中古市の妖精さん
「うーん……ちょっと高いな」
とある日の王都シュヴァリエ、俺はモモとふたりで街中の道具屋へと訪れていた。現実世界にいた頃にテレビで見るような、オシャレな造りのレンガとガラスでできたお店だ。回復薬や解毒剤といった消耗品がそろそろ無くなりそうなのだ。
しかし、大きな街ということもあってNPCの店の物価は高い、他の街に比べたら5割増しといったところだろうか。とは言っても、プレイヤーが出しているお店は職人アイテムなどの販売がメインで消耗品なんて置いていない。
「転移門のある広場まで行って他の街で買っちゃう?」
価格に顔を曇らせる俺に、隣からモモが顔を覗き込むようにして声をかけてきた。
回復薬などの消耗品は大量に買ってストックをしておきたい、そうなると、ちょっとした金額の差が大量購入の時には馬鹿にならない差になってしまう。遠出するのは少し億劫だったのだが、ワガママを言えるほどお金に余裕は無い。
「そうだな、素直に始まりの街で揃えるか……」
始まりの街は貴重なアイテム等は売っていない代わりに物価が安い。消耗品なら王都の半額近いのではないだろうか。素直に、アスラインで買うことを決め、俺達は店を出てシュヴァリエを後にした。
「んー! 懐かしいねー!」
始まりの街、アスラインに到着するとモモが周囲を見回して大きく伸びをした。確かに懐かしい。この街にいた頃はモモにも、ザックにも、もちろんレットやミントにも出会っていなかった。でも、忘れることのできない大切な人ができた街だ。
メルン、ジャンナ、デゼルト、シュヴァリエといくつも街が開放されてきたため、プレイヤーの姿はだいぶ少ない。
「さて、んじゃ行くか。道具屋だから商業区だな」
「うんッ、えへへ」
商業区は転移門広場からすぐだ、歩き出した俺の手をモモが指を絡めるように握ってくる。一瞬ドキッとしたものの、確かにふたりきりだしデートになるのか。なんて思いながら俺はモモの手を軽く握り返した。
アスラインはNPCのお店でも露店タイプが多い。なるべく安いところを見つけて大量購入をしたい俺のようなプレイヤーにとっては、いちいちお店への出入りが省けて好都合だ。
「うーん……1個100Gか……」
所持金と欲しい数量を頭の中で計算、そしてもう少し安い店は無いかと辺りを見回す繰り返し。その中でようやく見つけたのが、回復薬の単価100Gという店だ。これがシュヴァリエでは200G近くなる。
「えーっと、それじゃあ……」
店頭のNPCに希望の購入数を伝えようとした時だった、
「女々しいわねー、男の子なら有り金全部突っ込んじゃいなさいよ!」
どこからか声が聞こえた、女性の声ということはわかったが、少なくともモモの声ではない。モモはもっと可愛い声をしている。左右、後ろを振り返っても俺とモモの他にプレイヤーは見当たらない。空耳か、と再び購入をしようとした時、またしても声が聞こえた。
「こっちよこっち! うーしーろー!」
「うしろ?」
いったいこの騒がしい声は何なんだ、振り返った先には……NPCの中古ショップが佇んでいるだけだ。店員のNPCも男性である。
「ユウキ、くん。アレ……」
声の招待を先に発見したのはモモだった。彼女の指差す先、サラサラの金髪に真紅のキレ目。西洋人形のように綺麗に整った顔立ちに抜群のスタイルの美女だ。そんな、普通なら見惚れてしまいそうな美女が、
30cm四方程の虫かごの中に入っていた。
「なんだこれ……」
その姿に、回復薬の勘定も忘れて俺は中古市の方へと足を進めていた。
虫かごの中、童話なんかに出てくるような、背中に透明な羽の生えた小さな姿で美女が此方へ視線を向けている。これは、アイテムか何かなのだろうか。それにしては随分と騒がしい気もする。
