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ギルド《ノーブルサンクチュアリ》

「相変わらず可愛いなあ……モモちゃんは」


 水の都デゼルトの最上層、島の全体、そして360度広がる海を見渡せる最高の立地にそびえる巨大なギルドハウス。まるで小さな西洋の城のような造りのその建物は街のシンボルと言っても過言ではない。

 少し前まではあまりにも購入費用が高額だったために誰も手にすることのできない施設だったが、今はとあるギルドが施設を購入して数百人にも及ぶメンバーが出入りをしていた。

 ギルドの名前は《ノーブルサンクチュアリ》。新興のギルドだが、宝石柄ジュエリーシリーズを持つプレイヤーが団長を務めていることもあり、一気に勢力を伸ばしてきた。


 そのバルコニー、双眼鏡を手に街の中を眺める真っ白な鎧に身を包んだ男の姿。彼こそがギルドの頭、宝石柄の盾の使い手、白夜だ。彼が双眼鏡で見つめる先には街の中をユウキ達と歩くモモの姿。ここ数日、彼はことあるごとにバルコニーに出ては彼女の行方を追っている。


「君のその綺麗な髪を直接すいてみたいね……」


 双眼鏡で見つめる先の少女を我が物にした未来を想像して、男はペロリと自らの唇を舐めた。今の彼には彼女を絶対に自分のモノにできる自信があった。望むものは何でも手に入ったからだ。彼は珊瑚龍のイベントでその力を手に入れた。カネでも女でも何でも望むがままだった、いや望まなくとも勝手に懐へと転がり込んでくる。


「見ているだけというのも辛いね。今日は、会いに行ってみようかな。待ってておくれ、僕のモモちゃん……」


双眼鏡をイベントリの中へ収納し、マントを翻してバルコニーを後にする。


「白夜様! 外出なさるのですか?」


 彼の前に膝をつくギルドメンバーの中、まだ幼さの残る白い髪の少年が白夜に声をかけた。少年の胸にはギルドの副団長を意味する白い羽のバッジが輝いている。


「まあ、少しね。あぁ、護衛はいらないよ、今回はプライベートだからね」


「そうは言われましても……。せめて僕だけでもご一緒に参ります」


 少年は胸の前で握りこぶしを作ると小さく礼をした。団長である白夜が決めたわけでは無いのだが、人が増えるにつれてギルドは騎士団のように規律を優先したものになっていた。当の団長本人はそれでも自分の思うがままには変り無いため、気楽なものだが。


「わかったよ、それじゃあ行こうかエリック」


 エリックと呼ばれた少年は「はいッ」と返事をして白夜と共にギルドハウスから街中へ繰り出していった。 






「それでー、次はあのお店に行ってー」


「どれだけ回るんだよ、もう10件は回ったぞ」


 今日はモモとユウキ、2人で街中を散策していた。散策、というよりは食べ歩きに近いかもしれない。最初は、モモが新しい装備を買いたいから一緒に来て相談に乗って欲しいという話だったはずなのだが、いつのまにか本来の目的を大きく外れていた。


 確かに、道をあるけばおいしそうな匂いはしてくる。しかしモモはあまりにも素直に匂いに引き寄せられ過ぎている。いくらここがゲームの中で、どれだけ食べても太らないからといっても無駄遣いは控えるべきだ。一言、ビシッと言ってやる必要があるかもしれない。


「おい、モモ……」


 また別の露店にフラフラと吸い寄せられていくモモの手を掴み、注意をしてやろうとした時だった。ふと、モモの足が止まった。俺が手を握って制止をせずとも、彼女の足が止まったのだ。何かあったのか、と視線をモモの先へと向けると少しだけ見知った顔が目に入った。


「やあ、御機嫌ようモモちゃん。それから、後ろの彼はユウキくん、だったかな?」


「お前は……白夜」


 数日前、俺がミントと一緒に街を歩いている時に出くわした、宝石柄の盾持ちだ。あの時とは違って、今回は取り巻きは1人だけのようだ。それも少し幼い、どこか頼り無さそうな少年である。


