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金色の麦畑

 超強力なワンオフ品。それが本当なら、これは俺にはとてもつり合うとは思えなかった、それ相応の努力をして手に入れたプレイヤー握るべき剣なのだろう。

 それにしても、この女の子、モモは先ほどの先行組と同じく、この剣に対する知識を持っていた。ということは彼女も先行組、ということになるのだろうか。


「その、モモは先行組なの? 結構このゲームに詳しいみたいだけど……」


 先行組と呼んでしまうことに、少し抵抗はあった。今までに出会った先行組の人間は、あまり良い人とは言えなかったから。


「ううん、私も当日組。剣のことは詳しい人から教えてもらったの。柄に綺麗な宝石の、この世界にたった一本の剣があるって」


「そっか、俺も当日組なんだ。一週間も並んで買ったのに、今じゃゲームから出られなくなっちゃったよ」


 心のどこかに、ホッとした自分がいたような気がした。先行組には良い思い出が無い、普通に話をしていてもギスギスさせてしまうかもしれないと思っていただけに、同じ当日組ということで親近感も湧いてきた。だからだろうか、自虐的に発売日のことを思い出して語りながらも自然と笑みが零れた。


「クスッ、私もー。楽しみにしてたのにさ、こんなことになるなんて思ってなかったもん」


 このときばかりは、はははと自分達の境遇を互いに笑うことが出来た。この子には知らず知らずに人の心を開かせる何かがあるのかもしれない。さっきまで、先行組の男達に対自してピリピリしていた自分は、もうどこにもいなかった。


「ユウキ君、よかったらPT組んでくれないかな? ここから一人だと心細くて」


「そう、だな。もちろんいいよ、PT申請、っと……」


 お互いに笑いが収まった頃、彼女からPTの話が持ち上がった。彼女のレベルを確認すると、ちょうど20だった。

 さっきの男達と組んでいたならこのレベルでもなんとかなったかもしれないが、彼女をこのままにして行ってしまうのはあまりにも心配すぎる。しばらくは彼女を助けてあげようか。プレイヤーリストから彼女宛にPT申請、OKがもらえた事で正式にPTメンバーとなった。


「ユウキ君レベル45って…これじゃ先行組って思われてもおかしくないよ!」


 彼女のほうはPTを組んだことで俺のレベルに気が付いたらしい、驚いたようにウィンドウを見つめながら瞳をパチパチと何度も見開いている。


「ただ数字が少し高いってだけださ。ここからなら次の街の方が近いから、とりあえずそこまで行こう」


 ひたすら夢中になって戦闘を繰り返していたが、そのおかげで誰かの役に立てている、そう思うと少しだけ誇らしい気持ちになれた。


 次の町は最初の街に比べたら規模は小さい。だが、そこから各方面にいくつも行き先の違う洞窟だったり山道があったりして、拠点として活動するには最初の街よりも適した場所になっているらしい。そして、その町はこの林道を抜けて、少し歩けばすぐだ。


「わぁー! 綺麗! フィールド全部が金色だよ!」


林道を抜けると、モモが目をキラキラとさせながら駆け出した。


次の町、《メルン》は設定では農業が盛んな町らしい。それゆえに町の周囲を囲むフィールドには一面の麦畑。金色の絨毯とも表現できる光景が一面に広がっていた。確かに、モモが目を輝かせるのも分かる、こんな光景、現実では外国に旅行でもしない限り、とても見ることはできないだろう。


「私、いろんなところにいって、色んな景色を見たいなーって、すっと思ってたから、ちょっとだけ夢がかなっちゃった。」


 ふん、ふふふん、と鼻歌交じりにスキップをする上機嫌なモモの姿に、自然と此方も笑顔になってしまった。


「でも、ここはゲームの中。全部つくりものだぞ?」


 俺が呆れたように小さくふぅ、とため息をついくと、先を行くモモはキョトンとした顔で振り返った。


「そうかなぁ、私はそう思わないなぁ。みんなゲームの世界だって言うけど、綺麗なものは綺麗だし、楽しい、素敵って思う自分のココロは本物だよ!」


 彼女には彼女なりに、ふんわりしたような雰囲気をしつつもこの世界を生きていくのに必要な気持ちは備わっているらしい。ニコニコと笑う、自分の心に正直な彼女の姿に、一本とられたかな、と俺は小さく頬をかいた。


