いざ、海水浴!
「なッ! モモ、てめぇ! それアタシのだぞ、勝手に食うな!!」
「のほひへふほうはわふひんはほー」
訳(残してる方が悪いんだよー)
ザックのギルドハウスは今日も平和だった。モモとレットの2人によるお菓子の争奪戦が行われていることに目をつむれば、だが。自分達のギルドハウスでもないのに、さわがしくしていても「いつものことだから」と笑っていてくれる彼と彼のギルドメンバーには頭が上がらない。いや、というか悪いのは明らかに俺じゃないのだけれど。それに、いつもうるさくしていると思うと本当に申し訳ない。
「お前らうるさいぞ! ちょっとは静かにしろー!!」
一向に静かになる気配の無いモモ達に、ついに俺の堪忍袋の尾が切れた。バンッと机を叩いて立ち上がり、キャッキャと騒いでいる彼女達を指差して一喝。ようやくシンと静まり返ったギルドハウスの中に、ウォッホンとザックの咳払いが聞こえた。
「あーお嬢さん方、元気なのはいいが今から内装いじるんだわ、少々街で時間潰しててくれやしねぇか」
部屋の模様替えはギルドに所属するメンバーしか行えない、俺達がいても邪魔になるだけだ、それがはしゃぎまわっているともなれば論外だろう。
さて、だとすれば俺も席を外さなければ。せっかく海に囲まれた街なのだから、のんびり釣りスキルを磨くのもいいかもしれない。
「どうしてこうなった……」
のんびり釣りに励む予定が、俺は砂浜に立っていた。パーカーに海パン一枚で。
というのも、行く宛てが無いのに放り出すのも可哀相だからと気を利かせたザックが、俺達分の海水浴装備を準備しておいてくれたからだ。
そこまでは良かった、俺は俺で釣りをしているつもりだったし。しかし、海水浴と聴いてテンションの上がった2人とミント連れられ、俺まで海水浴をすることに。
「ひゅーッ! いいねぇ、日差しが眩しいぜ」
隣ではレットが額に手をあてて日差しを遮りながら海を見渡している。
現実世界ではまだ春先くらいの季節だろう。しかし、暖かなデゼルトの気候は海水浴をするには調度良いくらいだ。日差しに照らされてキラキラと輝く海も気分を盛り上げる。
しかし、それでも俺は釣りがしたかった。ちなみに、ちゃんと理由もある。
「ユウキくーん! おまたせー!」
その原因達が着替えを終えて、俺の立っている浜辺へと走ってきた。服装はもちろん水着である。そりゃ海なんだから水着くらい着るだろう。しかし、年齢=彼女いない歴。ゲーム一筋で生きてきた純情な少年の目には女子の水着姿は刺激的過ぎる。直視なんてできたもんじゃない。
「んじゃ、アタシも着替えてくるわー」
俺と一緒にパラソルの設置係をしていたレットも着替えに行ってしまった。ああ待って俺を1人にしないでくれ。
もちろん、1人の男子として女の子に興味が無いわけはない。しかし、モモのスタイルはあまりにも凶悪だった。大きな胸、くびれた腰に柔らかそうなふともも。その健康的な体といったら、今まで中学での水泳の授業なんかで見ていた女子の水着なんかとは比べ物にならなかった。同級生の女性陣には失礼かもしれないが、事実だ。
「お兄ちゃん? どうしたの、お鼻なんか押さえて」
「い、いや、なんでも無い」
おそらく、端から見れば俺の顔は真っ赤に染まっていることだろう。今にも鼻血が出てしまいそうな鼻を片手で押さえている俺の姿に、ミントが心配そうに声をかけてくる。
ちなみに、ミントはフリルのついた白のスクールタイプの水着だ。色気というよりは、かわいらしい彼女らしいデザインだ。
「モモなんだよなあ……」
「うん?」
何度かモモの方へとチラチラ視線を向けて、俺は大きく息を吐いた。