「ええっと、どちらさま?」


 困ったように表情を曇らせながら首をかしげるモモ。それもそうだろう、彼女は白夜のことを知らないのだ。にも関わらず、初対面の相手に自分の名前を呼ばれたのだ、戸惑うのも当然だ。


「今日は君に会いにきたんだ、ずっと遠くから見ているだけではおかしくなってしまいそうだからね」


 白夜はそう言いながら、モモの手をとってその甲にキスをした。突然のことに、「え、え?」と困惑の表情を浮かべているモモだが、一方で俺の方はと言えば、今すぐにこの男を殴り飛ばしてやりたい気持ちに駆られていた。しかし、なんとかその気持ちを抑え、パンッと男の手を払うようにしてモモの前へと割り込んだ。


「なんなんだお前は、初対面の女の子相手にそんなことして。失礼だと思わないのか!」


 白夜の手を払ったことに、後ろの少年が「き、貴様ッ!」と、何やら怒りを露にしているが、知ったことでは無い。その何倍も、俺は頭にきていたのだから。


「荒っぽいなぁ、ユウキくん。ちょっとした挨拶だろ?」


俺が払った手を2、3度、振りながら、男は見下すような視線を俺に向けた。


「ずっと見ていたんだ、彼女のことをね。彼女はどんな女性よりも魅力的だ、今日はデートの誘いに来たのだけれど……。先約がいたとはね」


 ずっと見ていた、その言葉に思わず悪寒がする。コイツはストーカーか何かなのか? どこからかモモを見ていて、しまいにはデートに誘いに来た? 馬鹿げてる、こんなヤツにモモは渡せない。握ったままのモモの片手をギュッと握り締め、俺より身長が10cmは高いであろう男を見上げるようにしながら、俺は口を開く。


「モモを束縛する気は無い、ほかに男のフレンドができたっていい。俺はモモの彼氏でもないからな。でも、お前のような、女の子を軽く見ているようなヤツに、簡単に譲るような男じゃないぞ、俺は」


「ユウキ、くん……」


 俺の言葉に、少しの間無言のまま此方を見つめていた白夜だったが、ふぅ、と小さく息を吐いて呆れたように苦笑いを浮かべた。


「女の子の前でガツガツするのはあまりカッコイイとは言えないねえ、ユウキくん。今日は大人しく立ち去るとするよ、念願のモモちゃんを間近で見ることができたからね」


 人のことを見下すような視線を向けながら、彼はクスッと笑いを浮かべた。いったい何がおかしいのか、腹が立ってくる。


「それじゃあね、モモちゃん。今度はボクのギルドに招待するよ、楽しみにしておいておくれ」


 最後に、俺ではなく背後のモモに向けて笑みを浮かべ、言葉を投げると、彼は背中を向け、取り巻きと一緒にその場を後にしていった。


「なんなんだよ、アイツは……。モモ、気を付けろよ? アイツ、見てるみたいなこと言ってたから」


「う、うん……」


握った手を離し、後ろを振り返るとモモは不安そうに表情を曇らせていた。突然現れた男にあんなことを言われたら、女子じゃなくたって気味が悪い。それに、最後の口ぶりからして、おそらくまた会いにくるに違いない。


「ありがとね、ユウキくん」


 未だに俺の気持ちは晴れなかったが、モモは戸惑いつつも笑みを浮かべた。


「ユウキくんが怒ってくれて、嬉しかったよ。でも、なんでかな。ちょっとさみしかった」


「さみしかったって、モモ、アイツとデートでもしたかったのか?」


 モモのさみしかったに俺は思わずムッとしながら声のボリュームを上げていた。そんな俺に対して、彼女はブンブンッと勢い良く首を横に振った。


「ち、違うよ! あの人全然タイプじゃないし!」


 その言葉を聞いて、少し安心した。正直、アバターで綺麗な顔になっているとはいえ、俺は振舞いも言動も、女子に好かれるように意識なんてしたことがない。だから、どこかでモモを取られてしまうのでは、と危機感があったのだろう。


 しかし、それなら尚更、さみしい、といったモモの真意が分からない。何に対して、さみしいと言ったのか。いくら考えても、俺の頭ではその答えを出すことはできなかった。




 


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