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初めての仲間

 理不尽なゲームの世界に囚われてから一週間ほどが過ぎた、普通のゲームならば一週間もあれば各フィールドに人が散らばっている頃だろう。しかし、《蘇生不可》を告げられた、このゲームの中に閉じ込められた人々は、そのほとんどがフィールドに出ることを恐れ、始まりの街から一歩も出ることは無かった。


 かくいう俺も同類だ、現実からゲームの世界に囚われ、頭の中はぐしゃぐしゃになったままだ。唯一進展があったとすれば、酒場で手に入る果物のジュースがかなり美味しいということに気が付いたくらいだ。


「はぁー……なんでこんなことに」


 空になった木製のグラスをガンッと乱暴に酒場のテーブルに置くと、中身が無くなり消費されたと認識され、光の粒となって消えていった。もう一杯やろうか、まるで自棄酒みたいだなと苦笑いを浮かべ、新たに注文をしようとした時のこと。


「合席いいかしら? 一人でいると男にしつこく声かけられちゃって」


 と、目の前で椅子を引きながら銀色に緑色の装飾がほどこされた綺麗な鎧をまとった女性キャラクターが此方に微笑を向けてきた。明らかにNPCでは無いようだが、俺は「はぁ」なんて間の抜けた返事をして、小さく頷いた。ありがと、と小さく礼を言った彼女はそのまま静かに椅子に腰をおろした。


「私はアリーシャ、よろしくね。貴方は?」


「えっと、ユウキ、です」


 MMOの自己紹介は現実に比べればもっと気軽なもの、これから一緒に仕事をするような仲ではなくとも自己紹介くらいはするものだ。それにしても、造り込まれたアバターとはいえ、綺麗な人だ、中性的な顔立ちに凛と釣りあがった目、首の後ろでラフにまとめられた青緑色の髪もツヤツヤだ。それに、この人の装備はとても一週間で揃えられるようなものではない、いくらゲーム熟練者でも一度きりの命でこんな装備を整えるなんて、いったいどれだけの時間がかかるのだろうか。


 それに、ほかに席も空いているのに、わざわざ知りもしない初心者の席についたのは何故なんだろうか。そう考えていると、その答えは聞かずとも彼女の口から発せられることになった。


「ユウキくん、それ好きなの?」


「はい……?」


 それ、といって彼女が指差したのは俺が新しく注文した果物のジュースだった。


「は、はい。外に出るのがすっかり怖くなっちゃって、これくらいしか楽しみがなくて」


 あはは、と情けなく笑う俺のことを、臆病者、と罵ることもなく、彼女は俺の言葉を聞くなり、メニューウィンドウを操作してビン?のようなアイテムを取り出した。そして、そのビンの栓を抜き、机の上に置くと「これ、飲んでみてよ」と微笑みを向けてきた。


「ん………おいしい……」


 飲み飽きたというわけではないが、自棄になって飲んでいた果物のジュースとは格段に違って美味しかった。程よい甘みと後味を爽やかにしてくれるわずかな酸味、気のせいか、さっきまでの憂鬱な気分が少しだけ晴れたような気がした。


「あの、これってどこで売って……?」


「それね、この街には売ってないの。森のダンジョンにいる《フルーツビー》っていう名前の蜂のモンスターが落とす《果実花の蜜》と、それ《ピーナジュース》を合成するとできるのよ」


 それ、といって指差したのはさっき俺が頼んだ普通の果物ジュースだった。

 なんだ、ということはこの人はこの世界で死も恐れずにダンジョンに潜っているというのか、確かに良い装備はしているかもしれないが、凄い度胸だ。とても自分には真似できそうにない。その気持ちが自然に言葉になったのかもしれない。


「アリーシャさん、ダンジョンに潜れるなんてすごいですね。街にこもってる俺なんかとは大違いだ」


 あはは、と苦笑いを零す俺の目の前で、彼女は静かに目を閉じた。そして、小さく首を横に振って静かに口を開いた。


「私だって最初に広場であれを見たときには絶望したわ。もう現実には帰れないのかって。でも、どうしてもお金が足りなくなって、かなり低ランクのエリアに出て戦闘をしたとき、気持ちよかったのよね。体を動かして、風を感じて、剣を振るのが」