「えっと、貴女はだれ?」
戸惑いを浮かべる俺とは対照的に、モモは興味深々といった感じだ。屈んで、虫かごの中へと視線を向けながら小さな美女へと話しかけている。
「ふふん、よく聞いてくれたわ! 私は自立型AIを持つフェアリーよ! この世界じゃ極稀な存在なんだから」
自信満々に胸を張って虫かごの中を飛んでいる自称妖精さん。本人の大きさは15cmくらいだろうか。自分から希少と言われても、なんだかうそ臭い。
「はぁ、そうですか。それじゃあ俺達はこれで……」
「待ちなさいってー!」
考えなくても直感として感じ取れる。これは面倒な類の人間 (?)だ。なるべく関わるのは避けたほうが良い。モモの手をとってその場を離れようとしたが、呼び止められてしまった。
「なんでしょうか……」
「私って希少なのよ? レアなのよ? 貴方、私のこと、欲しくならない?」
「なりません、失礼します」
「ま、待って、待ちなさーい!!」
なんなんだこの自称妖精さんは、再び立ち去ろうとするも、その小さな体からは想像もできない大声で呼び止められてしまった。いったい何がしたいというのだろうか。
「妖精さん、私たちに何かご用?」
こんな妖精でも、モモは童話に出てくる主人公の女の子のように真面目に妖精の相手をしている。
「ふふっ、よく聞いてくれたわね。貴方達、私のことを買ってくれないかしら? そうすれば私はこの虫かごから出られるのよねぇ……」
虫かごの中でモジモジとおねだりポーズをしている妖精の姿はなんだか見ていて悲しくなってきた。確かに綺麗な容姿をしてはいるが、いい年した女性が無理をしているように俺には見えてしまった。
「そもそも何で自立AIなんて立派なもの持ってる妖精が店で売られてるんだよ」
俺は怪しむように表情を曇らせながら前屈みになって虫かごの中を覗き込んだ。中の妖精はカゴの天井にあたる格子を握りながらキーッといった顔をしている。
「私の前の主人が私のことをこの店に売りやがったのよ! あのチクショー!」
ああ、それで中古市なのか。こう言ってしまっては悪いが、前の持ち主の気持ちもわからないではない。こんな騒がしい妖精、ファンタジーのメルヘンさのカケラも無い気がする。
「ねえねえユウキくん、買ってあげようよ?」
モモはすっかり妖精の虜のようだ。かなりの童話好きということもあって妖精という響に魅入られてしまったのかもしれない。
「買うってもなあ……。モモ、ちゃんと世話できるのか? 餌やりに散歩だってあるんだぞ?」
「ちょっと! わたしを犬っころみたいに言わないでくれないかしら!!」
モモが買おうというなら、しかたがない。我ながら甘いかもしれないが惚れた弱みだ。買った後は別に俺はどうでもいい、どこかへ勝手に飛んでいってしまっても、それはそれで楽かもしれない。
「えーっと、4万G……妖精って安いんだな」
虫かごにタッチしてみると、商品としての情報が表示された。金額は4万G、希少だ、レアだと言っているわりには金額はそうでもない気がしてしまう。そのまま、商品情報が載ったウィンドウの下部、購入のボタンをタッチして確認ボタンにもタッチすると、目の前で虫かごだけだ光となって消えて妖精がモモの頭の上まで羽をパタパタと動かして飛んだ。
「ありがとう、新しいご主人様達ッ」
モモの頭にちょこんと座りながら俺に向かってウインクを飛ばしてくる。これがハートエフェクトでも出ていたのなら俺はそのハートを叩き落していたかもしれない。
「妖精さん、貴女のお名前は?」
「私はマルモよ、これからお世話になるわね」
こうして、自称自立AIを持つ妖精のマルモが新しく仲間 (?)に加わることになった。モモはかなり気に入っているみたいなので良しとするか。