俺が意識してしょうがないのが、何を隠そうモモだった。何故か黒のビキニである。いや、黒が悪いとかビキニが悪いとかでは無いのだけれど、モモのスタイルで黒ビキニは正直に言って「いやらしい」。それだけで純情な青少年をノックアウトできてしまいそうだ。
普段から、少し過激な装備ではあるが、やはり水着となるといっそう肌を意識してしまうというか。
「よッ、待たせたな!」
俺がモモを直視できず、明後日の方向を眺めていると、着替えに行っていたレットが戻ってきた。
彼女はスポーツタイプの水着にホットパンツだ。いかにも活発な彼女らしい。
「んじゃ、海に突撃だー!」
「おー!!」
元気良く砂浜を蹴って海へと突撃していくレット、それを追うようにしてモモが俺の手を掴んで「ユウキくん、行こ!」と笑顔で走り出した。水着を意識していたのもそうだが、なんでだろうか、彼女のその笑顔から目が離せなかった。自然と此方まで笑顔になっていく、モモと一緒にいたくなる。そんな気持ちになっていくのだ。
だからだろう。俺が、自分が泳げないのを忘れて海に飛び込み、パニックを起こして気絶してしまったのは。
「う、うーん……?」
目を覚ますと、大きなふたつの山の向こうにパラソルの内側が見えた。
確か、俺は水が苦手なのを忘れて海に飛び込み、足がつかずにパニックを起こして気絶したはず。しかし何だこの山は、そっと手を伸ばすと、その山はふにょっとして柔らかかった。
「あ、ユウキくん、気が付いた?」
柔らかい山に触れたと同時に聞こえてくるモモの声、そういえば後頭部にも柔らかい感触が……。そこで俺はようやく気が付いた。柔らかい山がモモの「胸」であったことに。そして、今俺はモモに膝枕をされているということに。
「なッ! ごめ、モモ、違くて! 俺、その!!」
一気に顔の温度が上がっていくのが分かった。気が付かなかったとはいえ、女の子の胸に触ってしまったのだ。再びパニックを起こし、勢い良く起き上がると、此方の顔を覗き込もうとしていたモモの額と俺の額がゴツンッと衝突した。
「いったーい! 痛いよユウキくん……」
「ごめん、ホントごめん……」
お互いに額は真っ赤になっていた。そして、起き上がった俺をモモは再び膝枕で寝かせた。なんというか、さすがパワー極振りなだけある。とても逆らえるパワーではない。
「も、モモ……?」
なにがなんだか分からない様子の俺に、彼女はテヘヘ、と苦笑いを浮かべた。
「ユウキくん、水苦手だって知らなくて、ごめんね。ミントちゃんに教えてもらったよ」
ああ、なるほど。モモは自分のせいで俺が気絶したと思っているのか。あれはただ単に俺が1人で舞い上がっていたからなのだけれども、「モモの笑顔に見とれていて、水が苦手だということを忘れていた」なんて恥かしくて口が裂けても言えるわけがない。
「ユウキくんはまだ安静にしてて、わたしの膝貸してあげるから」
俺を気遣い、ニコッと微笑むモモの姿に、俺は再び顔の温度が上がったように感じた。しかし、これはこれで、悪くない。モモのやわらかい膝の感覚に、俺の頭、髪を撫でてくれる手の動き。恥かしい気持ちは消えることは無いが、なんだか心の底から安心して、癒されているような気がする。
遠くからはミントとレットの楽しそうな声が聞こえてくる。あの2人はあの2人で楽しんでいるようだ、変に気を遣わないレットの性格のおかげで、ミントも俺のことを心配せず楽しく遊べているようだ。
だとしたら、レット達に気を遣うことも無いだろう。俺は俺でゆっくりさせてもらうとしよう。
砂浜のパラソルの下、モモの膝をかりて過ごす。そんなゆっくりとした時間が続いていく。ああ、やっぱり俺はモモに惹かれていたんだ。
彼女と2人で過ごし、ようやく俺は自分の気持ちに気が付いたのだった。




