんか。
「よかった。じゃぁ後で契約書転送するから、くるみちゃんにも聞いておいてくれる? 私今ちょっと里さん探してるから。あ、心当たりとか無い?」
なるほど、それでロクちゃんが来たのね。心当たりか……
「バスケ部の西村が『練習さぼってんじゃねぇ!!』って言いながら引っ張っていってたけど」
「……それ、何時頃?」
「夕方だったから……6時過ぎかな」
「いやいや、いくら雨の日の西村先生でもさすがにもう解放してるでしょ」
あ、やっぱり雨の日の西村って機嫌が悪いの皆わかってるんだ。
「まぁ、一応参考にしとくね、ありがと。あと、多分突入作戦って見つかり次第すぐだから、明日から私たち学校に泊まるからね」
「えっ」
「じゃぁそういうことで、よろしく〜」
「ちょっ、ちょっと待って」
無情にも通信は切れた。あの子最後になんて言った? 学校に泊まる? あの得体の知れない実験室が腐る程ある学校に?
寒気がしてきた。私はとりあえずロクちゃんを帰すと眠っているくるみに駆け寄った。
「わーん!! 起きてくるみ〜!!」
結局、くるみの「面白そうじゃん」という発言で逃げ場を失った私は、ノリノリのくるみとともにその日のうちに契約書にサインをして拇印、翌日の登校後すぐに実務課に提出という(はたから見れば)すごく乗り気での参加表明をしてしまった。
「やっほー、足労ありがと、舞香ちゃん。お泊まりの用意は持って来た〜?」
こういうイベントの大好きな梨花ちゃんが、いつもより2割増に高いテンションで舞香ちゃんに話しかける。ちなみに梨花ちゃんは昨日まで舞香ちゃんの事を『里さん』と呼んでいたのだが、私が『舞香ちゃん』と呼んでいると知ると「不束者だけど、私も舞香ちゃんって呼んでも良い!? ねぇ!」と瞳にお星様を宿しながら舞香ちゃんに詰め寄り、ドン引きされながらもOKをもらっていた。
実務課に契約書を提出した後、私たちは普通に今日の授業を受けきり、その間に届いていた案内に従って一旦家に帰ってお泊まりの準備をした後、再び学校に集合していた。
ここは学校の作戦宿泊室。2段ベッドが二つ並んだモダンな和室に、シャワーやトイレ完備、西側の壁は一面スクリーンになっていて通信機器なんかが並んでいる。出入り口は内開きの観音扉で相当広く、その両脇には装備を整える為のロッカーが4つ並んでいる。なんというか、旅館のような雰囲気の中に「常にこの部屋で待機して、いつでも出動できるようにしとけ」ってメッセージが見え隠れしてるな。というか、こんな部屋があるのも初めて知った。
くるみが真っ先に部屋に入り、掘り炬燵(春なので布団は無い)に足を突っ込む。掘り炬燵は四隅ではなく真ん中の1本の脚で立っており、炉の一辺はそのまま畳を突っ切って床に繋がっている。これも靴を脱がずにいつでも出動できる為の仕様だろう。
ちなみに作戦宿泊室は校内に10ヶ所存在しており、洋室もあるらしいのだが、「旅館気分でお泊まりがしたい」というくるみの希望のもと、今回は和室が割り当てられている。ってかこれ、今も一応作戦行動中になってるってことはその茶菓子とか税金で出てるんでしょ? 公務だもんね。豪華だなぁ、鶴家壽の桜餅じゃん。わかってるなぁ。
待て、高級和菓子にくるみだと……?
「わー、茶菓子ー」
くるみが桜餅に手を伸ばす。普段落ち着きのない視線が、まっすぐに桜餅に注がれている。まずい。あれはあるだけの食べ物を全て吸い込んで動かなくなるパターンだ。
「くるみ、今お茶入れるから待ちなって、あと鶴家壽の桜餅は葉っぱ剥がした方がおいしいし」
私は既に暴飲暴食モードのくるみを止めようとするが、桜餅はくるみの胃の中に葉っぱごとどんどん吸い込まれていく
「あぁ待って……桜餅が……一個180円以上するのに……」
ものの2分もしないうちに20個あった桜餅はすべてくるみに食べられてしまった。
私は両手を地面に着いてうなだれる。せっかく東京であの銘菓が食べられると思ったのに、こんなことが許される訳が無い。こんなお腹が減っただけの人より、私の方が10倍味がわかる自信があるのに。大体、あんなほとんど飲み込むような食べ方じゃ葉っぱの味しかしないだろう。
舞香ちゃんはあまりの出来事にノーリアクション。
梨花ちゃんは「あいらちゃん甘味マニアだもんね。でもくるみちゃんに食べ物見せた時点で負けだよ」と言いながらそっと私の方に手を置いてくれる。うん。ありがと。マニアじゃないよ、断じて。
夜。そのまま眠ってしまったくるみをベッドに押し込め、なんとか平穏を取り戻した私たちは、女子会トークを展開していた。
「梨花ちゃんと舞香ちゃんもだけどさ〜」
「うん」
「眉毛も髪と同じ色だよね。それは、視認性っていうよりおしゃれって感じなの?」
「まぁ黒だと目立つからね。染めるなら染めるなりに?」
私の疑問に梨花ちゃんが答えてくれる。私はおしゃれとかにどうにも疎いのだが、そういうもんなんだろうか。
「……私は、術式構成に使うから、その……全部赤くしてる」
舞香ちゃんはそのために染めてたのか。たしかにこの子もおしゃれで髪を染めるようなタイプじゃなさそう…………ん?
「全部?」
全部ってなんだろうか。
舞香ちゃんは顔を真っ赤にして俯く。それを見た私の脳裏に、ポーンと豆電球が灯った。
「全部って何? どこまで? カラダ中って事!?」
すっごい興味ある感じで食いついてみる。舞香ちゃんはもうお湯でも湧かせそうな顔色だ。かわいい。
「○○○ラインとかどうしてるの? 自分で染めてるの? 美容しt…………あいたっ!!」
梨花ちゃんのチョップが脳天に直撃した。
「こらこら、あんまりからかって作戦中のチームワークに響いたらどうするの」
見ると舞香ちゃんはこたつに顔を伏せて耳を塞ぎ、イヤイヤと頭を振っている。ちょっとやりすぎたな。それも可愛いけど。
その後、もっと無難な話題をという事で最近のスイーツ事情の話になり、作戦が成功したら休暇を使って京都へ出向き、鶴家壽やそのほか沢山のスイーツショップを巡る、あと薬学の西村は無い。ということで、夜のガールズトークはお開きになった。