鍵のヒント
「ゲームじゃ、ないんだぞ……!」
開発者とはそういうものなのだろうか、この世界に生きているプレイヤーを、人々を、円盤の中の人形を見るような感情の無い言葉。アリーシャが死んだおかげで、おもしろいものが見れた? そんな言葉を聞いて、怒りを抑えられるはずが無い。
「この世界で生きているのはアンタの作ったプログラムじゃない! れっきとした、人間なんだ!!」
剣を握り、駆け出す。ここは街の中とは違う、プレイヤーを攻撃できるはずだ。殺しはしないにしても、一撃くらいはくらわせなければ気がすまない。
一気に距離を詰め、此方の攻撃範囲内だ。白衣に両手をつっこんだままの相手に向かって、剣を横一閃に振りぬいた。
ドンッ――
「なッ……!?」
その刹那、見えない何かに突き飛ばされたように俺の体は宙を舞っていた。
「そんなつもりで言ったのでは無かったのだけれど、不躾な発言だったわね」
彼女から数メートル離れた草の上に着地。何かに突き飛ばされたような感じだったが、ダメージは受けていない。体も、とくには痛まない。やはり、ゲームマスターにはそれ相応の保護が働いているのだろうか。
「趣味が悪いな、ゲームマスター様は無敵なのか?」
やり場の無い怒りに、口から嫌味がこぼれる。しかし、俺の言葉を彼女は気にもしていないようだ。彼女は自分のペースを崩すことなく、再び口を開いた。
「私はこの世界を管理しなくちゃいけないの、中途半端なところで死んでしまうわけにはいかないわ」
彼女の言っていることは自己中心的な考えかもしれないが、理解できなくもない。これだけ大勢の人間を飲み込んだゲームだ、想定外の事態が起きる可能性もある、その時にAIではなく人間が判断するべき事もあるだろう。やはり、MMOの類には人間の管理者が必要なのだろう。
「そういう意味で、貴方には感謝しているのよ? イレギュラーをひとつ取り除いてくれて。今回、貴方をここに呼んだのも、そのお礼のつもり」
「……? どういうことだ?」
彼女の言葉をそのままとるとすれば、俺がゲーム内でのイレギュラーに対処をした、ということになるが、そんなことをした覚えはない。
「先日のトーナメントイベント、優勝プレイヤーの白夜は他プレイヤーの行動権限を欲しがった。でも、他人の行動を制御するプログラムなんて私は用意していないわ。それを貴方は彼に破棄させた……」
「『なんでも好きなものを与える』と言ってしまった以上、その要求に答えるしかなかった、と」
本来ゲームに存在をしていない、『他人の行動権限』というアイテムを作ってしまい、その処理を俺がしたことに感謝をしている。つまりはそういうことなのだろうか。だとしたら、なんて勝手な理由なんだ。思わず大きなため息が口から漏れる。
「アンタは管理者なんだろ? なんでこうなることを予想しなかったんだよ、存在しない物を要求される可能性を」
俺の言葉に彼女は「ふふッ」と小さく笑みをもらした。終始自分のペースで焦りを見せない姿は掴みどころが無い。俺の指摘にも、頷きはすれど図星を突かれたような仕草は見てとれない。
「ある程度のイレギュラーは許容しているのだけどね、今回は白夜くんの執念が上回った形になってしまったわね」
白夜の名前が彼女の口から出て、俺はどこかで納得していた。あの男の行動は確かに理解できない。言ってしまえばストーカーだ、そんな人間の心理を読み取るのが難しいということは、分からないでもない。
「だから、今回はユウキくんにそのお礼をするために呼んだの。ひとつめは、そうね……《夢破りの鍵》のヒントにしましょうか」
「ッ!?」
相変わらず、余裕の表情で語り続ける彼女だが、その口から出ようとしているのは、この世界の住人すべてが望んでいるであろう現実への帰還を成すためのアイテムへのヒントなのだ。そんなに簡単に教えてもいいのだろうか、それとも教えなければとうてい入手は無理、ということなのだろうか。俺は黙り込んだまま、彼女の言葉を待った。
「今日、ユウキくんが私に会った事で、鍵を手に入れられる可能性はグッと大きくなったんじゃないかしら。でも、きっとユウキくんが鍵を手に入れることはできないと思う……」
「そ、それはどういう意味だ……?」
彼女が言っている言葉が俺には理解できない、「鍵を入手できる確立は上がったが、俺には入手できない」。さっぱり意味が分からない。なぞなぞか何かなのか?、しかしそんな風には聞こえないのだが……。
考えても考えても答えは出ない、頭の中がこんがらがるだけだ。
「クスッ、そんなに考え込まなくても大丈夫よ。きっと手に入れられるわ、私が見てきた貴方という男の子はそういう子だと思うのよね」
先ほどまでの研究者ぜんとした様子とはまた違った、自分の子供を見るような親の目をして彼女は笑みを浮かべた。しかし、その言葉の意味がどういうものなのかは相変わらずわからないまま。
「それじゃあ、今日のところはお別れね。頑張りなさい、期待していわユウキくん」
「ま、待って! まだ何が何だか……!」
相変わらず、彼女からの一方的な話で終わってしまったようだ。俺の体が徐々に青い光の渦に包まれていく。手を伸ばしても、足を踏み出そうとしても、敵わない。体が自由をきかない。まだ聞きたいこと、確かめたいことがあるというのに、もう帰されてしまうのか。
「大丈夫よ、きっとまた会えるわ……」
微笑みながら小さく手を振る彼女の姿を最後に、俺の視界は光に遮られ、その景色の全てが真っ白に染まっていった。
気が付けばあの部屋だ。騎士団宿舎の一室、宝箱が置かれていたはずの位置に俺は立ち尽くしていた。
(あれは、現実か……? もしかしたら夢でも見ていたんじゃ)
あまりに突然のことの連続に、俺の思考はまったく追いついていなかった。今までに起きたことすら、夢のように感じてしまう。
ヒラリ――
「ん……?」
そんな俺の髪から、一枚の桜の花びらが落ち、宙をヒラヒラと舞った。空中で踊った花びらはやがて床にフワリと着地をして、光の粒となって消えていった。それは、先ほどまでの一時が夢では無い証拠。俺は確かにあの丘に、桜の咲く銀色の丘で開発者の園中梅に会ったんだ。
(結局、あの人は何がしたかったんだ……)
かなりの気分屋で気まぐれな所があるような気がした。それでも、鍵についてのヒントを貰うことができた。「俺がこのまま頑張れば手に入るかもしれない」「俺には手に入れることができない」このふたつの言葉の矛盾に気が付くことができれば、その時はまた何か前に進むキッカケになるかもしれない。
ただ、今のところはちっともわからない。ポリポリと頬をかき、小さくため息を吐いた。
ともかく、こんなところで悩んでいるよりは体を動かした方がいい。何かの拍子に謎が解けるかもしれない。手に持ったままの剣を背中のさやへとしまい、俺は再びダンジョンを探索するために、部屋を後にするのだった。




