勇気の剣
鼻先の僅か数センチ先をサーベルの刃がかすめる、しかし回避が遅れて間一髪避けたわけではない。もう武器の種類による攻撃範囲は体が覚えていた。
右に、真横に軽くステップをして振り下ろされた追撃も回避。対自したガイコツの兵士の首を左手で掴み、飛び出すようにしてその頭を木の幹に叩きつけると、ガイコツの頭に星が舞い、スタン状態、つまりは一時的に無防備な状態となった。
「終わりだッ……《月下一閃》!!」
少し距離をとるために、2回ほど後方にステップ、下段に構えた剣が淡く青白い光を放ち、次の瞬間には一気に距離を詰め、ガイコツを背後の樹木ごと斜めに切り裂いた。光の粒となって消えていくモンスター、遅れて樹木もドスンッと音を立てて倒れ、同じく光の粒となって消えていった。
「レベルアップ、レベル45、か……」
ファンファーレと共に表示されるステータスウィンドウを一瞥し、右手に握った片手剣を背中の鞘に収める。ふぅ、と小さくため息を吐き、レベルアップの喜びに浸ることもなく林道を一人歩きはじめた。
《悠久の森》でアリーシャがゲームオーバーしたのが、大体半月ほど前のこと。彼女の残した片手剣を手に、俺は戦闘に明け暮れていた、そのおかげで今じゃレベル45だ。自分の甘い考えが彼女を殺してしまった。その、せめてもの罪滅ぼしに、強くなって、とにかく強くなって。自分が《夢破りの鍵》を手に入れてみせる。そして、現実に戻ったら、なんとか彼女に一言、謝りたかった。もちろん、その前に自分も死んでしまうかもしれない。でも、俺には戦わなくちゃいけない義務がある、そう思ってばかりだった。
「……ん?」
林道を歩いていると、数メートル先にプレイヤーのアイコンが表示された。いち、に……さん。全部で3人だ。普通のPTにしては妙だ、行き止まり側の道の奥で止まったままだ、動きが無い。
モンスターにでも襲われているのだろうか。だとしたら、みすみす犠牲が出る光景を見過ごすわけにもいかない、背中の片手剣を鞘から抜き、プレイヤー達がいる道へと駆け出した。
「やめて、こないで!!」
「なんだよ、連れねぇなぁ。せっかくレベル上げを手伝ってやってるっていうのに」
「そうそう、こっちだってボランティアでやってるんじゃないしさ」
距離が近づくにつれ、徐々に会話の内容も聞こえてくる。3人のうち、どうやら一人は女の子、もう二人は男のようだ。モンスターに襲われているような緊迫感は感じられないが、女の子の声には戸惑いと怒りも感じられる。
「いいじゃねえか、少し楽しむくらいよ……。ぁ?」
いざ、3人のプレイヤーが視界に入って、ようやく状況が理解できた。男のひとりが女の子の両手首を掴み押さえていた。女の子はといえば涙の浮かんだ瞳を硬く閉じ、表情を強張らせている。
この手のゲームには女子に飢えたプレイヤーはつき物といってもいいが、嫌がっている子を相手に、紳士的といえる対応ではなかった。
「おいおい、なんだガキじゃねぇか。王子様気取りならやめといて、さっさと失せな。」
趣味の悪い笑みを浮べる男が、ようやく此方の存在に気が付いたようで、シッシッと、追い払うように手を払いながら、こちらを睨みつけた。ただ、その目に俺は一切の恐怖も感じなかった。相手は生身の人間なのに、それと比べたら、ただのデータでしかないにも関わらず、最初のダンジョンで俺を捉えたときのヘビの目のほうが、よほど恐ろしかった。
「お前達が失せろ、女の子一人相手に、恥かしくないのか?」
思わず出た喧嘩口調の言葉は、なにも正義のヒーローごっこなんかじゃない。昔っからの癖だ。
自分より力の無い相手に自分の力を見せ付けて、強がっている。そんな人間が嫌いなだけだ。小学生の頃はそれでよく、喧嘩もした。
「んだと……?先行組の俺らに向かって舐めた口きいてると……」
そう言って、腰のサーベルに手をかけた男よりも早く、俺は距離を詰めてその手首に片手剣をつきつけた。
「な……ッ!」
「先行組?だからどうした、自分より弱いプレイヤーにたかるのが先行組だっていうのか!」
