妖精さんの実力
「それで、自称レアな妖精さんは何ができるんだ?」
妖精のマルモが仲間になってから数分後、目的の回復薬も買えたので、俺たちは家路につくため、メルン行きの転移門がある広場へと歩いていた。
自分の羽があるにも関わらず、騒がしい美女妖精はモモの頭の上に座って楽をしていた。
「自称じゃないわよ、本当にレアなんだから。そうねぇ、特定のプレイヤーの位置検索、データ取得、マップ解析……。他にも色々できるのよ?」
レアな妖精さんはモモの頭の上で自慢げに胸を張りながらフフンッと鼻を鳴らした。まぁ、確かに一般のプレイヤーができないことをできるのはお役立ち機能かもしれない。ミントあたりに持たせて迷子GPSの代わりにでも……。流石にそこまで子供では無いか、もう中学生だしな。
「ところでアンタ達ふたりってどーゆー関係なのよ? ただのPTにしては仲良さそうじゃない?」
マルモの言葉に顔を合わせる俺とモモ。どーゆー関係といわれても、恋人ですなんて答えるのも恥かしい。頬をポリポリとかきながら視線を逸らし、「いや、まぁ」なんて誤魔化していると、モモの方が口を開いた。
「えっと、ユウキくんは私の王子様。なんちゃって」
ブフッ――
思わず噴きだしてしまった。よくもまあそんな恥かしい台詞を言えるもんだ。照れ照れとしながら顔を赤く染めるモモだが、それ以上に俺の顔のほうが赤い気がする。人前で王子様なんて言われて、勘弁してくれと俺は赤い顔を両手で覆った。
「あーはいはい、ご馳走様―。いいわねぇ、若いって……」
マルモは拗ねたようにモモの頭の上で足をバタつかせている。というかこの妖精はいったい何歳なんだ。というか妖精、しかもーゲームの世界に年齢の概念なんてあるのだろうか。
「妖精さんは恋人とかいないの?」
「んなのいないわよ。まず、同じ妖精に会うこと自体稀だと思うわよ? 私は葡萄酒があればそれでいいわー」
スタイルも良く、美人の妖精だが、彼女から出ているオーラは何と言うか、三十路間近の20代後半の独身OLのそれに近いような気がした。いや、俺も大人の恋愛事情に詳しいわけではないけれど。お酒が恋人、といった感じだろうか。なんだか彼女を見ていると悲しくなってくる。
自分がまだ10代の半ばだったことにこれほど安心感を抱いたのはこの日が初めてかもしれない。
「それで、一緒に暮らしてるわけ?」
「まぁ、うん……そうなるかな」
マルモから向けられる嫉妬のこもった視線かた目を逸らし返事をすると、妖精からため息が漏れた。
「いいわねぇ、若いわねぇ。私にも背の高いイケメンで金持ちの王子様とか迎えに来てくれないかしら」
背の高いイケメンで金持ち、どれも俺には当てはまらないので、俺のことを言っているわけでは無いようだ。それにしても高望みが過ぎると思うのだが。
ブツブツと煩い妖精を半ば無視しつつ、メルン行きの転移門へと足を踏み入れ、アスラインを後にした。
「さて、俺はちょっとダンジョン探索しに行こうかと思ってたけど、モモはどうする?」
買い物後の予定は決めていなかったため、俺は最近は手付かずであろうメルン周辺のダンジョンを探索しようと思っていいたのだが、モモはうーん、と表情を曇らせた。
「私、ミントちゃんにお料理教えてもらう約束しちゃってるから……」
どうやら先日の芋を素手で握りつぶした事件以来、料理の勉強もしているようだ。今日もミントに教えてもらって練習をするらしい。それなら、男の俺がいても邪魔になるだけになってしまいそうだ。
「了解、それじゃ美味しいご飯期待してるよ」
「うんッ、ユウキくんも気をつけてね」
チュッ――
メルンの住宅エリアへの分かれ道、そのまま町を出る道へと進んで行こうと思っていたのだが、不意に俺の頬にモモの手が触れたかと思えば、次の瞬間には唇同士が重ねあっていた。
