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捕らわれの想い人

「はぁ……」


 王都シュヴァリエの周囲を囲う外壁、その上に腰掛け、ただ遠くを見つめながら俺は今日何度目かも分からないため息をついた。


 トーナメントで白夜に負けたのが昨日だ。地面に這いつくばり、悔しさに涙を流すことしかできなかった。そして白夜はモモの行動権限の全てをアイテムという形で手に入れ、今はギルドでモモと一緒に過ごしているはずだ。


(最低だな、俺……)


 ゲームを終わらせるどころか、たった1人の女の子の気持ちに応えることすらできない。我ながら、情けなくなってくる。再びため息がこぼれた。


「なーにシケたツラしてんだよ、みっともねえ」


「レット……」


 背後から聞こえる声に振り向くと、レットが腰に手をあてて仁王立ちをしていた。機嫌は、あまり良くはなさそうだ。それもそうだろう、モモを助けにも行かず、こんな所でひとりしょぼくれている男なんて全く格好良くない。


「でも、モモはもう白夜アイツに逆らえないんだ。もう、話しをすることもできないんだよ……!」


 理解したくても頭が拒んでいた事実を口にすると、自然に涙が溢れ、頬を伝った。


 そう、今のモモは行動権限の全てが白夜に移行されている、アイテムの使用も、装備の変更も、会話でさえ彼女の意思ではできない。白夜が権限所有者として許可をしない限り、彼女は自分の意思で行動できなくなっている。


 白夜に敗北した後、俺が会場から出た時には既に自分の意思で会話はできなくなっていた、目に涙を浮かべ、必至に出ない声で何かを伝えようとしていた彼女の姿が、俺の心臓を重い鎖のように締め付ける。


「無法者(アタシ達)のモットーはな、欲しけりゃ奪え、だ。お前も男だろ? 女の1人くらいさらってきやがれってんだ!」


「レット……。って、うわぁぁああ!?」


 珍しく、彼女に励まされた。案外優しいところもあるのだな、と関心したのも束の間。背中を思いっきり蹴り飛ばされ、俺は数メートルはある外壁から転落して地面に体を打った。


(れ、レットのヤツ……なんてことするんだよ……)


 ダメージは無いが、普通に痛かった。でも、レットに怒りは感じなかった。こんな痛みよりも、きっとモモが今感じている苦しみの方が大きいはずだ。


(ゲームは終わらせられなかった。でも……モモだけは、取り返さなきゃ)


 服を軽く叩いて土埃を払い落とし、壁の上でガッツポーズを決めているレットに軽く手を振って、俺はその場を後にした。目指すのは転移門がある広場。そして、その先のデゼルト。そして白夜のギルドだ。



「貴様の質問に答える必要は無い」


「…………」


 いざ彼のギルド、《ノーブルサンクチュアリ》のギルドハウスがある水の都デゼルトまで来たのだが、当然部外者はギルドハウスには入れない。なので、入り口で警備をしている団員に「白夜はいるか」と聞いてみるものの、返事は「答える必要は無い」としか帰ってこなかった。


 いるのかいないのか定かではないなら、待つしかない。出てくるにせよ帰ってくるにせよ、入り口の近くで待っていれば出会えるだろう。俺はギルドの入り口から数メートル離れた花壇の縁に腰を下ろし、頬杖をつきながら待機姿勢に入った。


 そして数分が経過した頃だった。


「邪魔だ、鬱陶しい! 帰れ余所者が!!」


 と、ギルドハウスから出てきた数人の団員に囲まれ、俺は見事に追い返されてしまった。


 どうしたものか、入り口で待機できないとなると会うのが難しくなるのだが……。近くの建物の壁に寄りかかり、どうしたものかと表情を曇らせていると、


「ユーウーキーくーん」


 物陰からノソッと頭だけを現して、気持ちの悪い呼び方をしてくる人影が視界に入る。うわっ、と驚いたのも一瞬。よく見てみれば人影の正体は見慣れたヤンキー面のザックだった。なんで彼はこんなところにいるのだか。


