小さな新居
「ひゅー、お熱いねぇ。あやかりたいぜまったく」
「茶化すな……」
モモを白夜の手から取り戻して数日、彼女のスキンシップは以前にも増して大胆になっていた。まず、俺がソファに座ろうとすれば隣を占拠。事あるごとにボディタッチもしてくるものだから落ち着いてなんかいられない。
普通のいち少年が女の子に体を触られてドキドキしないはずが無いじゃないですか。
男ばかりで暑苦しいギルドを束ねるザックがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら此方へ嫉妬にも似た視線を送ってくる。確かに目の前でイチャイチャしてるのは申し訳ないけれど、これはどちらかと言えばモモが一方的に……。
そんな言い訳をしたところで、ただのノロケ話にしか聞こえないのだろうから、何を言っても無駄か。
(でも、ザック達の前でいつもイチャイチャしてるのは……流石に迷惑だよな)
片腕をモモに抱きしめられながら、俺は宙を見つめてうーんと小さく頭を悩ませた。というのも、先日のトーナメントイベント、各試合の勝者にはある程度の賞金が出ていたのだが、決勝まで進んだ俺はその額もそれなりになっていた。ちなみに今のところ使うアテは無い。
この際、思い切って豪華じゃなくてもいい、プライベートハウスを持つのもいいかもしれない。モモとふたりっきりで過ごす場所ができれば、普段のイチャつき具合も減ってくれる、はず。
「ちょっと外出てくるよ、ここにいちゃ邪魔だろうしな」
よいしょ、と腰を上げてソファから立ち上がり、ザックに苦笑いを向ける。「そんなことねぇって、冗談だっての」と、先ほど茶化してきた態度を謝るように両手を振る彼。
「買い物ついでだよ、モモ、一緒にくるだろ?」
「うんッ」
買い物ついでという言葉にザックも気を悪くせずにすんだようで、行ってこいと軽く手を振った。俺の後をついてくるようにしてモモとふたり、ギルドハウスを後にした。
「ねぇ、ユウキくん何か欲しい物でもあるの?」
後ろを歩いていたモモが少し駆け足になり、俺の隣へと移動し、此方の顔を覗き込んできた。ポッと、自分で自分の顔が赤くなるのがわかる。あぁ、この子は俺の彼女で、俺はこの子の彼氏なんだ……。そう思うと余計に顔が火照ってくる。
はやく慣れないと、このままじゃ変に疲れてしまうばかりだ。頭を左右に軽く振って、気持ちを切り替えた。
「うん、まぁ……そろそろ家でも買おうかと思ってさ」
「お家!? ユウキくんそんなにお金持ってるの?」
モモが驚くのも無理は無い。特別な武器や防具はドロップかダンジョンでの入手でしか無いこのゲームにとって、個人の家やギルドハウスは最も高い買い物といってもいいくらいだ。現在の街、デゼルトで家を買うとなると100万G前後だろう。あいにくそこまでのお金は無い。
家具や内装を最低限に揃えるにしても、その手のアイテムは職人プレイヤーの生産品、安価ではない。
「60、いや70万Gくらいしかないんだよな……。でも、メルンならそのくらいでも家は買えると思うんだけど」
モモと初めて訪れた町、《農業の町メルン》。アスラインやジャンナ、デゼルトやシュヴァリエに比べたら小さな町だ。それでも、あの町には思い入れがある。あの町で売っているパンとホットミルクの味は忘れられない。それに、あの町はモモが大好きな町でもある。
「メルンかぁー。うん、良いと思うよ! 私、あそこの景色大好きだから」
モモの反応を見て一安心、もっと賑やかな場所が良いと言われてしまったらどうしようもない。もとより、彼女と一緒に住むつもりで考えているのだから。もちろん、ミントやレット達も邪険にするつもりは無いが。
転移門広場、その中のメルン行きのゲートをくぐり、デゼルトからメルンへと転移。