 まるで戦闘狂みたいね、と苦笑いを浮べる彼女に、俺は思い出させられた。最初にこのゲームにログインした時のドキドキを。初めてモンスターを自分で倒したときの達成感を。でも、この世界では一歩間違えば死も同然の結果が待っている。そう気軽に戦闘なんて、できやしない。


 ひとりで悩み、黙ってしまった俺の考えが彼女にも分かったのだろう。ふー、と小さく息を吐き片肘をつきながら宙を見つめ、ゆっくりと話しはじめた。


「そう、この世界で死んだら終わり。何人か既に退場者も出てるって。でも、それって現実でも同じじゃない?死んだら終わり、不安に押しつぶされそうにもなる。それでも、みんな一生懸命に生きてる。全部同じなのよ、《最高のリアリティ》……。わたしも、最初の一日は泣いちゃって、でもそしたらふっ切れたわ。いつ戻れるか分からなくても、ここでも私の時間は私の時間。大切な時間を一秒も無駄にしないって。一生懸命生きてやるって」


 いままで感情を激しく表に出さない語り口だった彼女の言葉が、強くなった。それは、きっとこの世界で生きていく覚悟からだろう。大切な時間を一秒も無駄にしない……。その言葉は俺の中に溜まってぐしゃぐしゃの感情を楽にしてくれた気がした。ずっと泣いてるばかりじゃ駄目なんだ、一日宿屋で泣くくらいなら、一日フィールドを駆け回ってやろう、そう思えた。


「アリーシャさん、なんだかありがとうございます。でも、なんで見ず知らずの俺にこんなこと?」


 それは最初からの疑問だった。合席はナンパ回避の理由として分からないでもないが、その後、俺を元気付けてくれた理由がいまいちよく分からなかった。


「アリーシャでいいわよ。そうね……ユウキ君が似てたからかな?あっちに置いてきちゃった泣き虫の弟に」


 それだけで、他人をここまで元気付けられるなんて、よほど俺がその弟さんに似ていたのと、放っておけない弟なんだろうなとは思いつつも、それ以上の詮索はしなかった。今はこの世界にいるのだから、現実の事情を聞き出すのはマナー違反ってものだろう。


「そっか、ありがとう、アリーシャ。街でメソメソしてるだけじゃなくて、たまにはフィールドに出てみるよ」


 元気付けられたおかげで、今なら恐怖に怯えて下位のモンスターにやられることは無さそうだ、ちゃんと戦える。なんというか、自信のような感覚が自分の中に湧き出てくるのが感じられた。

 ここまで色々話してくれたアリーシャに礼を言い、席を立とうとした時のこと。


「ねぇ、せっかくだし、しばらくPT組まない?二人のほうが安全よ、きっと」


 PT、つまり一緒に冒険する小さなチームみたいなものだ。1PTが4人まで。そのPTに誘ってきたのがアリーシャだった。


「こう見えても私、先行体験組なんだから、この周辺の危ないエリアは把握してるわ。それに、弟みたいって思ったら放っておけないの。ね、いいでしょ?」


「ええっと、はい……というか是非よろしくお願いします」


 女性からここまで迫られることなんて今までゲームでも無かったことなので、少し戸惑ってしまったが、先行体験組、俗に言うベータテスト参加者のような彼女が一緒にPTを組んでくれるならこれ以上頼もしいことは無い。それと同時に、ここでようやく彼女の立派な装備の訳が理解できた。きっと彼女はこのゲームが正式に稼動するまえからプレイすることができたのであろう。


「それじゃ、しばらくよろしくね、ユウキ君」


「こちらこそ、アリーシャ」


 互いにグーを作って軽くぶつけあった。

 ゲームを始めて一週間、初めてのPTメンバーに始めての友達、初めて一緒に冒険する仲間が俺にもできた瞬間だった。



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