功略依頼
「フォロー入って!」
「おう! せやぁああ!!」
アリーシャが盾でガイコツの剣士の攻撃を弾き、仰け反らせたところを、すかさず剣でガイコツの首をなぎ払う、そして、その頭を明後日の方向へと飛ばしてやった。膝から崩れ落ちたガイコツはそのまま光る硝子の砂となって消えていく。
「しかしユウキ君、やけに腕が立つじゃない。とても最初の街にこもってたなんて思えないわよ」
「ははは、これでもLGOの前に似たようなゲームは結構やり込んでたから」
アリーシャに誘われてPTを組んで数日、やはり仲間がいる安心感は違う。アリーシャ、彼女が装備もスキルも充実しているということもあるが、ゲームの数値的なものよりも彼女の人柄にだいぶ助けられている気がする。気がしっかりしていて、頼りになるのはもちろんだが、人当たりの良さが、リアルでは良いお姉さんなんだろうなと感じさせる。
あれから、アリーシャとはPTも組んだまま、一緒に行動している。…もちろん宿屋の部屋は別だ。
一人の時は実感が湧かなかったが、こうして一緒に戦ってくれる仲間がいて、隣で話を聞いてくれたり笑ったりしてくれると、この世界もまんざらでは無いような気がしてくる。
「ところで、先行の時にPT組んでた人もいるんだろ? そっちはいいの?」
従来のベータテストと違って、先行体験組にはそのままゲームパッケージが配布されていた。もちろん二次配布をできなくする措置付きで。その頃は蘇生も可能だったのだろうし、なによりこんな人当たりの良い彼女が一人で遊んでいたとは思えない。同じ様なレベルの仲間もいるはず。
「あぁ、もちろんフレンド登録はしてるし、仲間ではあるけど。今頃はみんな、同じ様な先行組で《夢破りの鍵》の在り処について探ってるんじゃないかしら。あいにく、私は部屋に閉じこもってたり、考えるのは苦手なのよね」
ニコッと笑ってみせるアリーシャの言っていることは確かに分からなくもない、宿屋や酒場でデータとにらめっこしている彼女の姿は想像できなかった。
「だから、しばらく私は自由時間だ。その間はユウキ君につきあうわ」
「そっか、そりゃありがたいや」
付き合うと言ってくれているのだ、心強い味方がいるうちに、少なくとも一人でも死なない程度の実力は付けておきたいところだ。
「さて、さっきのガイコツに苦戦しなかったなら、始まりの草原の中は問題無いわね。まだ続ける?」
「もちろん!」
まだまだレベルは低い、アリーシャは40、そして俺は12だ。アリーシャの半分にも及んでいない。もっともっと自分を鍛え上げて、この世界を生きていける力を手に入れなければ。
余裕、というようにガッツポーズを作ってみせ、微笑み頷くアリーシャと共に、次の敵を探して草原を再び歩き出した。
そして、それから数日後だった。レベルが22にまで上がった俺と相変わらず高レベルのアリーシャの元に、アリーシャの仲間、先行組の一人から声がかかったのは。
内容は、始まりの草原に隣接する森林系ダンジョン《悠久の森》の功略に参加してほしいとのことだった。
このThe Lost Ground Onlineの世界では、かつて人々は栄え、豊かな文明を築き上げた。しかし、大都市のほとんどがモンスターに襲われ、その豊かな文明をたった数日で崩壊させられたらしい。
何気ないフィールドに重要アイテムがポツンと落ちていることなど、RPGというジャンルからしたら考えにくい。だとすれば、従来のゲームの流れに従って、世界観に沿った形で功略をしていくのが近道と判断されたのだろう。そして、最初に功略対象に選ばれたのが、始まりの草原に隣接する《悠久の森》だった、というわけだ。
こんな命懸けのゲームにならなければ、今頃とっくに踏破していたダンジョンだろうが、今は訳が違う。
「ユウキ君、貴方にも声はかかってるかもしれないけど…、あなたは先行組と何の関わりも無いはずだったんだから、無理に来る必要は無いわ」
今回、声がかかったのは先行組のアリーシャだけでは無かった、なんと俺にまで声がかかったのだ。街で防具を揃えていたところを、アリーシャの知り合いと思われる先行組の男性プレイヤーに声をかけられた。
「今回攻略する《悠久の森》は推奨レベル15、そして君は見たところ22にまでレベルが上がっている。是非一緒に戦ってもらいたい」
どうやら、アリーシャと一緒に狩りをするうちに、発売日組の中ではそうとうな高レベルになっていたらしい。街にこもる人間も多いのだ、それもそうか。確かに、レベルは足りているかもしれない、ただ、それでも先行組のアリーシャを含め、もっとレベルの高いプレイヤーは他にもいるだろう。確か、先行体験に選ばれた人間は3000人近くいた気がする。俺も応募はしたが、落選して、とにかく悔しかったのをよく覚えている。
つまり、先行組の高レベル陣は戦力の出し惜しみをしているというわけだ。いくらレベルが高くても、死に近い色の漂う場所には近づきたくないのだろう。なるべく自分達に危険は及ぼさずに、自分達以外の誰かに《夢破りの鍵》を探させるつもりなのだ。そして、その仮定を濃厚にするように、功略依頼を持ちかけてきた男のレベルも36と、すごく高いとはいえない数値だった。