いったい何が起こったのか突然のことに呆けている俺とは逆に、モモは笑顔で手を振って住宅エリアへと駆けて行った。
唇に残る、モモの柔らかな唇の感触に、俺は自分の唇に触れながら、ただボーッと立ち尽くしていた。
「なーに呆けてるんだか」
「うわッ!?」
気が付くと、モモの頭の上に乗っていたマルモが俺の肩に腰を下ろしていた。いつの間にこっちへ移動していたんだろうか。それより、いつものふたりきりのノリでキスをしてしまったが、今日はマルモがいるのをすっかり忘れていた。少し天然が入っているモモにいたってはまだ気が付いてないかもしれない。
とりあえず、俺はダンジョンの探索にいこう。オンラインゲームということでダンジョンは一度クリアしても、その後新たにアイテムが配置されることがある。その再設置アイテムから錆びた鍵が手に入ったという情報も上がっているくらいだ。
「ところでマルモ、なんでモモについて行かなかったんだ?」
突然俺の肩に乗っていたのもそうだが、先ほどまでモモの頭の上に座っていたのに、突然俺の方にやってくるなんて怪しい。とくにこの純粋さのカケラも無い妖精は何か裏がありそうだ。
「あの子はねぇ~、なんというか純粋すぎるのよ。あのキラキラした目で見つめられるのはキッツイんだから」
今にもタバコでもふかしだしそうなテンションではぁ~と大きくため息をついた。確かに、童話好きのモモにとっては妖精なんて心トキメク存在だろう。ただ、当の妖精本人はそこまでピュアでは無いようだが。
というわけで、この不順な妖精はピュアではない俺を選んだということだ。まったく光栄だ。
「てやぁぁぁああッ!」
ザシュッ――
「グォォォオオオオオッ……!」
ドスンッ――
苔と石のレンガで造られたダンジョン、その最深部のボス部屋。俺の一撃で、オオカミのような姿をしたボスモンスターはその巨体を大きく仰け反らせ、地面に勢い良く倒れ込んだ。
低レベル向けダンジョンのボスということもあって、特別な苦労をすることは無かった。シュヴァリエ近辺の雑魚モンスターより少し強いか同等程度だ。1人でも問題無く倒すことができた。
「ん、ボスのドロップ品か……どれどれ」
地面に倒れ込んだボスのモンスターの体が光の粒となって消えていくと、その場に銀色に輝く宝箱が現れた。どうやら、今倒したボスモンスターのドロップ品のようだ。宝箱に触れ、その蓋を開けると、中には緑色で半透明の5cm程度の小さな鉱石が転がっていた。摘み上げて光にかざしてみると、石の中が虹色に光り輝いている。
「なんだこれ、見たこと無いな……」
「ふーん、ちょっと検索かけてみようかしら」
鉱石にタッチして情報ウィンドウを表示すると、名前は《虹の翡翠》と表示されていた。素材アイテムか何かだろうか、いまいち使い道がわからないでいると、頭の上に乗っていたマルモが羽をパタパタと動かして宙を舞い、同じ様に石にタッチをした。
「虹の翡翠、鍛冶用のアイテムらしいわね。凄い、どの街でも1桁台でしか出回ってないレア鉱石みたいよ」
「そりゃ凄いな、値段は?」
「最安値でも150万Gってところかしら」
中古で買った妖精が4万Gだというのに、この小さな石が150万もするのか。摘んだ石と宙で羽ばたく妖精を交互に見ていると、なんだか可哀相になってきたので、石はイベントリの中へとしまいこんだ。
「それにしても、市場の情報まで見れるなんて便利だな」
「うふふ、どんなもんよ~!」
ようやく自分の性能を理解してくれたのが嬉しいのか、俺の周囲を飛びまわるマルモ。こんな機能があるなら邪険にするのも悪いかもしれない。これからは、仲間の一員としてしっかり働いてもらうことにでもしよう。




