《人食い薔薇》
始まりの街アスラインに隣接する一面の草原。所々に生えた木々の下では他のPTのプレイヤー達が休息をとっていたり、はたまたモンスターが休んでいたり、真っ青な空も相まって、とにかくのどかだった。
その草原を、レン、アイク、そして私エポナの3人が風に髪をなびかせながら歩いていた。向かう先は最低難易度に設定された初級ダンジョン、《悠久の森》。
最低レベルのダンジョンとはいっても、不釣り合いに強い敵が現れ、犠牲者が出たと噂では聞いた。しかし、その後はいたってレベル相応の内容に戻っているらしい。そうじゃなければ、自分の身を危険に晒してまで挑む理由なんてない。
「エポナちゃんRPGも初心者なんだっけ? 危なくなったら後ろに下がっていいから。俺達で片付けちゃうし」
「は、はいッ。ありがとうございます」
レベルは足りているとはいっても、私はまだまだ初心者。こうして気遣ってもらえるのは素直に嬉しい。こういう、人と人とのやり取りひとつでさえ、私には楽しくってしかたがなかった。今の私の瞳には何だって新鮮に映る。
そんなやり取りをしているうちに、初めて挑むダンジョン、《悠久の森》へと到着した。ダンジョンの入り口に表示された『悠久の森』と書かれたアイコン。その隣に『Lv15』と書かれたタグは何だろう、推奨レベルだろうか? だとしたら今の私はレベル20、充分戦えるはずだ。
(うん、きっと……大丈夫!)
自分を鼓舞するように、ギュッと手を握り締め、小さく頷いて気合を入れる。慣れた様子でダンジョンへと足を踏み入れていく2人を追うようにして、小走りにダンジョンの中へと駆け込んでいった。
「よっ、と……てやぁぁああッ!!」
スッ――ザシュッ!!
空中を不規則な動きで飛び回るハチのようなモンスター、ピンクとオレンジの派手な縞模様が特徴の《フルーツビー》。その針での攻撃を後方へのステップで回避し、一歩踏み込むようにしてハチの頭に剣の切っ先を突き刺した。
パァァァアンッ、と弾けて光の粒となり消えていくモンスター。ふぅ、と小さく息を吐いて二本の剣を鞘へとしまう。レンとアイクの方も、戦っていたモンスターを倒し、武器をしまって此方に声をかけてきた。
「このハチのモンスター、動きが読めなくて苦手なんだよな。エポナちゃん、よくそんな簡単に倒せるね? もしかして初心者って嘘だったり?」
レベル的には簡単に倒せる程度のモンスターなのだろうが、2人はあのユラユラとした動きに惑わされ、何度か攻撃を外していた。その一方、私はといえばミスはゼロ。全部の攻撃をちゃんと命中させることができた。ちょっとした優越感を味わえた。
「ち、違います! よーく動きを見てただけですよ!」
自分よりレベルが高い人よりも上手に戦えたんだ、と喜んでいると初心者ということに疑いをかけられてしまった。私は正真正銘の初心者だ、ゲームだってこの『The Lost Ground Online』が初めてなのだ。
わたわたと両手をふって身の潔白を訴えていると、「ははッ冗談だよ、冗談」とレイが笑うのだった。
「さて、ここがボスの部屋なんだけど……」
「まあ俺らで充分だと思うし、初心者さんは後ろで大人しくしてなよ」
10分少々で辿りついたボスの部屋。その閉ざされた扉の前でちょっとした作戦会議が行われる。……作戦会議とはいっても、初心者の私は後ろに控えているように言われてしまった。
少し残念ではあるが、それが賢い戦い方かもしれない。最初は経験者の動きを見て学んだほうが安全だし確実だ。もし余裕があれば攻撃に加わろう、そのくらいの気持ちでいいのかもしれない。
「よし、行くぞ……!」
重々しい重厚なデザインの扉にアイクが触れると、そこからは力を込めなくても扉はゆっくりと開いていった。
ガコンッ――。
扉が開ききった音が低音で響き、ボス部屋の全容が露になる。ボスとのバトル用に作られた大きな広場だ。木々で覆われたドーム状の部屋の中、足元には絨毯のように草が生え、天井からは日の光が漏れている。
その中心には、ダンジョンのボスであろうモンスターの姿。
一見、大きな花のように見えるそれは、動いていた。トゲの栄えたツルをヘビのようにくねらせ、バラの花のような顔には目は無く、無数の歯が並んだ大きな口が中心で開いていた。そして、胴体は呼吸をしているかのように動いている。
とにかく不気味だ。それでも、恐怖や不安といった気持ちは不思議と湧いてこなかった。どちらかといえば、ワクワクとした期待のような気持ちが大きい。
「《人食い薔薇》……モンスターレベルは22、倒せない相手じゃない。大丈夫だろ」
レンが敵のアイコンを見て、後ろに控える私に情報を教えてくれた。
ダンジョンのレベルよりは強いモンスターとはいえ、噂に聞いていたLv40のようなバケモノが登場しなかったことに一安心。ホッと胸を撫で下ろし、私は腰にマウントした2本の剣を手に取った。
「正面からの攻撃は俺たちが受ける。君は安全だと思った時にだけ攻撃してくれればいい」
「は、はいッ!」
此方へ振り返り、ウインク交じりにアイクが指示をする。とにかく、ゲームというものに慣れていない私はそれに従うだけだ。部屋の中、戦闘エリアに飛び込んでいく2人を追うようにして、私も部屋の中へと駆けていった。
「クソッ! 近付けねぇぞ!!」
「あぁもう! コイツ、レベル22相当じゃねぇぞ絶対! 運営め、ふざけやがって!!」
簡単に終わるかに思えた戦いは、その予想に反して苦戦をしていた。ボス本体に動きは無いものの、その周囲を這うツルがかなり素早く、ボス本体への接近を許さなかった。
まるで、何十というムチを目の前でふり続けられているような状態に、とても隙があるようには見えなかった。
事実、レベル30を超える2人も、未だに有効な攻撃を加えられずにいた。
「おい、アイクッ! 横ッ!!」
「しまッ……!!」
いばらのムチを避けたアイクに再びツルがムチのように襲い掛かる。とても回避や防御は間に合わない、直撃してしまう。そう思った瞬間、私はその間に飛び込んでいた。
「やぁぁぁあああッ!!」
迫ってくるツルを剣で切断。切断された先端は、その勢いのまま、明後日の方向へと飛んでいった。
「た、助かった……」
「何してるんだ、君のレベルじゃ一撃もらうだけでも致命的なんだぞ! 俺たちだって避けるのが精一杯だったのに!」
後ろに下がるように叫ぶレンの言うとおり、自分よりこのボスのほうがレベルも上だ。まともに攻撃を食らえば大ダメージを受けてしまう。
しかし、私には自信があった。この攻撃に当たらない自信が。
仲間を助けたい一心で飛び込んだ、無茶な行動だったが、ヒュンヒュンと音を立てて宙を裂くツルの動きが、私には「見えた」たった一瞬だが、まるでスローモーションのように、しかも手に握った剣はスローモーションの中でも素早く、確実に振ることができた。
それが、今も同じだ。目の前で宙を裂くツルの動きが見える。これなら回避どころか、いっぽんいっぽん切断することだって可能かもしれない。
そんな自信が私の中に溢れてきていた。
「わ、私は大丈夫です! だから、2人で本体を!!」
そう返事をしている間にも、襲ってくるツルを一本二本と切断して、その数を減らしていた。自分でも、どうしてここまでできるのかは解らない。それでも、今はただ、この敵を倒すことだけに夢中になっているのだった。




