邂逅
モモが話してくれた『金髪の女の子の物語』、ミントあたりはかなり気に入ったようで、「私も高校に入ったら金髪にしたいなぁ~」なんて言っているくらいだ。せっかく綺麗な緑色の髪をしているのに染めるなんてもったいない。
というか、髪を染めるなんて俺もそうだが母さんが許さないだろう。
「今回は収穫無し、か……」
そして俺は今、王都シュヴァリエの隣接フィールドにあるダンジョン、《旧王都騎士団宿舎》へとやってきている。
今回は俺ひとりだけでの探索だ。他のメンバーはといえば、ミントのレベル上げにモモと、
ザックのギルドからふたりほど参加してくれている。ミントは回復職だし、ザックのギルドメンバーも信頼できる奴ばかりだ、心配は無い。
レットは、どこに行ったのか良く分からない。気まぐれな野良猫みたいなヤツだからなぁ。
騎士団宿舎は森の中で草木に覆われ、荒れ果てながらも巨大な概観をそのままに佇んでいる。もちろん、中にはモンスターも徘徊しているが、それほど強くはないようだ。ほとんどの敵は2~3回ほど攻撃をするだけで倒せた。
しかし、シュヴァリエ近辺は既に他のプレイヤーが探索を済ませていたらしい。開封済みの宝箱を何度かみかけてきた。《夢破りの鍵》が、そこらへんの宝箱に入っているとは考えにくいが、《錆びた鍵》でも見つけることができれば誰かを現実へと返してあげられる。それは決して無駄な努力では無いはずだ。
ただ、それも鍵が見つかればの話で。このダンジョンの様子を見るに、レアアイテムの入手は無さそうだ。
「ん……?」
宿舎最上階、とある個室の扉を開けると、その部屋の中央に金色の装飾がされた豪華な宝箱が置いてある。外見が豪華なのはいいが、怪しい。通常、宝箱などのオブジェクトはマップに表示されるのだが、マップで見る限りは何も存在していない。
(宝箱に擬態するモンスターとか……他のゲームだといるんだよな)
モンスターだとしても、マップには赤く光る点として表示がされる。しかし、マップにはそれすら無い。擬態系のモンスターだとしたら、バレないように細工がされてあると思えば不自然では無いが……。
(開けて、みるか……)
もし、擬態系のモンスターであるなら、野放しにはできない。同じ様に探索にきたプレイヤーが襲われるかもしれない。ここで倒しておいてやろう。
そっと、宝箱の蓋に手をかける。……特に反応は無し。となれば開けるしか無い、恐る恐る手に力を込めて宝箱の蓋を開け放った。
カァァァアアッ――
「なッ!? この光は、転移門の……!」
蓋を開けた途端、俺の体は青い光に包まれた。見覚えのある光だ、何度も経験したことがある。転移門、街と街を繫ぐワープゲートの光だ。だとすれば、どこかにワープさせられる。
迂闊だった、トラップの可能性だってあることを忘れていた。
今となっては光から逃れる術はない、その場から身動きひとつできないまま、俺の視界は光に包まれ、周囲の景色は遮られた。
「うわっ!?」
ドサッ――
謎の光に包まれ、転移させられた先で、俺は空中から放り出されるように地面に倒れ込んだ。地に打ち付けた部分がジンジンと痛い。いったいここはどこなのだろうか、どこに転移させられてしまったのか。
予想はしていたが、振り返ると、そこに帰還用のゲートは無かった。トラップなら当たり前が。
「よい、しょ……っと」
立ち上がり、周囲を見回す。白銀の草が揺れる、小さな丘だ。数十メートル先にある丘の中央には大きな桜の木。満開に咲き誇った桜の花は、淡い光を発していた。幻想的なエリアだ、まるで夢の中のような……。
「ごめんなさい、驚かせてしまったかしら?」
桜の木へ向かって歩いていると、不意に聞こえた人の声。俺は素早く背中の剣を抜いた。
