想いの答え
「びゃ、白夜様! 大変です、あの少年が……!」
突然、モモと白夜のふたりしかいない空間に慌てふためいた声と共に現れた彼のギルドメンバー、よほどあわてて走ってきたのだろうか、その白い装束は乱れ、息も上がっている。
「はぁ……今いいところだったんだよねえ、邪魔しないでもらえるかな」
「しかし……! うぐっ!?」
彼女とのひと時を邪魔され、不機嫌そうに大きくため息をつく白夜。そんな彼に、なんとか状況を説明しようとする団員の青年だったが、その言葉は遮られた。
ドサッと、団員の体が倒れ、その背後にはコートにマフラー姿の片手剣、ユウキが立っていた。
「安心していい、殺してはいない」
その言葉通り、団員のHPは0になることなく、ゲージは残り数ミリといったところで停止した。
「これはこれは、負け犬のユウキくんじゃないか! 今更何をしに来たのかな?」
(ユウキ、くん……?)
モモのいつもと違うドレス姿に、きっとコイツに無理矢理着せられたのだろう。と怒りを募らせながら、それでも冷静に口を開く。
「白夜、リベンジマッチだ。俺が勝ったらモモは返してもらう」
手に持った片手剣を白夜へと向け、湧き上がる怒りに眉をつり上げながら再戦を要求する。ただ、何の見返りも無く彼が再戦に応じることも無いだろう。その点も既にちゃんと考えてある。
「再戦、ねえ。それで、ボクが勝ったら何があるのかな?」
やはり、あまり乗り気でない様子の白夜。しかし、コイツは此方の提案に乗ってくる。その確証が俺にはあった。
「この剣、《ブレイブターコイズ》をお前にくれてやる。俺のことも殺せば良い、それで邪魔者はいなくなるだろ」
その俺の言葉に、先ほどまで全く話に応じようとしなかった彼の顔から笑みがこぼれる。
「あっははは! 君を殺す、それはいい! そうすればモモちゃんも諦めてくれるだろうしねえ。それに、2つめの宝石柄……悪くない提案じゃないか。その話、受けさせてもらうよ」
やはり、彼は承諾した。それもそうだろう、昨日のトーナメントは彼の圧勝だったんだ。再び戦って俺に負けるなど、夢にも思っていないはずだ。
白夜の後ろで心配そうに此方を見つめてくるモモの姿。言葉は聞けなくても、彼女が心配してくれているのは分かる。だから「大丈夫」そう口を動かして微笑んでみせると、彼女は小さく頷いた。
「さて、それじゃあ始めようかユウキくん! 君にはさっさと消えてもらうことにするよ」
彼の言葉に応えもしないまま、俺は向かい合って剣を構えた。トーナメントの時とは違う、フィールドを吹き抜ける風が草木を揺する音だけが聞こえる、とても静かで、集中できる。
先手を取ったのは、案の定スピードで有利な俺だった。剣を中段に構え、飛び込む。横への斬撃、斜め、縦、と繰り返し攻撃を叩き込んでいくも、攻撃自体を無効化する盾、《ダイヤモンドウォール》の前に全ての攻撃が弾かれてしまう。
「どうしたんだい、ユウキくん。前回のほうがちゃんと考えて戦っていたようにも見えるけれど、もしかして自棄にでもなったのかい?」
ほとんど身動きをせず、ただ此方の攻撃に合わせて盾を動かしているだけの白夜が嘲笑うように口を開いた。確かに、いくら攻撃を叩き込んでも、一撃も通らないのでは意味が無い、それなら、トーナメントの時のように何度もスピード勝負をかけたほうが勝機はあるかもしれない。
「呆れたよ、その程度で再戦を挑んでくるなんてね。《ダイヤモンドダスト》!!」
でも、それでいい。俺の剣が弾かれ、生まれた隙に白夜の氷魔法が襲い掛かる。が、魔法は俺の体を捉えることは無く、地面をえぐるだけだ。俺は既に、白夜の背後に移動していた。
「なッ……!?」
「《ソードダンス……アンサンブル》!!」
白夜が振り向くよりも早く、その背後から切りかかった。
