無心の境地
「よし、それじゃ行くか」
王都シュヴァリエに隣接するフィールドエリア。そこに俺を含め、モモ、レット、ミントの4人が揃っていた。今回の目的は、新しい街の発見だ。新しい街が見つかれば、そこを拠点に周辺のダンジョンを探索できる。
というわけで、遠出をするために数日間準備をして、今日、いざ出発というわけだ。
「マルモ、次の街までのマップは出せるか?」
「んー、ちょっと待ってねー。……はいどうぞ」
今回、ザック達を含めた大人数で行動しなかったのは、この三十路間近の美人妖精がいるからだ。プレイヤーとは違った行動オブジェクトとして、ある程度の広さのマップを検索、表示できるらしい。ルートのナビゲーション機能がこれほど便利だとは思わなかった。
それぞれのメンバーに転送されたマップのデータには、目的地までの道のりが、いくつかのフィールドを挟んでオレンジ色のラインで表示がされており、次の街らしきアイコンも見て取れる。後は、俺たちでそこまで一直線に向かうだけだ。
「へぇ、便利なもんじゃねーか。ただのうるさいハエかと思ってたぜ」
転送されてきたマップを見たレットが感心したように声を上げ、モモの頭の上に座っている妖精マルモを指でつついた。
「誰がハエですって! この色気のカケラも無いガキンチョが!!」
「なッ! やめろ、このハエ! 痛てぇッ!?」
ハエという単語にカチンときたのか、モモの頭の上から飛び立つマルモ。そのまま、レットの頭の上へと飛んでいき、彼女の髪の毛を掴んで引っ張っている。あれは痛そうだ。
うん、まぁ。マルモもみんなと打ち解けられたようで一安心だ。これで道中もギスギスはしなさそうだ。
「つーかーれーたー……」
歩き続けること数時間、徐々にペースがダウンしてきているモモが俺の腰に背後から飛びつくように抱きついてきた。これ以上歩きたくないというサインだろうか。
弱音も吐かずに歩き続けている他のメンバーも、実際はモモと同じ様に疲れているはずだ、途中には何度か戦闘もあった、そろそろ休憩を挟んだ方がいいかもしれない。
俺とモモの姿に、ミントがすごい形相で視線を送ってきているが、見なかったことにしよう。
「マルモ、このあたりに休めそうなポイントとか無いか?」
俺の呼びかけに、モモの頭の上から俺の頭の上に移動した妖精が、小さくウィンドウを開いた。
「そうねぇ、少しいけば小さな滝があるわね。そこで良いんじゃないの?」
「そう、だな。そこにするか。ほら、モモしっかりしろって、あと少しで休めるから……」
相変わらず腰に抱きついたままのモモをなんとか離し、自分の足で歩かせる。以前からモモはスキンシップが激しい所があったが、いざ恋人同士になると余計に意識してしまう。
それに周囲の目もある。レットな何とも無いのだが、ミントにいたっては俺とモモが度を越えてイチャイチャしようものなら怖い顔をしてくる。その理由はわからないが、とにかく人前でイチャイチャするのは俺も避けたい。
なんとかモモを励ましつつ、歩みを進めていると、着いた。目の前には木々の中に大きく開けた空間と小さな滝。小川も流れていて、休憩するには良さそうな場所だ。
「わぁ、綺麗! レットちゃん、ミントちゃん、3人で水浴びしよっ!」
ポイッポイッと鎧を脱いだモモが同じ女子ふたりの手を掴んで強引に水場へと駆けていった。下着のようなモモの姿に見惚れそうになるが、頭を左右に振って邪念を払い、俺は3人に背中を向けて地面に腰を下ろした。
女子の下着姿なんて見ちゃいけないんだ。
「ほら、ミントも脱げよ! ここまで来るのに汗かいたろ?」
「そ、それは、そうだけど……ひゃあッ!?」
