お料理勉強会
「へぇ、ここが新婚さんのお家ってわけか」
「むー……」
家を買った翌日、ミントやレット達も呼んで家のお披露目だ。茶化すように新婚という単語を強調してニヤニヤと笑みを浮かべているレット、片やミントは何故か不機嫌そうに頬をふくらまして、俺のことを睨んでいた。なにもしてない、はずなんだけどなぁ。
「お兄ちゃん、わたしもこの家使わせてもらうからねッ」
「え? いや、構わないけど……なんでそんな怒ってるんだよ、ミントは」
元々、ミントやレットにも使ってもらう予定で家を買おうとも思っていたわけで、言われなくてもミントには当然部屋を使ってもらおうと思っていたのだが、まさか本人から住み着くと言ってくるとは思わなかった。
「お兄ちゃんがモモお姉ちゃんに変なことしないように見張ってないとね」
つーん、と拗ねたように顔を背けるミント。俺の妹であるはずなのに、なんだか姑のような言動だな。俺とモモが仲良くしているのがそんなに気に入らないとでも言うのだろうか。うーん、女子の気持ちというのはよくわからない。
「ミントちゃーん、頼まれてた準備できたよー!」
兄妹のピリピリとした雰囲気に、キッチンからモモの声が響いた。今日、ミントやレット、ついでに言うとテラスで椅子に腰掛けながらうたた寝しているザックを呼んだのは、家のお披露目のためというのもあるが、今まで世話になったザックのギルドメンバーに料理をでもご馳走しようという話が出たためで、今日はその練習だ。
キッチンではモモがインベントリの中から野菜や肉といったアイテムを取り出し、作業場に並べていた。
「料理スキルが一番高いのはミントか、今日の先生はミントだな」
男だから、という言い訳はゲームの中ではきっと通用しないのだろう。俺の料理スキルはあまり高くは無い。ひとりで狩りをしていた時、手に入れた肉を焼いて食べていたくらいだ、ちゃんとした料理なんて作ったことも無い。
ミントは、俺たちと出会うまで、料理スキルを上げ、料理を売って装備を揃えたらしい。今日の先生役だ。レットは、あまり料理をするようなイメージは無いが、男勝りな彼女だ「男の料理」風な一品を作り上げるなんてこともあるかもしれない。モモは……どうだろう、料理ができなさそうな印象は無いが、料理をしている所も見たことが無い。ある意味、今回の見所になるかもしれないな。
「それじゃあ、初心者でも簡単! 美味しいカレー講座を始めます!」
「「おー!」」
いつの間にか着替えたのか、エプロンに三角巾姿のミントが仁王立ちでキッチンに立っている。先生役ということで気合が入っているのだろう。しかし、威厳というよりは可愛らしいという表現の方がしっくりくる姿だ、兄として微笑ましい。
ちなみに、俺たちはエプロンも三角巾も無い。ありがたいことに、ゲームということもあって髪の毛や埃が入る心配はしなくていい。それに、たかがエプロンや三角巾とは言っても、職人プレイヤーのオーダーメイドだ、普通の防具屋なんかでは売っていない。
ということで、とりあえずは普段着のまま料理が始まった。
「まず、野菜をそれぞれ小さく切ってー」
目の前でミントがテンポよくトンットンットンッ、と包丁で切っていく。いざ自分も、と包丁を握ると、握った手の上に何かのゲージが現れる。上昇、減少を繰り返すゲージを、一定のエリア部分にカーソルが重なった時に切ると出来栄えが良くなるらしい。
(これは、結構難しいな……)
野菜を綺麗に同じ大きさで切るには、毎回同じエリアの更に限られたエリアでカットする必要がある。いったりきたりするゲージとにらめっこするうちに、自然と細目になってしまう。
「モモ、そっちはどう、だ……」
このままゲージを凝視していたら疲れてしまう。息抜きに一旦包丁を置き、ふぅーと息を吐いてテーブルの斜め向かいで作業しているであろうモモへと視線を向ける。と、何故か彼女は包丁を握らず、素手でジャガイモを握っていた。ジーッとジャガイモを熱心に見つめているが、何をする気なのか。