もしも、あのトラップがプレイヤーの意図で設置された物なら、俺に危害が加わるのは目に見えている。ただ、そう簡単にやられるつもりはない。
「誰だ! どこにいる!」
俺が声を上げると、桜の木の陰から1人の女性が姿を現した。シャツにジーンズ、その上に白衣を羽織った女性だ。自分の身に及ぶかもしれない危険に、警戒をしていた俺だったが、その女性の姿に驚き、目を見開いた。
「あ、貴女……は!!」
額で左右に分け、胸の上辺りまであるサラサラで艶のある黒い髪。作り物のように綺麗に整った顔。忘れるはずも無い、俺たちプレイヤーをゲームの中へ閉じ込めた張本人、「園中梅」その人だった。
開いた口が塞がらなかった。何故、最高責任者の彼女がこんな所に? そもそも本人なのか? プレイヤーの変装? 様々な疑問が俺の頭の中をグルグルと回り続けるが、どれが本当の答えなのか、俺には分かるはずも無い。
「ふふっ、度々驚かせてしまったわね。プレイヤーID:******、『ユウキ』くん」
呆気に取られた俺の表情に、目の前の責任者の女性は手を口元に当ててクスクスと笑みを溢した。攻撃してくる様子は無いが、いったい何が起きたというのか。
「貴女は、園中さん……本人ですか?」
確認するように口を開いた俺に対して、彼女は小さく頷いた。
「えぇ、最高責任者『園中梅』本人よ。証拠は、そうねぇ……これを見てもらえば信じてもらえるかしら」
そう言って、彼女が手を振りかざすと、丘の周囲に無数のスクリーンが現れた。大小様々、数字や単語が並んでいるものもあれば、街中の風景を移したものもある。俺が周囲のスクリーンを眺めている中、彼女が小さく呟いた。
「管理者権限実行。王都シュヴァリエ天候変更、雨」
彼女がそう呟くと、スクリーンのひとつに映ったシュヴァリエの景色に暗がりが差し、やがてポツポツと雨が降り出した。
当たり前だが、一般のプレイヤーに天候を操る術などない。天気を自在に変えられる、つまり、このゲームの世界に自らが干渉できることを、彼女は証明してみせたのだ。
「どうやら、信じてもらえたようね」
もはや、彼女が本人であることに間違いは無さそうだ。間違いなく、俺たちをゲームの中に閉じ込めた張本人だ。
「安心していいわ、私は貴方に危害を加えるつもりは無いわ。それどころか、お話がしたいと思っていたの。だから、貴方の前にゲートを用意した……」
「俺と、話がしたい?」
彼女が何を言っているのか、何が目的なのか、全く訳が分からなかった。なぜ、最高責任者ともあろう人物がいちプレイヤーにすぎない俺に興味を抱くのか。数少ない宝石柄の持ち主だから? しかし、それだって運営の容易した代物だ。
戸惑いを隠せない俺をよそに、彼女は両手を白衣のポケットの中にしまい、話を続けた。
「実はね、宝石柄はプレイヤーをモニターするためのアイテムなの。その《ブレイブターコイス》も、私が先行体験時代のアリーシャにゲットさせたものよ」
俺が手に持ったままの片手剣を指差しながら、彼女は宝石柄本来の役割について話を始めた。モニター、それが本当ならば最初はアリーシャがモニターとして選ばれたということになる。しかし、その彼女は今……。
「想定はしていたけど、彼女はその剣を貴方に託してゲームから退場したわ。でも、そのおかげで面白いものが見れた、とも言えるけど」
ニヤリと口元に笑みを浮かべる彼女、彼女にとってはゲームに過ぎないのか? アリーシャが俺をかばって死んだことも、俺が今までこの世界で戦ってきたことも。そう思うと、俺の行動を見られていた羞恥心を通り越して、怒りすら覚える。
自然と、手に握ったままの剣に力が入っていた。