背後から聞こえてくる声にも、俺は無心を貫き通した。邪念を振り払い、俺はまるで修行僧のように無の心で目を閉じていた。
しかし、そんな俺の心を揺るがすように、女子3人の会話が聞こえてくる。
「レットさん、けっこう……その、おっぱい大きいんですね」
ピクッ――
今の声は、ミントだ。3人は今、下着姿。つまりは同性同士、恥かしがることなく体のラインを晒し合っているわけで。ミントの言葉から察するに、レットは普段見えている胸元から想像する以上に大きいということなのだろうか。
いけないいけない、女の子の体を想像するなんて失礼だし破廉恥だ。
「大きいのがいいってわけじゃないよぉ、ミントちゃんだってお肌スベスベだし、おっぱいの形も綺麗だし、うらやましいなぁ~」
「ふぁ!? モモさん、どこ触って!?」
ピクッ――
え、なに、ミントってそれなりに胸ある方なのか? 俺が中学生でみどりが小学生の時は一緒にお風呂に入ったりしたこともあったが、俺の中でのみどりは妹であって、まだまだ子供の領域だ。それなのに、胸の形が綺麗って、俺が最後に見た時はペッタンコだったぞ。知らない間に成長していたとでもいうのか、これが育ち盛りというやつなのか?
だから駄目だって、駄目なんだって。妹の体を想像するなんて兄貴として最低だぞ! みどりは家族だぞ、家族! 無心だ、無心になれ! 俺!
「でもやっぱり……」
「でっけぇよなぁ、モモは」
「おっきいよねぇ、モモさん」
ピクッ――!
おっきいって、でかいって、つまりは胸のことですよね。いや、俺もわかってはいた、モモは胸が大きい。何度も見てる。いやらしい意味じゃなくて。それは同性から見てもやはり羨ましいというか、憧れの対象なのだろうか。俺は、うん……大きい方が好きだったりする。
って違うんだよ! モモだからって熱く胸の好みの話とか思い浮かべちゃったけど違うんだよ! 俺は無心になるんだ、無心に! そう、モモだから平常心が崩れたってわけじゃないんだよ!
「若いわねぇ……」
「うぉぉぉおおい!?」
俺がひとりで頭を押さえていると、そこにポトッとマルモが空中から落ちてきた。女子ということでモモ達と一緒に行っていたと思っていたのだが、まさか今まで俺が悶々としていたのを見られていたのだろうか。もしそうなら死にたくなるほどに恥かしいのだが。
「安心していいわよ」
「はい?」
「アンタの思考もログでばっちり見せてもらったから」
「うぉぉぉおおおい!?」
最悪だ、思っていたよりもずっとタチが悪かった。この妖精は人の思考まで読み取れるというのか。だとしたら、さっきまでの俺の、レットの着痩せ説やらミント成長期説やらモモやっぱりカワイイ説を見られていたのか、よりにもよってコイツに!
恨むぞ、思春期男子を弄びやがって! 俺は瞳に涙を浮かべながら情け無い表情で歯を食いしばった。
「お願いします、レットって以外と着痩せするんだなとかミントも成長期なんだなとかモモってやっぱり大きいんだとか考えてたのは認めるんでみんなには言わないでください……」
「ま、思考のログを見たってのはウソだけどね~そんなのできないっての」
思わず体が固まった。この悪趣味な妖精はいったいどれだけ俺を惨めにさせたら気が済むのだろうか。というか、そんなことをして楽しいのだろうか。
つまり俺はこの妖精の言うことを信じて自分から考えていたことを白状して自爆してしまったというのか、我ながら酷い。怒りを通り越して俺はようやく無の境地に達することができたような気がした。今にも俺の口からは魂が抜けて出て行きそうな気がする。それくらい、恥かしかったのだ。
まんまと妖精に弄ばれた俺は、その後の女性陣の会話も耳に入らず、念願どおり無の心を維持することができたのだった。