「そうかもな、ゲームだからって偽物ってことじゃない。こっちにだって、本物はあるよな」


「うんうん!」


 そんな明るい彼女の姿に、俺はここ数日、戦闘ばかり繰り返して荒んでいた気持ちがすこし穏やかになったような気がした。気がした、というよりは本当に穏やかになったのだろう。アリーシャへの罪悪感に囚われていた俺は、この時ようやく周りが見えたのだ。


 そして、しばらく麦畑の境にある道を歩いていくと、農業のメルンの入り口へと辿りついた。見た限り、NPCだけではなく、普通のユーザーもいて大都市ほどではないものの、賑わいを見せていた。


「へぇー、穏やかな町だね」


「あぁ、人も結構いるし、この町なら拠点にもってこいだよ」


 駆け出し、町の中を見回す彼女の後を歩きながら、町に用意された施設を見回すと、宿屋に道具屋、武器屋、防具屋。個人商店など、施設は充実しており、生活に不便な思いをすることは無さそうだ。


「ユウキ君、助けてくれたお礼に何かゴハン奢るよ、一緒にいこ!」


 と、自然に俺の手を握ってくるモモ。思わずドキッと心臓が鳴り、頬が赤く染まった。誤魔化すように視線を逸らしながら、握られた手を離して、俺は小さく顔を横に振った。


「嬉しいけど、今日は行きたいところがあるんだ。気持ちだけ貰っておくよ」


 きっと、この少女と一緒ならこんな囚われた世界でも楽しく生きていける気がする。でも、それでは駄目なんだ。俺には、義務がある。俺のせいで死なせてしまった人を忘れて、楽しく過ごす、なんてきっと許されない。一日でも早く鍵を見つけ出し、犠牲になった彼女を現実に返してあげなくては。


「うーん、じゃあフレンド! フレンド登録はさせてもらうからね、空いてる日に一緒にゴハン!約束だからね?」


 やんわりと断ったつもりなのだが、伝わらなかったらしい。それとも、こう見えて意外に頑固な性格なのだろうか、何が何でもゴハンをおごりたいようだ。これはとても断れる雰囲気ではない、断っても押し切られてしまいそうだ。


 しかし、まあフレンドくらいならいいかもしれない。彼女のおかげで気持ちも少し軽くなったのだから、そんな彼女の気持ちを無視することはできない。


「わかったよ、フレンド登録しよう。」


 ようやく俺が折れると、彼女は満足そうに笑顔を浮べるのだった。目の前に現れたウィンドウ、『モモからフレンド登録を申し込まれています。OKしますか?』の質問に、『はい』のボタンを押すと、フレンド登録が完了して、彼女の頭の上、名前の横にフレンドであることを示す握手のようなアイコンが現れた。


「それじゃあ、俺は行くよ。しばらくこの町の、近くにいるから。また変な男に絡まれたら呼んでくれ。」


 彼女にそう告げて、俺はPTを解散した。軽く手を振って、彼女とわかれ、入ったばかりの町を出るように歩き出すと、背後から「またねー!約束だよー!」と大きな叫び声が聞こえた、悪い男に絡まれないようにと注意をしたのに、あれではまた注目を集めてしまうのでは、思わず俺は苦笑いを浮べて返事代わりに再び手を振り替えした。


 最初の街から人が散らばりはじめたとはいえ、ダンジョンの効略はいまだに進んでいなかった。


 苦戦している、というよりは先行体験の時と違う仕様を知った先行プレイヤー達が躊躇をしているのが大きかった。そして、先行体験組が躊躇うダンジョンに後続が続くはずはない。簡単な理由だった。


 ならば俺がクリアしてやろう。まだ犠牲の重みを知らないプレイヤー達にできないというなら、俺しかいない。そのために、ここ数日でこの世界の戦い方を体に叩き込んだのだ。


 向かう先は《豊穣の神殿》。農業のメルン周辺フィールドの隣にある、穀物の豊作を願って作られたという設定のダンジョンだ。


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