夢?現実?
「ふぅ、でーきた! こんな感じかな?」
家を購入してから数時間、とりあえず最低限の家具は用意できた。モモの手伝いもあり、配置はおおかた完了だ。テーブルにソファ、椅子からカーテンのような部屋の内装まで、木製の部屋の雰囲気に合わせて緑色の布地を使った木製のもので揃えた。高級感こそ無いが、素朴で我ながら気に入っている。
「ミント達を呼ぶのは今度だな、とりえず今は、その……」
モモと一緒にいたい、その言葉が喉もとでつっかえて、出てこなかった。照れ隠しに、頬をポリポリとかきながら視線を逸らす。あまり察しの良いとはいえないモモのことだ、口に出さなくちゃ伝わらないことだってわかっている。
「……今日は、モモと、その、ふたりでいたい、かな。って」
一緒にいたい、それだけの言葉を言うのがこんなに恥ずかしいだなんて思っていなかった。誰かに見られているわけでもない、恥をかいているわけでもない。しかし、好きな女の子の前というだけで、俺は自分の気持ちを伝えるのが難しさに困惑した。
それでも、やっぱり言わなくちゃ伝わらない。なんとか、思いを吐き出すようにして俺はモモへの思いを、気持ちを口にした。「一緒にいたい」と。
「ユウキくん……うんッ、私も一緒にいたい」
俺の言葉に小さくうなずいて笑みを浮かべるモモ。お互い、顔を見つめあいながら笑みがこぼれた。口にださなくても、結局気持ちは一緒だった、そう改めて感じると、先ほどまでのモヤモヤはいったいなんだったのか。
向かい合って見つめ合い、お互いの手を指を絡めあいながら握り、俺はそっと唇を重ねた。子供の遊びのような、簡単なキスだ。つっつくようにして、何度も何度も繰り返す。それでも、柔らかなモモの唇、そしてその吐息を間近に感じているだけで、幸せに感じてしまう。こんな時間がずっと続けばいいのに、そんなことを思いながらまた、その感覚を味わうために、俺は唇を重ねた。
「モモ……んッ?」
再び唇を重ねようとすると、俺の唇をモモの指が制止した。綺麗な指だ、すべすべで、悪戯をしたくなってしまうような。しかし、その気持ちを抑え、俺は一旦モモから体を離した。
「止まらなくなっちゃうから、ここでおしまい」
恥かしそうにテレッと笑ってみせるモモの姿に、自然と此方の顔まで赤くなってしまう。
「そ、そうだな! このくらいでいいかな!」
キスをやめた途端に、先ほどまで繰り返していたキスの余韻でさらに顔が紅潮する。俺はいったいどんな顔でキズをしていたんだろう。あれだけ何度もキスをして、モモに嫌がられはしなかっただろうか。そんな考えが頭の中をグルグルと何回も行ったりきたりを繰り返す。
必至に、いつも通りの平静を装ってみせるものの、今にも頭からは煙が上がりそうだ。
「その……夜とかなら、私も、もっとしたいかな、って」
不意打ちのようなモモの一言に、俺はポカンと間抜けな表情を浮かべてしまう。一方でモモはといえば顔を赤らめ、視線を泳がせている。
混乱しているだけに、彼女の言葉の意味が上手くのみこめない。ええと、つまりは嫌では無かった、ということでいいのだろうか。加えて夜ならもう少し踏み込んでも良い、そういうことなのだろうか。
「と、とりあえず、残りの家具も配置しちゃうか!」
「うんッ、そうだね」
だめだ、考えれば考えるほど混乱してしまう。このことは一旦忘れよう。家具の配置はあらかた終了したが、小物類の配置がまだ残っている。まだ赤い顔で、なんとか気持ちを切り替え、インベントリから家具を取り出し、ふたりで置き場所を相談しながら、部屋メイクは進んでいった。
「ふぅ……」
