モモ VS 白夜
トーナメントイベント当日、会場は大勢の人で賑わっていた。トーナメントの参加者はもちろん、会場の客席は参加をしないプレイヤーにも開放をされる様子。そのため、単純にプレイヤー同士の対人戦を楽しみに来ているプレイヤーもいるだろう。
トーナメントでの戦いでは死亡することは無いと宣言されている以上、PKなど邪道な対人戦では無いのだから、娯楽目的で観戦するのもアリだとは思う。
そして今、俺がいるのは選手控え室だ。参加者が多いため、順番毎にいくつか部屋が用意されている。その中のひとつだ。他にはプレイヤーが10人弱ほどいる。
(この日のためにレベルも上げた、不足は無いはずだ。優勝、してみせる。そして……)
モモの気持ちに返事をして、この世界を終わらせる。
最初の偶然で、レベルは先行組に負けない程にまでにブーストがかかった。そして、俺には他のプレイヤーには無い武器、《ブレイブターコイズ》がある。普通に戦えば、少しくらいレベルが高い相手でも勝機は充分にある。
俺は、自分自身に気合を入れるように、両手でパンッと頬を叩いた。
(ステータスも、確認しておこう。こういう時は自分の能力を再確認しておいた方がいい)
手を顔の前面に、手をパーに開くとウィンドウが表示され、メニューの中からステータスを選択。すると、新たなウィンドウに今のステータスが表示された。
Level:61
Job :剣士
Weapon:片手剣
Weapon Level:700/1000
Exclusive Skill:《緑の英雄》
Simple Skill 1:《月下一閃》
Simple Skill 2:《連撃の影》
Simple Skill 3:《護りの緑》
固定ステータス
《体力》700
《魔力》500
《精神力》600
《パワー》600
《ディフェンス》600
《スピード》800
ウィンドウの中に表示されたのは、現在の基本ステータスだ。ジョブの剣士、専用スキルによる数値だ。ここにレベルによる補正が入って詳細なステータスが形成される。
例えばレベル1でパワーが100あるとすれば、実戦では110。レベル10なら200といった、「固定ステータス+レベル×10」の式で実戦ステータスになる。もちろん、職業によって例外はいくつかあるが。
ステータスの確認を終え、ふぅ、と小さく息を吐いて俺はウィンドウを閉じた。既にイベントの試合は始まっているようで、控え室の大型スクリーンには、現在の対戦が映し出されている。ちなみに俺の順番はだいぶ後ろ、モモはそろそろ試合だったはずだ。
今はライバルとはいえ、負ける姿はあまり見たくない。控え室から密かに応援をしておこうと、俺は視線をスクリーンに向けた。
「相手が誰でも、勝たなくちゃ……!」
ステージの中央へと足を進めるモモ、自分に言い聞かせるように呟いた言葉は、自分自身を勇気づけるためだが、その表情は固く、頬を伝って汗が流れた。
というのも、ステージ中央で待つ対戦相手が原因だった。白でまとめられた高価そうな衣装に、ダイヤモンドがあしらわれた巨大な盾。宝石柄の持ち主である白夜だった。運悪く、初戦からの組み合わせになってしまった。
「やぁモモちゃん、まさか初戦で君とあたるなんてね、これも運命かな。悪いけど、今回だけは負けてもらうよ、君をボクのモノにするためにね」
わざとらしい笑顔と、唇を舐める動作に思わず嫌悪感を抱き、背筋が震える。キッと白夜を睨みつけるようにして、表情を引き締めた。返事は、しない。なんというか、白夜とは話をしたくはなかった。話を続ければ彼のペースで話が進んでしまう気がしたから。
「私はお話をしに来たんじゃない! 戦いに来たんだよ!」
背中に背負ったハンマー、《スリヴァルディ》を構える。この武器は、彼女がイベントで手にした武器だ。宝石柄ほどの性能は無いが、一般の流通品を遥かに越える性能を持っている。
「ふふっ、モモちゃんはせっかちだねぇ。わかったよ、それじゃあ始めようか」
両者が武器を手にしたことで、準備完了とみなされ、バトル開始のベルが鳴り響いた。ベルが鳴り響くと同時に、360度自分達を取り囲む観客の声援が爆音のように轟いた。観客からすれば、宝石柄の獲物、可哀相なプレイヤーかもしれないが、それでもモモは負けるつもりなど微塵も無かった。
「はぁぁぁああッ!! 《鎧破の一撃》(アーマーブレイク)!!」
ハンマーを手に駆け出し、白夜の手前でザッと思いっきり地面を踏み込み、構えたハンマーをフルスイングした。《鎧破の一撃》はハンマースキルのひとつ、防御力の高い相手ほど威力が上がる技だ。これなら、いくら防御力が高くてもダメージは通るはず。
しかし、力任せに叩きつけたハンマーは、相手の大盾によってガキンッ! と巨大な音を立てて弾かれた、盾の向うで余裕の笑みを浮かべる白夜のHPは1ミリも減っていない。
(なんで、なんで? パワーになら自信があったのに……!)
もう一撃、更にもう一撃、何度ハンマーを全力で叩き付けても、その全てが簡単に弾かれてしまう。盾を持っている白夜はその場から一歩も動いていない、ただ、モモの攻撃に合わせて盾を構えているだけだ。攻撃が通るどころか、押すことすら全くできていない。
「防御力の高い相手には確かに有効な攻撃だ、流石はボクのモモちゃんだ。良い判断力をしている。でもね……」
再びハンマーを手に向かってくるモモに向かって手をかざすと、その手から白く輝く光線が放たれ、それは彼女の胸を貫いた。胸を貫かれ、空中へ飛ばされた彼女へ、続いて2発目、3発目が空中で再び彼女の体を貫き、まるでお手玉のように弄んだ。
攻撃が止み、ドサッと地面に叩きつけられる彼女の体。HPは、残り1。試合の仕様上、1から0になることは無いため、彼女の敗北。頭上にはLoseの表示が浮かんでいた。
「ボクの《ダイヤモンドウォール》は攻撃そのものを無効にできる、残念だったねモモちゃん。トーナメントが終わったら、また会おう」
頭上にWin表示がされた白夜がモモに歩み寄り、倒れた彼女の頭に手を置いて口を開いた。その口から出た言葉は、あまりにもチート性能な宝石柄の盾の能力。『攻撃を攻撃として受け付けない』どう足掻いても初めから勝利の可能性なんて無かった。その現実を突きつけられ、歯を食いしばるモモの瞳に涙が浮かぶ。
この一週間、自分もモンスターとの戦いを繰り返して、レベルを上げた。スキルの見直しもした。それでも、その努力はたったひとつの盾の前で無意味になってしまった。母を見つけ出すという目標も、叶わなかった。
思わず溢れ出す涙を見せぬよう、うつむいた。ポタッとコロシアムのステージの地面に涙の痕をつくり、彼女はそのまま動かなかった。
そんなモモを置き、控え室に戻っていく白夜。ほとんど動いていないため当然だが、一切の呼吸の乱れも無く、観客に宝石柄の圧倒的な性能を見せつけたことに満足したように笑みを浮かべている。
これから二回戦、三回戦と勝ち上がっていくにつれて近づいてくるモモを自分のモノにできるという喜びにハッハッハ! と笑い声を上げ、彼の姿はステージから消えていった。