「いや、俺も行くよ、アリーシャに世話になった分、働いて返さなくちゃな」
「ユウキ君……。そっか、私もここ数日一緒に組んだ仲間となら存分に戦える」
こうして、俺とアリーシャはこのゲームが始まってから3週間近く経って、全体で初めてのダンジョン効略に挑むことになった。OKの返事に頭を下げる男性プレイヤーを見送り、ダンジョン効略となれば生半可な装備で挑むわけにはいかないと、アリーシャが奨めてくれた今の自分が装備できる最高の装備を武器屋と防具屋で揃えた。
剣は少し奮発をして幅の広さが特徴の《グラディウス》を。防具は軽装だが、序盤の防具にしては防御力のある《重革の鎧》を。これで初期装備のままだった姿から一変、冒険者らしく頼もしい姿になった、と思う。
「すっかり凛々しくなったじゃない。それなら充分、背中を預けられるわ」
「これもアリーシャが鍛えてくれたおかげだけどね」
自分一人だけだったら未だに酒場で受け入れたくない現実を引きずっていたかもしれない、そこに戦う勇気をくれたのは彼女だ。本当に感謝してもしきれないな、と気恥ずかしそうに照れ笑いを浮べた。
「さて、今日はフィールドに出るのはやめておきましょ。明日のこともあるし、今日はゆっくり宿屋で休んだ方がいいわ」
ダンジョン功略隊は明日の11時に出発するらしい、現在は夕方17時だ。新装備を試してみたいところだったが、今日は彼女の言う通りに休むことにしよう。
「駄目だ、眠れない……」
宿屋で部屋をとり、早めに休もうとベッドに横になったのはいいのだが、いつもより運動量が少なかったことに加えて、まだ若干明るい外の風景に中々眠気は訪れず、ボーッと天井を眺めていた。そんな時、コンコンッと静かに部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「ユウキ君、私。入ってもいいかしら?」
声の主はアリーシャだった、今まで宿屋で部屋に入ったら完全に別行動だったのに珍しい、今日に限ってどうしたのだろうか。俺は、どうぞ、とあまり煩くならないように声のトーンを落として彼女を部屋に招きいれた。
「どうかした? まだ何か明日のことで話すことあったっけ?」
「違う違う、一緒にダンジョン効略に挑む前日くらい、一緒に寝たくなっただけ」
はぁ……。って、寝る? 一緒に? ベッドひとつしかないのに? 待って待って、弟みたいとか年下だからとか思われてるかもしれないけど俺だって健全な青少年なんです。一緒のベッドに綺麗な女の人がいるとか、逆に眠れなくなりそうだ。
「それじゃ、おじゃましまーす」
俺が状況を飲み込めずポカンとしている間に、アリーシャは俺の体を少し横に追いやってベッドへと潜り込んできた。振り向けばきっと、彼女の端正な顔が間近にあるのだろう、そう考えると心臓の音が周囲に聞こえてしまうのではないかと思える程に高鳴った。造られたアバターとはいえ、一緒にPTを組んで過ごしてきた彼女の女性的な振る舞いを意識してこなかったわけではないのだから。
「ユウキ君、こっち向いて」
頑なに、不自然なほどピクリとも動かない俺を余所に、少し強い口調であまりにも酷な要求が飛んでくる、振り向いてといわれたって今どんな顔になっているのか分からないのに、へんな顔を見られて明日のPTがギスギスになるのは絶対に避けたい。
とはいえ、無視など当然できるはずも無く、恐る恐る寝返りをうって振り返ると、いつもの元気な彼女ではなく、どこか不安そうに表情を曇らせる彼女の顔があった。
「明日のこと考えてたら、色々不安になってきちゃって。私らしくないわね」
そう言って苦笑いを浮べる彼女の表情は、相変わらず不安そうなままだ。
「でも、ユウキ君の顔みてるとさ、大丈夫って思えるっていうか。落ち着くんだよね」
「えっと、それは……俺が弟さんに似てるから?」
確かに家族が目の前にいると思えば安心はできるかもしれない、しかし「んー。」と少し考え込んだ彼女は、顔を左右にふってそれを否定し、そっと俺の頬に手を添えるのだった。
「なんでかな、よくわからないけど……。弟みたいだから、ってのとはちょっと違うかも……」
頬に添えられた手は、温かかった。これは現実の世界じゃない、ゲームの、全てがプログラムで作られた世界なのに、今、目の前でまどろみに落ちていこうとする彼女の手は温かくて、たしかにそこに存在しているのだと思えた。
間もなく、静かな寝息が聞こえてくると、俺も安堵感からか小さく欠伸がこぼれた。確かに、一緒にいると安心する。さっきまでぜんぜん眠れなかったのに、今は穏やかな気持ちで眠れそうだ。同じ様に、瞳を閉じると眠気が訪れるのにそう時間はかからなかった。眠りに落ちていく俺は、明日の無事の勝利を願うように、ベッドの中、そっとアリーシャの手に自分の手を重ねるのだった。