それぞれの想い
「俺は、現実に還してあげたい人がいるんだ……」
次はユウキくん。モモのその言葉に、俺は自分のことを話すことになってしまった。しかしどう話したものか、目の前の女の子を見殺しにした。そう捉えられてしまうかもしれないと思うと心臓が縄で締め付けられるように苦しかった。
でも、それも事実だ。あの頃の俺は弱くて、なんにもできないただのプレイヤーだったのだから。
近くの木の根元に腰を下ろし、体重を木に預けながら、俺はゆっくり口を開いた。
「その人はさ、酒場で腐ってた俺を外に連れ出してくれたんだ。俺、姉ちゃんはいないけど、本当の姉ちゃんみたいに思えてさ。向うも弟みたいって言ってたし」
数ヶ月前のことになってしまったが、彼女、アリーシャと過ごした時間のことは忘れない。ちっとも風化せずに、時には俺を励まし、時には落ち込ませる。
今は……自分の弱かった時期を思い出させられて凹まされているわけだが。
「一緒に戦ってるうちに、俺でもちゃんと戦えるんだって調子に乗って、勢いで乗り込んだダンジョンで俺をかばって彼女は死んだんだ。だから、いつまでも眠らせたままでなんていられない」
「そっか、ユウキくん強いんだね」
俺の隣に腰を下ろしたモモが、なんだか申し訳ないことを聞いてしまったというような表情で此方の顔を覗き込んでくる。見殺しにした、とは思われなかったようだが、シュンとさせてしまった。なんだか少し罪悪感を覚えてしまう。
「そ、そんな顔するなって、モモは何も悪くないんだから!」
これはこれで、なんだか俺が彼女を落ち込ませたようで心が痛む。なんとか笑顔を作り、彼女を励ますものの、女性経験の無いに等しい俺は、こんな時に女の子にかける言葉なんて何も知らなかった。
それでも、なんとはモモは気をとりなおしたようで、えへへ、と笑みを浮かべている。
アリーシャのこともそうだが、今回のトーナメントは絶対に勝たなくちゃいけない。白夜のヤツが優勝なんてしてしまったらモモに危害が加わるのは間違いないのだ。モモを不安にはさせたくは無い、白夜から届いたメッセージのことは話さないでおこう。
俺が白夜を倒して、優勝をしてみせれば全てが上手くいくはずなんだ。ゲームは終わり、みんなが現実に還れる。
グッと強く握りこぶしを作り、俺はさっきまでの弱気な自分を心の奥に追い払った。
「ねえ、ユウキくん。このまえ、私がさみしいって言ったの、覚えてる?」
2人並んで腰を下ろし、どれくらい時間が経っただろう。意識していなかったため、正確に何時間が経過したかは覚えていないが、昼過ぎで明るかった森の中はオレンジ色の光が差し込む夕方の景色に変っていた。
不意に、モモが「よいしょっ」と腰を上げ、立ち上がった。そのまま数歩、木々の隙間から日が差している場所まで歩いていくと、そこで口を開いた。
聞く限りは、普通。普通のトーンで話しかけてくる。ただ、此方から見えるのはモモの背中だけで、彼女の表情を知ることはできなかった。
「えーっと、白夜が絡んできた時、だよな」
「うん、そうそう。あの時」
モモのことなら何だって覚えている。とまでは流石にいかない。というかそんな白夜みたいな気持ち悪いことはとても俺には言えないしできない。けれど、普段から元気で明るいモモが珍しくネガティブな単語を口にしたので、その時のことはわりかしよく覚えていた。
「それが、どうかしたのか?」
覚えてはいるが、それの意味までは俺にはわからない。当時、モモだって教えてはくれなかったし、口にすらしていないはずなのだから。
俺は、モモの背中を見つめながら、それが何かに関係あるのだろうか、と何もわからないままで問いかけた。
「うん、さっきわかったの。何がさみしかったか……」