「な、なんだそのスキルは!!」
振り向いた白夜が再び氷魔法を唱えるが、不発。またしても地面をえぐるだけで俺の体を捉えることはできなかった。そして、再び彼の背後に移動し、切りつけた。
「舞い踊る剣の合唱団」、スキル名 《ソードダンスアンサンブル》。空中にいくつもの光の剣を出現させ、その剣と剣の間を光が反射するように瞬時に移動できるスキルだ。闇雲に彼の盾に攻撃を叩き込んでいたのも、空中に出現させていた光の剣に気が付かれ無いようにだ。
既に、周囲に広がった剣と剣の間を、俺は瞬間的に移動できる。死角からの攻撃が容易になるわけだ。
「お前には、モモは絶対に渡さない!! たとえ、俺が死んでも! 渡せないんだ!!」
流石、宝石柄の盾を持っているだけあって、ステータスの補正が防御に特化されている。一撃で持っていけるのは彼の体力の10%といったところだろうか。でも、これで俺の距離だ。死角から襲い掛かる接近攻撃の応酬。一撃、また一撃と彼のガードも間に合わないまま、攻撃は続いていく。
「これで、最後だ! でやぁぁぁああああッ!!」
フラフラになった白夜の背後に移動し、最高の速度で切り抜けた。彼のHPゲージは0、に限りなく近い位置で僅かに残っていた。
俺も激しい動きを繰り返していたせいで、息が上がっている。肩で息をしながら、振り返り、剣の切っ先を白夜へと向けた。
「モモは返してもらう、今すぐ行動権限を消すんだ!」
「わ、わかった! 今消す、今消す! もうモモちゃんにも近づかない! だから殺さないでくれ!!」
今まで、余裕の笑みしか見せてこなかった白夜の表情が、死への恐怖に歪んだ。ドサッと尻餅をつき、震える手でメニューウィンドウを呼び出し、インベントリの中にあるプレイヤー行動権限モモを削除した。
「あ、喋れる……。ユウキくん、ユウキくんッ!!」
自分の意思で行動ができるようになったモモが、嬉しそうに声を上げながら俺の背中に飛びついてきた。俺も、思わず笑みがこぼれる。
とりあえず、一旦モモを制止して体を離し、俺は手にもった剣を背中の鞘へしまい、白夜へと視線を落した。
「俺がリベンジを果たしたことも、お前のことも、言いふらす気は無い。だから、早く消えてくれ」
「は、はい! あ、ありがとうございます!!」
あんなにも優雅に振舞っていた白夜だが、既にその面影は無く、惨めなものだった。何度も土下座のように頭を下げたかと思えば、前のめりになりながら必至の様子で逃げていった。その姿を見送り、俺はモモへと向き直ってその体を抱きしめた。
「モモ、よかった……。もう会えなくなっちゃったんじゃないかと思った……」
モモの体温、体の感触、髪の香りを感じ取り、俺は思わず瞳から涙をこぼしていた。これじゃあ、白馬の王子様なんかには程遠いな、と自分で自分に呆れたが、そんなカッコ良く振舞っている余裕は、俺には無い。
ただ、モモの体を抱きしめ、その感覚、存在を確かめられるのが、ただただ嬉しかった。
「私は、信じてたよ。ユウキくんが迎えにきてくれるって」
いつものように、ニコッと笑みを浮かべるモモだが、その瞳に、もうっすらと涙が浮かんでいた。
「そうだ、モモに言わなきゃいけないことがあったんだ」
「ん? なにかあったの?」
キョトンとした顔で俺の目を見つめるモモ、俺は恥かしさで爆発してしまいそうな心臓をなんとかなだめ、同じ様に笑みを浮かべた。
「トーナメントが終わったら、答えを言うって約束だっただろ? 俺も、モモのことが好きだ。俺と付き合ってほしい」
モモの返事も待たないまま、俺は彼女の唇に自分の唇を重ねて、キスをした。まるで、時間が止まってしまったかのような感覚、好きな相手を感じ取れる喜び。その感覚に身を委ねたまま、ただゆっくりと、時間は過ぎていった。




