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霧の毒蛇 後編

「アリーシャ! もういい、はやく俺達も逃げよう!」


 先行組の男達を含め、他のプレイヤー達が逃げた後も、アリーシャは戦闘を続け、逃げ出す様子は無かった。そんな彼女に部屋の入り口から声をかけるが、その彼女は盾で攻撃を防ぐのに精一杯といった様子。


「そ、それは……できない、みたい。くッ……」


 逃げることができない、そう表情を曇らせる彼女の頭上、名前の横、靴に×がついたようなマークがついている。


「迂闊だったわ……これは逃走不可のバッドステータス……。ユウキ君、あなたも逃げて。私は大丈夫だから」


 大丈夫。そういって笑ってみせる彼女の顔を見ていられなくなり、俺は剣を抜いて部屋の中に飛び込んだ。女の子を一人置いて逃げるなんて、そんなことできるはずがない、それが敵うはず敵の前だったとしても。


「馬鹿言うなよ! なんとかコイツを倒して帰るぞ!!」


「無茶よ! 貴方のステータスじゃ下手したら一撃なのよ!?」


 ヘビの頭によるなぎ払いの攻撃をアリーシャが盾で防ぎ、いいから早く逃げろといわんばかりに目の前で珍しく声を荒げている。一撃か、もしかしたらここで俺のゲームは終わってしまうかもしれない。それでも、不思議と彼女と一緒だと臆病風に吹かれることはなかった。むしろ、よく分からない自信のようなものすら湧いてくる。


「だったら、攻撃をくらわなければいいんだろ?」


「ユウキ君……。ふふっ、滅茶苦茶だわ」


 強敵を目の前に、何故か自信満々といった様子の俺を見て思わず笑い声をもらした。そりゃそうだ、どう考えても馬鹿げてる。それでも、やるしかないんだ、そうじゃないと彼女一人を死なせてしまうことになる。


「簡単に説明するわ、コイツは攻撃力、素早さは高いけど防御、体力は少ないの。それと攻撃後腹部が隙ができるわ、そこならユウキ君でもダメージを入れられると思う。攻撃は私が全部防ぐから、攻撃は任せたわ!」


「おう! せやぁぁぁあああ!!」


 彼女の説明に小さく頷き、攻撃を弾かれて仰け反ったヘビの腹部声を上げながらに斬りかかった。ザッと音を立ててヘビの腹に剣の斬撃痕が刻まれるが、体力は僅かに減っているだけだった。


「おいおい、全然減ってないな……」


「くっ……でも、なんとか戦えそうね」


 確かに攻撃は強力だ、ガードをしていてもアリーシャの体力は徐々に削られていっている。これではあまり時間がかかるとアリーシャもあぶない、なるべく攻撃を入れられる時は攻撃を入れなければ。





「よし! このままいけば……!!」


 いったいどれくらい経っただろう、少なくとも2時間は経過しているような気がする。俺もアリーシャも慢心相違だ。だが、巨大なヘビ《ミストヴァイパー》の残り体力は最初の1/10程度にまで減っていた。ただ、それはアリーシャも同じ、残りの体力はかなり少なくなっていた。なるべく一回で入れる攻撃を増やさないと、彼女が持ちこたえられなくなってしまう。


「はぁ! ていッ! もう一撃、もう一撃だけ!!」


 一撃、二撃、今までなら退いていた場面だが、もう一撃だけ、そう欲を出したのが間違いだった。ヘビのギョロッっとした目が俺の姿を捉え、こちらに頭を向けたかと思うと、すさまじい速度で口を空けて迫ってきた。


「しまっ……!!」


「ユウキ君……! 危ないッ!!」


 やられる、そう覚悟をしたのだが。次の瞬間、体に走ったのはヘビの牙に貫かれる鋭い痛みではなく、柔らかい何かに突き飛ばされる鈍い痛みだった。しかも、痛いといってもそれほどではない。