そこで、モモは此方へクルッと振り向いてニコッと、いつもの笑顔を浮かべた。
「私は、ユウキくんが、他の男の子と一緒にいてもいいって言ったのがさみしかった。だってね……、私、ユウキくんのこと」
「好きになっちゃってたから」
困ったなあ、というようにモモは戸惑いながら、はにかんだ。
その言葉を聞いた瞬間、俺の頭は真っ白になった。モモは何て言った? いや、本当はちゃんと聞こえていた。けれども、それは俺の予想していた答えのどれにも当てはまらなくて、俺はただ、ポカンと口を開いたまま、情け無い姿で固まっていた。
「ユウキくんに助けてもらって、一緒に冒険してね。ユウキくんのこと見てるだけでドキドキしちゃって、一緒にいると幸せな気持ちになっちゃって」
そう、自分の胸に両手をあてながら言葉を続けるモモは、とても冗談を言っているようには見えなくて。その戸惑い、赤らんだ顔に、俺はつい見とれていた。
駄目だ駄目だ、ちゃんと返事をしないと。言うんだ、俺もモモのことが好きだって。
「も、モモ! 俺!」
俺もモモが好きだ。そう言おうとした矢先、モモは口の前で人差し指を立て、しーと俺の言葉を遮った。
「お返事は、イベントが終わってからがいいな。もし駄目だって言われたら、私戦えなくなっちゃうよ」
えへへ、と笑うモモの姿に、俺はそれ以上言葉が出なかった。
そんなことない、俺だってモモが好きなんだ、好きだって言いたいんだ。でも、その答えを今は彼女は望んでいない。喉元まで出かかった言葉を必至に飲み込んで、俺は「わかった」と小さく返事をして頷いた。
「イベントが終わったら、ちゃんと俺の応えを言うよ」
「うんッ、待ってる」
木々の隙間から差し込む夕日に照らされたモモの姿は、とにかく綺麗だった。こんなことを言うのも、俺が彼女に酔っているだけからかもしれないが、夕日に輝く髪、オレンジ色に染まる肌、どれをとっても俺には全てが魅力的に見えた。
我ながら、モモしか見えていない自分が恥かしくなってくる。カァアッと赤くなる顔を手で覆いながら俺は照れ隠しのように俯いた。
「それじゃあ、私は先に帰ってる。ユウキくんも遅くならないようにね?」
「あ、あぁ、うん」
相変わらず、顔から熱が引かない俺を置いて、モモは帰っていった。いつもなら一緒に帰ろうとするモモが1人で帰るということは、彼女も彼女なりに恥かしくてどこか居心地が悪いのだろう。告白をしたんだから、それもそうか。
「イベントが終わったら、か」
イベントが終わってから答えを聞かせてほしい。その言葉が頭の中を何度も行ったり来たりしている。自分の中で答えが決まっているだけに、余計にモヤモヤしてしまう。
しかし、イベントが終わって、もし俺が優勝できたとしたら、モモに返事をしてもすぐに現実に戻ってしまう。現実に戻ったら、顔も本名も知らない他人同士だ、この関係はゲームの中にいる間だけ。そう考えてしまい、俺は大きくため息をついた。
そんなこと、本当は考えちゃいけないんだ。現実には戻らなきゃいけない、現実に還していけない人がいる。そして、最後に気持ちを伝えられる。それでハッピーエンドなんだ。そのハッピーエンドにむけて俺は戦わなくちゃいけない。
「よいせ、っと……」
気のせいか、先ほどまでより重い腰を上げ、背中の剣を抜いた。徐々に薄暗くなる景色の中で、握った剣の刀身に映る俺の顔はまだどこか曇っていた。頭を左右に振り、余計な考えを追い払う。
最後に、少しだけ狩りをしてから戻ろう。少し体を動かさないとモヤモヤが頭から離れそうにない。街への帰路につき、その途中で出会った中型のクマのようなモンスターに切りかかり、数回の攻撃で消滅をさせた。