「おーっと、お前の疑問はわかる。でも今はモモと白夜の行方が知りてぇんだろ?」


「あ、あぁ、うん。そう、だな」


 まるで人の後をつけていたような察し方に不信感を覚えるが、それよりも今は白夜達の行方が知りたい。こんなことを知っているとは思えないが、情報に強いザックならば何かしら知っているのではないだろうか、そんな期待を抱いてしまう。


「白夜達なら数十分前にギルドハウスから出ていったぜ、今は農業の町メルンに隣接したフィールドにある湖にいるはずだ。何人か俺のギルドから追跡に出してるからな、確かだぜ」


 もはや諜報ギルドか何かかと疑ってしまう集団だが、それも今はありがたかった。メルン、そこはモモと出会ったフィールドのすぐ近くの町だ。フィールドに広がる金色の麦畑に目を輝かせているモモの姿を、今でもハッキリと覚えている。


「ザック……」


「おう、なんでい」


「……ありがとな」


 男同士、真面目な話をするのも恥かしい。簡単に礼だけを言って、俺は再び転移門がある広場へ向かって駆け出した。本当は、そんな簡単に済む礼ではないけれど、ちゃんと礼を言うのはモモを取り戻してからだ。

 広場に着くと、迷うことなくメルン行きの転移門へと飛び込んだ。 





「どうだい、モモちゃん、君のためにこの一帯のプレイヤーは全て追い払った! この綺麗な景色は君と、ボクのものだよ」


「…………」


 ユウキがメルン行きの転移門に飛び込んだ頃、モモは白夜に連れられ、メルンに隣接したフィールドの湖へとやってきていた。その服装は、いつもの鎧姿ではなく、白夜に用意された純白のドレスだ。


 数ヶ月前、この景色に目を輝かせていた彼女だが、今の彼女は虚ろな瞳でただ地面を見つめていた。白夜に発言の許可をもらっていても、口にする言葉など無い。

 無い、というよりは「ユウキくんと一緒にいたい」、その思いだけしかなかった。しかし、その彼の名前は口にできない。白夜によって発言できない単語に設定されてしまっていたのだ。


「ほら、モモちゃん、いつもの笑顔を見せておくれよ……。君のためにギルドメンバーまで使ってこの場所を確保したんだからさあ」


 白夜の指先が、彼女の髪をかきあげ、そのまま頬を伝い彼女の唇の中へと入り込んだ。強引に、まるで小動物を突き飛ばして遊ぶように乱暴に、その手は彼女の口の中を執拗にいたぶった。


「ん、むぐぅッ!! ぷはぁっ……!」


 なんとか、口の中をいたぶる指を吐き出し、白夜を睨みつけるものの、彼が怯む様子は無かった。むしろ、何故気に入らないのかと言いたそうに更に距離を詰めてくる。


「釣れないなぁ、もっと素直になってくれてもいいじゃないか。まあ、どうしてもって言うなら、ちょっとした準備はあるんだけどね……」


 そう言って、白夜がインベントリから取り出したのは、最近ニュース板で話題になっている《電子ドラッグ》の一種だ。電子ドラッグは、ゲームが脳とデータをやりとりしているのを利用し、脳へ興奮情報、快楽情報を伝える、文字通りのドラッグだ。乱用で、ゲーム内でも正気を失ったという情報も出ている程だ。


 本来なら、一般プレイヤーが簡単に入手できるモノではないのだが、トーナメントの優勝で一躍有名人になった彼のもとへ、どこからか転がり込んできたのだろう。


 そして、今。モモの行動権限は彼にある。半ば強引でも、ドラッグを使わせて従わせるという手段もとれるのだ。


(い、嫌……助けて、助けてよ! ユウキくんッ!!)


 一歩、また一歩と。ドラッグを手に近づいてくる白夜に、モモは逃げることもできない。身動きできぬ状態のまま、ただ怯えながら、涙の浮かんだ瞳を硬く閉じることしか、できることはなかった。



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