覚悟新たに
「おーい、ユウキ、モモーそろそろ帰ろうぜー」
「そ、そうだな! もうすっかり日も暮れてきたしな!」
「説明しなくても見りゃ分かるっつの、お前どうした?」
結局、あの後もモモの膝枕を堪能させてもらったわけだが。上を向けば山が、横を向けば柔らかい脚の感触を頬で感じることになり、とても平常心ではいられなかった。きっと俺の頭に水の入ったヤカンでも乗せたならお湯も沸かせたことだろう。
そして日は暮れ、レットとミントの2人が引き上げてきた。帰るぞ、と促すレットの言葉に俺はモモの膝枕から飛び起きて、やり場の無い恥かしさを晴らすように何度もスクワットをした。それもかなりのスピードで。
そんな俺の姿をミントは何故か不機嫌そうにムスッとした表情で頬を膨らませながら見てくる。俺、何かしましたっけか……。
「それじゃ、私たち着替えてくるね。ユウキくん荷物よろしくー」
「あ、あぁ、うん」
正直、ゲームの中なのでどこで着替えても大事な部分が見えることはない。いや、見たいとかそーゆーのじゃなくて。だからどこで着替えるのも本人の気持ちしだいなのだが、女の子に目の前で着替えられても困る。更衣室へ向かう3人の姿を見送り、俺もメニューウィンドウから装備を変更して普段のコート姿に戻した。やっぱり、こっちの方が落ち着くな、と小さくため息。男子といっても肌を晒すような格好は落ち着かないものなのだ。
「さて、と。それじゃ帰るか」
戻ってきた3人の中、未だにミントはぷーと頬を膨らませて俺と視線を合わせてくれない。別に俺が何か悪いことをしたわけでもないのだから、そのうち機嫌は直してくれるだろう。
家路に、といっても俺達の家では無いのだが。ザックのギルドハウスに向かって歩き出し、いざ到着をすると思わず驚きで声が漏れた。
「ただいま、って……こりゃ凄いな」
今朝、ギルドハウスを出たときは安物の家具を置いただけの内装だったのが一変。まるで南国のリゾートホテルのような明るい茶色で統一された家具はどれも新品でピカピカだった。
「へっへっへ、どんなもんよ! せっかく良い場所にギルドハウスを構えたんだからな、内装にも力を入れてみたぜ」
力を入れてみた、その言葉通り、配置にも気が配られており素直に関心する。他のギルドメンバーがぐったりとしている様子を見るに、何度もやり直しをしたのだろう。海で遊んでいたのが申し訳なくなってくる。俺達も手伝えれば良かったのだが。
「で、ユウキよぅ。スクリーンショットは撮ってきたか……?」
急に距離を詰めて俺の耳元で囁くザックの言葉に俺はキョトンと首をかしげた。スクリーンショット? いったい何のことだ。
「もったいぶるなよ、女子3人と海水浴行っておきながら無いわけないだろうが」
あー、なるほど。彼が気前良く水着装備を用意していてくれた意図が今理解できた。つまりはモモ達の水着が拝みたかったわけか。男として気持ちは分からなくもないが、あいにくスクリーンショットを撮っているような余裕は無かった。
「悪いけど無いわ、全然考えてなかった。あはは……」
「ウソだろブラザー!!」
苦笑いを浮かべる俺に悲痛な表情を浮かべるザック。そんな顔をされたって無いものは無い。というか誰がブラザーだ。こんなむさくるしい兄弟なんて俺はいらないぞ。
男2人が馬鹿なやりとりをしている間に、女性陣は部屋の中を思い思いに動き回っている。ベッドにダイブするレットに、モモとミントはギルドメンバーを労うように肩を揉んでいる。
未だに悔しそうにしているザックを適当にあしらい、俺は近くのソファに腰掛けた。フカフカで座り心地は快適だ。いったい家具の入れ替えだけでいくら使ったのだろう。そんなことを考えながら賑やかなメンバーを眺めているうちに、俺は昼間の疲れもあってか、頬杖をつきながら眠りに落ちてしまった。
「う、うぅん? ふぁ……俺、寝ちゃってたのか」
目を覚ますと、先ほどまで賑やかだったギルドハウスの中は暗く静まり返っていた。まぶたをこすりながら視界の端に表示されている時間を確認すると、時刻は23:00分調度。ザック達は既にギルドハウスの二階にある寝室で寝てしまっているのだろう。あれだけ疲れている様子なら今からどこかに出かける気力は無いはずだ。
「あ、ユウキくん起きた?」
暗闇の中、周囲をキョロキョロと見回していると、少し離れたテーブルからモモの声が聞こえた。再び目を擦ると、モモはテーブルでなにやらウィンドウを操作しているようだった。
「俺、寝ちゃってたみたいだな……。モモはどうしたんだ?」
きっとレットもミントも既に寝てしまっているのだろう。俺達以上にはしゃいでいたあの2人だ。今頃はぐっすり眠っていることだろう。しかしモモはこんな時間まで何をしているのだろうか、テーブルの向かいに座り、半透明なウィンドウを眺めると、そこには俺が撮っていなかったスクリーンショットがいくつも並んでいた。
「えへへ、今日のスクリーンショット撮り過ぎちゃって、整理してたらこんな時間になっちゃった」
ペロッと舌を出して苦笑いを浮かべるモモ。いつから整理を始めたかは知らないが、周りが暗くなるまで整理を続けるなんて、いったい何枚撮っていたのだろうか。再び整理に戻るモモが操作している手元のスクリーンショットを見ると、彼女とその膝で眠る俺、そして少し離れた場所ではしゃぐミントとレットが映っていた。他人には見せてほしくはないが、写真としてなら最高の映りだと思う。
「みんな、この世界のこと嫌いかもしれないけど。私は好きだな、ユウキくんがいて、みんながいて、楽しいもん」
そう独り言のように呟くモモの表情はどこか寂しそうだ。でも、確かにこのゲームの世界を快く思っていないプレイヤーの方が大多数なんだろうな、とは思う。今すぐにでも現実に帰りたいプレイヤーは大勢いる。
「俺も、今はそんなに悪くないと思ってるよ。もちろん、現実にも戻りたいけどさ」
そう言って笑みを浮かべると、モモも「うんっ」と微笑を返してきた。
俺も、少し前までは、こんな世界は一刻も早く終わらせるべきだと思っていた。でも、モモに出会い、色々な人々に出会ううちに、ゲーム(ここ)にも現実と同じ様に色んな人達がいて、その人達はプログラムで造られた偽物なんかじゃなくて意志のある本物だということを知ることができた。もちろん、いつかこの世界は終わらせなければいけない。俺にはその義務だってある。それでも、この世界をもっと見てからでもいいのではないだろうか。
(ごめん、少しだけゆっくり歩かせてくれ、アリーシャ……)
気持ちの良い夜風が吹き込んでくる窓の外の星空を眺めながら、俺は心の中で大切な人の1人であるアリーシャに願った。もちろん、届くはずもないと知ってはいるのだけれど。今は仮死状態でゲームが終わらなければ目覚めることのない彼女のために、俺がゲームを終わらせようと誓ったことは忘れてはいない。
ただ、そのために俺が無我夢中になって、ゲームのクリアだけを目指してモモの悲しい顔を見るのだけは絶対に嫌だと思った。
モモも、もちろんレットやミントだって、誰一人として悲しませずに俺はゲームを終わらせたい。そんなこと、できるかは正直わからない。それでも、望まれない形で終わらせることだけは、俺はしたくなかった。