転移門の光を抜けると、先ほどまでの潮の香りが漂う街からは一変、草木の香りのする穏やかな町並みが広がる。初めてこの町を訪れた時のように、どこからか漂ってくる焼き立てのパンの匂いが空腹でなくてもお腹を刺激する。
「じゃあ、住宅エリアに行ってみようか」
街が変り、自分達のことを知っているプレイヤーの目が減ったこともあり、俺は少しの勇気を振り絞って隣にいるモモの手を握った。指を絡ませた、属に言う恋人繫ぎというやつだ。自分からやっておきながら、これは恥かしい。再び頬が赤くなるのが自分でもわかる。
「うんッ! 行こッ!」
そんな俺とは対照的に、モモは俺から手を繫いできてくれたことに上機嫌、本当に嬉しそうだ。握った俺の手を引くようにして、小走りに駆け出した。
「うーん、やっぱり少し厳しかったかな……」
住宅エリアに到着して数分、いくつか家を見てみたのだが、どれも予算を少しオーバーしているか予算ギリギリだ。家具等を買うことも考えると購入は厳しい。ミント達が窮屈しないように中サイズの家にしたかったのだが、少し考え直す必要がありそうだ。
「あ、ユウキくんあそこ! あのお家良いんじゃない?」
頭を悩ませる俺の横でモモが目を輝かせて指を差した。その指の先には小サイズの家が一件。エリアの端、小さな崖沿いに建てられた家だ。崖の下には小川やメルンの象徴でもある麦畑が広がっている。確かに、家からの眺めは良さそうだ。
「そうだな、ちょっと覗いてみるか」
「うんッ」
俺はメルンという町は好きな方なのだが、他の街のほうが賑やかで施設も多い、故に住宅としての人気は薄いようだ。さっきから何件か家を見てきたが、購入済みの家は数える程だ。案の定、その小サイズの家も、まだ所有者はいないようだ。
中に入ってみると、明るい色の木材で作られた素朴な部屋が目に入る。1階にはリビングやキッチン、シャワールーム。そして崖沿いの小さなテラスがある。目を輝かせて嬉しそうにテラスへ駆けていくモモ、その向こうにはずーっとどこまでも続いて見える金色の絨毯のような麦畑。なかなかの絶景だと思う。
「小さい家はどうかなって思ってたんだけど、このくらいでいいかもしれないな」
階段を上がり、2階を覗いてみる。2階には部屋がふたつ、どちらも中には何も無いようなので寝室用だろう。これなら、片方は俺とモモ、もう片方にミントやレット用ということもできそうだ。
「ユウキくん、私はここのお家がいいなーって思うんだけど」
1階からモモの声が聞こえてくる。俺も不満は無い、むしろ、小サイズの家を覗いて見て思ったが、中サイズでは空間を持て余してしまいそうだ。
「そう、だな。じゃあここに決めようか」
モモのいる1階へと降り、手を開いてウィンドウ呼び出し。その中の項目にある「その他」のボタンをタッチし、表れた「住宅購入」のボタンをトンッと叩いた。購入費用は50万Gです、と価格が表示され、購入しますか? と最終決定の選択画面になる。モモとふたり、向かい合ってニコッと微笑み合い、俺は「購入」の決定をした。
「さて、これでオッケーなはずなんだけど……」
ちゃんと所持金は減っている。これで購入は完了したはずだ、試しに再びウィンドウを開いてみると「住宅の権限設定」という項目が増えている。とりあえず、俺とモモ、ミントは全権限を可に。レットは……家具移動だけは不可にしておこう。彼女には悪いが勝手に模様替えをして配置を滅茶苦茶にされそうだ。
「ふふっ、なんだか新婚さんみたい」
嬉しそうに笑みを浮かべるモモ、その言葉はわからなくもない。新婚でお金も無い、小さな部屋を借りて二人暮らし、なんてドラマでよく見るパターンに、今はかなり近いような気がする。
そして強く実感した、これからここで、モモとふたりで暮らしていくのだと。そう意識すると恥かしい反面、思わず笑みがこぼれてしまった。