家具の配置が一段落し、綺麗に整った部屋を眺め、小さな達成感に息を吐いた。日は落ち、周囲はすっかり暗闇に包まれている。ちなみにモモはバスルームを見るついでにシャワーを浴びにいっている。……当たり前だが覗きなんてしない。したい気持ちが無いわけじゃ無いけれど。
俺はひとり、テラスへと出て星空を眺めた。冷たい夜の風が髪を揺らして頬を撫でる。近くの住宅では他のプレイヤーが料理でもしているのだろうか、一緒になって良い匂いが鼻をくすぐる。
(すっかり毒されちゃったな……)
ゲームの世界に囚われて約4ヶ月。色々なことがあった、世界に絶望し、失意に沈んだ時もあった。無我夢中で戦いに明け暮れて、周りが見えていない時もあった。でも気が付けば俺の周囲には何人もの仲間がいて、大切な、守りたい人もできた。
その事実は、たとえこの世界がプログラムで造られたとしても偽物であっても、自分の確かな現実だ。俺は、モモが好きになってしまった。それがいつの間にか、日常になって、ゲームを終わらせるという目標から目を逸らさせてしまっていた。
ゲームが終わってしまえば、もう彼女には会えない。名前も姿も分からない、他人に戻ってしまう。それを考えると、俺は「このままの世界でもいいのでは?」と、つい考えてしまった。それだけは、絶対に駄目だ。今こうしている間にも、他のプレイヤーの帰還を待つ家族がいる、それに、死亡して仮死状態のまま何日も過ごしているプレイヤーだっている。「このままがいい」だなんて、願ってはいけないんだ。
「全部、夢、なのかな……」
この世界の出来事は全部夢のようなもので、目が覚めれば何も残らない。今までの日常に戻ってしまのだろうか。そんな不安に、俺は独り言のように呟いた。
「そんなことないよ、ユウキくん」
不安に押し潰されそうなまま、夜空を眺めていると、背後からモモの声がした。穏やかで優しい、俺の大好きな声……。
「なッ!? モモ! ちゃんと服着てくれよ!!」
振り返ると、そこにはモモがバスタオル一枚で微笑んでいた。確かに、これはゲームだ。衣装もプログラムとして用意されているため、風で飛んでいってしまうような心配も無い。だが、健全ないち少年にはバスタオルから伸びる素足や、首周りの肌の露出はあまりにも刺激が強いのだ。
「えへへ、普段着、置いてきちゃったから」
ペロッと舌を出しながら苦笑いを浮かべるモモ。目のやり場に困る俺をよそに、バスタオル一枚のまま、俺の隣へとやってきた。
「モモ、そんな格好じゃ体冷やすぞ」
気休めかもしれないが、俺は自分が着ていたコートを脱いで、モモの肩にかけた。嬉しそうに笑みを浮かべるモモ、さっきまで俺がしていたように夜空を見つめながら、そっと口を開いた。
「この世界は夢なんかじゃないよ。たとえ終わっても、私はユウキくんが好き。その現実だけは、誰にも変えられないんだから」
「そう、だよな。俺も、ゲームアバターとしてじゃなくて、モモが好きだ」
自然に見詰め合った彼女の頬に軽く触れ、そっと撫でる。ゲームのアバターとして作られた、アイドル然とした綺麗な美少女だ。そして俺はカッコイイ美少年。彼女の素顔は分からないけれど、少なくとも俺の素顔はこんなにカッコ良くは無い。それは俺と同じで彼女も分かっているはずだ。だとしても、俺は可愛い美少女としてのモモではなく、いつも元気で、明るく、笑顔の絶えない、そんな彼女が好きだった。それは、容姿なんて関係無い。彼女の本当の姿だ。
言葉にしなくても、お互いに既に伝わっているようだ。ふたり顔を見合わせたまま、ふふっと笑みを溢し、静かに目を閉じたモモの顎にそっと手をそえ、俺は再び彼女の唇に自分の唇を重ねた。




