もうひとり
2月1日、昼前。
始まりの街アスラインには、雲ひとつない快晴の青空とは反対に暗い雰囲気が漂っていた。
ある人は嘆き、ある人は苛立ち、ある人は絶望し……。この、『The Lost Ground Online』の世界にプレイヤー達が閉じ込められ、早くも一ヶ月の時が過ぎた。12月31日の午後19時、最高責任者である女性開発者によって告げられた現実世界との隔離。それはプレイヤー、人々から日常を奪い、そして生気までも奪い取っていた。
しかし、何事にも例外はある。
アスラインの商業区を歩く少女、名前はエポナという。西洋人形のように綺麗に整った顔に、パッチリとした大きな緑色の瞳、サラサラとした栗色の長髪は、一部を後頭部でまとめたポニーテールの形をしていた。
その少女だけは、周囲の人々とは間逆だった。嘆きも、悲しみも、苛立ちもせず、広がる世界に胸を躍らせ、世界に目を輝かせていた。
「えーっと、回復薬はこれでおっけい、まだ余裕あるし新しい武器でも買っちゃおうかな?」
私の名前はエポナ。元々はどこにでもいる普通の女子高生……とは少し違うかな。私は、生まれつき目が見えなかった。私の瞳には『光』というものが無いらしい、よく言われる。光りって何? 色って何? 見えるってどういうこと? 視覚に関することを何も解らないまま、私は16歳になった今までを生きてきた。
加えて言えば、現実世界では足も不自由だ。普段は車椅子で生活をしている。こっちは後天的なもので、小学生のとき、たまたま下校の時に独りになってしまい交通事故に遭った。気が付くと私は病院にいて、足が動かなかった。ピクリとも。
そこから、私の車椅子生活が始まった。目が見えず、自分では歩けない。そんな私に与えられた世界は、たった1、2メートル、手の届く範囲だった。でも、そんな時、TVに流れる『The Lost Ground Online』のCMの音を聞いたのだ。
精神を電子世界へとダイブさせるVRMMORPG。
それを聞いた瞬間、私は「コレだ!」と思った。体に障害がある私でも、ゲームの世界でなら色々なものを見て、自分の足で走り回れるのではないかと。
そこから、親に頼み、病院の先生にも確認もした。大丈夫だろう、本人の気分転換にもなるのではと言ってもらえたこともあり、あっさりとゲームを手に入れることができた。そして、今ではこうしてゲームの中に囚われてしまったわけだが、毎日が充実している。
既にこの世界はゲームの世界でありながら、すっかり自分の現実になっていた。レベルも今では20、一般プレイヤーの中では高い方だ。
(そろそろ、ダンジョンに入ってみてもいいかな……)
もっと色々な景色を見たい、もっともっと自分の足で走り回りたい。私は自分の欲求を抑えることができなかった。もっと強くなって、この世界をどこまでも走っていきたい。
私は、新しく購入した武器、《ソードブレイカー》を左手に。右手には今まで使っていた幅広の初心者用の剣を装備する二刀流形式にした。あまりRPGゲームをしたことはないが、戦いの最中でも駆け回っていたい、そんな気持ちからだ。
いざダンジョンへ挑むとなっても、流石に1人では心細い。メニューウィンドウの隅っこに表示されるヒントに『仲間が欲しい時は酒場で他のプレイヤーをPTに誘いましょう』と表示がされていたので、酒場に行けば一緒に戦ってくれる人が見つかるのかもしれない。
私は期待に胸を膨らませながら商業区を抜け、広場に隣接する酒場の中へ。
酒場にプレイヤーはいるものの、街中と同じで良い雰囲気ではない。どの人もみな、暗く沈んだ顔をしている。それでも、RPGの初心者が1人でダンジョンに挑むのが無謀なのは解る、仲間は必要だ。
普段、あまり人と話すことなんてない。それでも、勇気を出して声を上げるんだ。
「あ、あの! 誰か一緒にダンジョンに行ってくれませんか!」
……。
勇気を振り絞って上げた声にも、周囲の反応は冷やかだ。酒場はシーンと静まり返ってしまった。
何か間違った? それとも誘い方が悪かったのか? そんな疑問が頭の中をグルグルと飛び回る。
「プッ、あはははは! 君、元気だねー、俺たちで良かったらPT組もうか?」
近くの席で笑い声が上がる。それに釣られるかのように、あっちやこっちで小さく笑い声が上がった。その対象は、もちろん私。
私、何か変なことをしてしまっただろうか?そんな不安に駆られ戸惑っていると、その声の主であるプレイヤーを含めたノリの軽そうな男プレイヤーが2人、席を立って此方に向かって歩いてくる。
「君、こういうゲーム初めてかい? 普通は掲示板に条件とか提示して仲間を探すんだけど、君みたいな大声で仲間募集する子なんて始めて見たよ」
「え? え?」
顔が一気に紅潮していくのが自分でも解る。恥かしい、今にも顔から火が噴き出してしまいそうだ。
つまり、自分は簡単にできる仲間の募集を、必至になってやっていたことになる。恥かしい、とにかくその気持ちでいっぱいになり、言葉を続けることができなくなってしまった。
ピロリン――
そんな私を気遣ってか、向こう側からPTの申請が飛んできた。効果音と共に目の前にメッセージのウィンドウが表示される。
『PT申請。プレイヤー「レン」「アイク」とPTを組みますか?』
表示されたメッセージに「はい」のボタンを押すと、目の前の2人とPTを組んだ状態になり、頭の上に同じ緑色のアイコンが表示された。自分のレベルが20なのに対して2人がそれぞれ30と31だ。
「俺ら先行でやってた組だからさ、いろいろと助けてあげられると思うよ?」
2人のうちの片方、紺色でセミロングの髪をしたホストのような男子キャラクター、アイクが隣へとやってきて肩を抱いてきた。ゲームとはいえ、男の人にこんなに近くに来られてしまうと、なんだか戸惑ってしまう。身近な異性といえば父くらいの私だ、肩を抱かれるなんて経験も当然あるはずもない。
「それじゃあ行こうか、ダンジョンだったよね」
金色のショトヘアにキレ長の瞳をしたレイが酒場の扉を開け、振り向きながら此方に声をかけてくる。「は、はい!」と、戸惑いながらも返事をして私とアイクはその後を追うように歩き出した。
仲間探しには失敗してしまったけど、運良く一緒に戦ってくれる仲間を見つけることができた。一緒に歩いて、一緒に話して、一緒に戦ってくれる仲間が。
つい、嬉しくなり表情が緩んでしまう。この世界の私は一人じゃ何もできない私じゃないんだ。これから、みんなと一緒にいろんなことができる。それがどうしてもたまらなく、嬉しかった。