「ふぅー……てぃッ!!」
グシャァァアッ――
俺がモモの行動を不思議に思いつつ眺めていると、彼女は手に持ったジャガイモを素手で握り潰した。よく、テレビなんかで筋肉ムキムキの外人レスラーが林檎を握りつぶすようなあんな感じだろうか。無残に握り潰されたジャガイモ、その場の全員が言葉を無くす中、ジャガイモの残骸をつまみあげると《メルン芋のクズ》と表示がされている。……一応、料理には使えるようだ。
この瞬間、モモへのマンツーマン体勢が確定した。
「へぇ、レット……けっこう上手いじゃんか」
「へへっ、アタシだって料理の経験くらいあるっての」
ミントがモモへ野菜の切り方を教えている間、此方は此方で野菜を切り進めていく。完璧、とまではいかないが我ながら綺麗に切れたのではないだろうか。レットはどんなものかと、チラッと横目で彼女の手元を見てみると、ミントほどのテンポの良さは無いが、野菜自体は俺よりも綺麗にカットがされていた。
女の子が相手だとわかっていても、レットと比べるとなんだか悔しくなってくる。
「ミントー、野菜の次はどうすればいいんだー?」
「野菜は少し煮てからスパイスを入れるの、後は待つだけだから簡単だよ!」
とりあえず、自分の分が終わった俺達は指示待ち。モモの分の野菜も、ミントが手伝っていることもあってもうすぐ終わりそうだ。それに、初心者でもできる、と言っていたように、カレーの難易度はあまり高くはないようだ。これなら今度から俺でも作れそうな気がする。
そして、モモの分の野菜の下ごしらえが終わり、投入。少しの水を入れて煮込む作業だが、ここはミントに任せておこう。いきなり時間も分からないまま煮始めて、悲惨な結果になるのだけは避けたい。最初は見学だ。
此方の料理は過程がミニゲームのように作られている。アクションゲームやRPG、シューティングがメインだった俺には少し慣れが必要かもしれないが、ミントのように生活系のゲームをしていた類のプレイヤーなら飲み込みも早いのだろう。
さて、とりあえず後は待つだけだ。カレーライスか、家では母が週に一度は作ってくれていたが、こちらの世界にきてからは簡単な食事ばかりで、ちゃんとした料理すらあまり食べていない。そこにカレーとは、豪華とは言えないが充分楽しみだ。今から口の中に唾液が溢れてくる。
「はい! できましたー!」
その後、煮込む時間やスパイスを入れるタイミング、隠し味などをミントに説明を受けていると時間はあっという間に過ぎ、ポーンッという効果音が響いた。どうやらこれが料理の完成合図らしい。
「おうおう、良い匂いだねぇ。カレーかぁ、俺もガキの頃はよく食ったもんだ」
匂いにつられてか、テラスで小さくいびきをかいていたザックもいつの間にか起き出してきていた。
「あぁ、今完成したとこだから。お前も食ってくれよ」
ミントと一緒に人数分、全部で5つのお皿にお米をよそり、カレーをかける。ちなみに俺は皿の半分にカレー、半分がご飯になっている盛り付け方がいい。よくテレビの番組なんかでご飯全体にカレーがかかっているのを見るが、俺に言わせれば邪道だ。むろん、ぐちゃぐちゃに混ぜる食べ方もしない。ご飯をすくって、ルーにつけて食べる。小さなこだわりだ。
「はい、いただきます!」
「「いただきまーす」」
テーブルにお皿を置き、それぞれが席に座り、ようやくカレーにありつくことができる。ほかほかのご飯に濃いめの辛口ルー、あまり多すぎない野菜の量と全て俺の好みに合っている。さすが俺の妹だ、自然にこうなるようにしていてくれたのかもしれない。
「うえ、なんだこのジャガイモ、かわも付いたままだし、ボコボコだぞ」
「あぁ、それは多分モモが握り潰したやつだな」
「はぁ!? 握りつぶした?」
当たりのジャガイモを引いたザックに周囲からは笑い声が漏れた。こうして、楽しいお料理現教会は成功、後日の本番でもギルドメンバーに喜んでもらえる、良い企画になったのだった。