思い出したのは半月前、まともに効略メンバーを用意せずにダンジョンへと挑んだ効略組の男のこと。先行組だから、と決め付けているわけではないのだが、あの一件いらい、俺の中の先行組のイメージは下がったまま、今だってそうだ。
「その宝剣……」
ここでようやく、女の子の手を掴んでいた男が此方の騒ぎに目を向けた。此方に、というよりは正確には俺の持っている《ブレイブターコイズ》に、だった。
「やめとけ、ジュエリーシリーズなんて相手にできっかよ。引き上げるぞ」
もう一方の男の反応はやけに素直だった。宝石のはまった柄の剣を見るや、小さくため息をつき、パッと女の子の手を離すと相方である男の肩を叩いて俺がさっきまで歩いてきた道を引き返していった。それを追うように、「ちょ、置いてくなって!!」と、俺の目の前の男も退散していった。強情なようなら少し驚かせてやろうと思ったのだが、幸運にも簡単に退いてくれた。そんなに良い武器なのか、この片手剣は。
「っと、君……大丈夫?」
正直、今は武器のことなんかどうでもいい。目の前に座り込む女の子の目の前に膝をついてそっと手を差し伸べた。普通のゲームなら変なプレイヤーに絡まれたらログアウトする回避方法もあるだろうが、今じゃここは現実と変わりない、きっと怖かったはずだ。
「ぁ、ありがとう、助けてくれて。あの人達に街で、レベル上げ手伝うからって誘われたんだけど、しつこく体触ってくるから、怖くなっちゃって」
顔を上げ、安心したように笑みを浮べる女の子の姿に、少しだけトクンッと胸が高鳴った。その理由は単純で、その、素直に可愛かった。綺麗に整った容姿に、パッチリと開いた緑色の瞳。緩くカールのかかった淡いピンク色のロングヘア。胸元を出したデザインの鎧も、純粋な青少年の心を動揺させるには充分だ。これは、街で声をかけた先ほどの二人組みの気持ちも、まあ解らなくも無い。
「下心のある連中もいるから、用心しないと。って、俺が言っても説得力無いか」
男に絡まれている女の子を助け出すなんて漫画みたいなシチュエーション、下心が無いなんて言っても説得力は無い。ははは、と苦笑いを浮べる俺の姿に、その女の子はクスッと笑みを零した。
「そんなことないよ、本当にありがと。私、モモっていうの、貴方は?」
「俺はユウキ、よろしく」
ピョンッと、飛び跳ねるようにして立ち上がったモモと名乗る女の子が差し出した手をそっと握り返し、俺も同じ様に自分の名前を名乗って小さく笑みを返した。
「ところで、その剣、ジュエリーシリーズ?ユウキ君、凄く強いんだねー」
彼女の口から出たのは、さっきの男も口にしていた、ジュエリーシリーッズという単語。発売前にLGOの関連雑誌はかなり読み漁ったが、そんな単語は記憶に無い。
「その、じゅえりーしりーず?って、なに?」
「うん?」
ポカンとした表情の彼女をポカンとした表情で見つめる俺、傍らから見たらとても滑稽だろう。ここが人目の無いフィールドでよかったと思う。
「この剣、元々は俺のじゃないんだ。大事な友達が、最後にくれた武器でさ…」
「最後に」その言葉を聞いた彼女は、まずいことを聞いてしまった、というように片手で口を押さえた。確かに、剣の話題を切り出されて、俺もどんな顔になっているか、正直わからない。
「ご、ごめんね、嫌な事思い出させちゃって」
「いや、いいんだ。それより、この剣、何か特別な剣なの?」
全く気にしていないわけじゃない、それに、彼女は一切事情を知らないのだから、気になったら聞いてしまうのも分かる。あまりこの話を長引かせるのは、彼女にも悪いだろう。俺は話題を切り替えるように、剣の詳細について彼女に尋ねた。
「凄いもなにも、ワンオフの超強力武器だよ!先行の時は数人しかゲットできなかったらしいよ」
ワンオフ、ということは他にこれと同じ武器は存在しないのか…。それだけレアな武器を、アリーシャは持っていたということになるのか、それだけこのゲームが好きだった彼女は……。そう考えると、再び胸が痛んだ。