「な……なにして……アリーシャ!!」


 恐る恐る目を開けると、尻餅をつく俺の目の前。俺をかばうように仁王立ちをしたアリーシャがヘビの口に挟まれ、その体を鋭利な牙が貫通していた。


「ぅぐッ、はぁ……でりゃぁぁぁああああ!!」


 ただ、アリーシャの体を捉えたのと同時に動きが止まったヘビの頭部から顎下にかけてを最後の力を振り絞った剣の一撃が貫いた。ギャアアッ!と短い悲鳴を上げ、胴体を暴れさせたかと思うと、尻尾の先から硝子の砂となって消えていった。


「ふぅ……終わっ、た……」


 立ち尽くすアリーシャ、だが、その頭上のアイコンには今のヘビの攻撃により付加された強毒のバッドステータスアイコンが光っていた。そして、彼女の体力は残り数ミリ。毒により徐々に減っていっている。


「ぁ、アリーシャ……! はやく、解毒を!!」


「ごめん……強毒は通常の解毒薬じゃ解毒できないの……。そもそも、始まりの街じゃ手に入らない」


「そんな……」


 つまり、もうアリーシャは助けられない?彼女が死ぬ?その場に崩れ落ちる彼女の体を急いで支え、そっと地面に座らせた。


「ごめん……ごめん。俺が、余計なことしたから……」


 あのとき、俺がもう一撃と欲張らなければ、彼女にかばわれることもなかった。歯を食いしばり、瞳に涙を溜めたまま、ただ謝るだけの俺の頬を、彼女はそっと撫でた。


「いいの、あのままでも、きっと守りきれなくて、私はやられていたから…。ユウキ君だけでも守れて、満足だわ……」


 ふぅ、小さく息を吐き出し、ニコッと笑ってみせる彼女だが、その体力は毒によりピーッと音を立てて0に『You died.』 のメッセージが彼女の目の前に真っ赤な文字で表示される。


「ユウキ君、ありがとう。私がみんなを助けられたのは貴方がいたから……。これ、持って行って、役に立つはず、だ……から」


「あ、あぁ……!」


挿絵(By みてみん)


 カチャッ、と自分が装備していた剣を外し、床に置くと、彼女は優しく俺の頭を撫でた。俺のせいでやられたのに、なんでお礼なんて。違う、責められなきゃいけないはずなのに。そして、静かに瞳を閉じると、彼女の姿は硝子の砂になって空中へと消えていった。


 確かに腕の中に感じていた彼女の温もりも、重さも、存在も、最初から無かったかのようにどこにも無く、消滅してしまった。


 残ったのは、彼女が最後に装備を解除して地面に置いた彼女の愛剣。その剣を手に取ると、ウィンドウが目の前に開き、武器のステータスが表示された。


 名前は、《ブレイブターコイズ》剣の柄に美しい緑の宝石があしらわれた綺麗な片手剣だ。装備レベルは……00?にも関わらず、いま俺が使っている《グラディウス》の攻撃力25に対して攻撃力は150だ。


 そっと剣を拾い上げ、アイテム化して装備欄の中にしまい込んで。俺は涙を溜めた瞳のまま、立ち上がり、フラフラと部屋を出た。部屋を出ると『Win!!』と勝利を称える文字のウィンドウが現れ、今のバトルのリザルト画面が表示された。取得アイテムは特に何も無かった。ここにはゲームから現実に戻る鍵は無かったようだ。


 なのに、アリーシャを含めて何人ものプレイヤーが犠牲になってしまった。取得経験値は……、凄い事になっている。本来なら戦闘PTで分割されるのだろうが、結局生きてボスを倒したのは自分ひとりだ。何度も何度も繰り返して鳴り響くレベルアップのファンファーレに、俺は苛立ちを隠しきれず、思わずギリッっと歯を食いしばった。結局、レベルは30にまで上がった。


「こんなにレベル上がって、これじゃ先行組と変らないな……」


 一緒の隊にいた先行組の2人が確かレベル30だったはず。ははは、と涙を零しながら苦笑いを浮かべた。これなら、功略の誘いに乗るんじゃなかった、それなら、アリーシャ彼女もまだ生きていたはずなのに。現実の弟さんに早く会わせてあげたい、そんなちっぽけな俺のワガママの結果がこれだ。この世界では行動には結果と犠牲が伴う。最初に責任者の女性が言っていた通りだ。


 それなら、俺は、もう誰かとPTを組むことなんて、できなくなってしまうかもしれない。



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