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新たなプレイヤー

「お兄ちゃん、お花、新しいのに変えておくね」


 ユウキ達がイベント戦に挑む数週間前、現実の世界では桜が咲き始め、テレビのニュースでも取り上げられたりしていた頃、天野優貴本人の体は地元の指定病院の個室で横になっていた。

 静かに呼吸をするその姿は、まるで眠っているだけのようにも見えるが、彼は自然に目を覚ますことはない。左右の個室で眠る患者達も同様だ。彼らはゲームの中に囚われ、脱出する術をゲームの中で見つけなければならない。


 数万人規模でゲームからの未帰還者が出た未曾有の大事件。政府の指示で、各地に未帰還者を置くための病院が新たに設けられるなど、設備は整い、安静な状態を保てるようになっていた。


 元々は寂れていた彼の地元にある病院も、そんな経緯を経て活気が戻ることになった。今では内装もリフォームがされ、毎日のように見舞い客が訪れている。彼の妹、天野みどりもそんな見舞い客の1人だった。用事が無い日は毎日のように兄の病室を訪れては、フッと目を覚まさないかと祈り続けるのだ。


 花瓶の水を取り替え、新しい花を飾り、兄の手を握ってその顔を眺める。この一連の流れをもう何日も続けている。


「お兄ちゃん……」


 いつもこうして、病院の静かな空気の中で数時間祈り続けているのだが、今日は病院の中がやけに賑やかだった。どうやら、ゲームからの帰還者が出たようだ。帰還者は全国合わせても未だに三桁台、全プレイヤーの一割にも満たないのだから、帰還者が新たに現れたら騒ぎにもなるだろう。それが、今回はこの病院で起こっていた。


「ちょっと待っててね、お兄ちゃん」


 少し、様子を見てみようと廊下へ出ると、そこには家族との再会を喜ぶ、パジャマ姿の少女がいた。瞳に大粒の涙を浮かべ、掠れた声で家族の名前を呼び続けている。


 喜ばしい光景のはずなのに、素直に祝ってやることはできなかった。自分の兄もあんな風に目覚めてくれれば、そんな嫉妬に心を染め上げられてしまい、思わず表情は曇った。いけない、他人の幸福を妬むようでは。

 気分転換に何か飲み物を買って来よう、そう兄の病室から歩き出し、その帰還者の少女の病室の前を通った時だった。目に入ってきたのは、先ほどまで少女が頭に被っていたであろう《ダイバー》。今では規制がかかり、市場には出回らなくなってしまったハード機器だった。


 彼女は、立ち止まったまま、部屋の中を眺めていた。1分、5分が経過した頃だったろうか、小さな少女は家族と医者に付き添われ、検査のためにその場から立ち去っていった。部屋には、残された《ダイバー》。


 迷いは、無かった。浅はかと言えばそうかもしれないが、彼女にはそれが「兄に会いにいける唯一の手段」と思えた。


「待っててね、お兄ちゃん。いま、会いに行くから!」


 周囲を見回すこともなく、主が目覚めた病室に飛び込むと、電源が落ちた《ダイバー》を手に取り、頭に被せた。ベッドの椅子に腰を下ろし、サイドに付いた電源を入れると、彼女の意識は、ベッドへ倒れ込む体のように、電子の世界へと落ちていった。



『前回との使用者が一致しません。このままではゲームを開始することはできません』


 何も無い真っ白な空間で、空中に映し出されたスクリーンに警告文がひとつ。それもそのはずだ、《ダイバー》には体の形状を把握する機能が備わっている。これにより、ゲーム内での性別も決まるわけだが、同じ性別でも同一人物で無いと判断されれば弾かれてしまう。


『使用者データを初期化しますか? 初期化することでゲームを開始することができます』


 ただ、完全に個人を限定するシステム、というわけではない。初期化さえすれば別人が新たに使用することができる。今まで使っていた少女が、また使うことを考えるならば、悪いことをしているに他ならない。しかし、今の彼女にはそれを考えている余裕は無かった。

 迷うことなく『初期化』のボタンをタッチ。真っ白な空間に浮かんだ自分の体がピカッと光り、新たに「天野みどり」が《ダイバー》に登録をされた。


挿絵(By みてみん)


 そこからは、『The Lost Ground Online』の世界だ。こうして、彼女は約3ヶ月ぶりの新プレイヤーとして、ゲームの中に降り立つことになった。 





「で、LGOこっちに来ちゃったと?」


「ご、ごめんなさい……」


 イベント戦の翌日、みどりから何故この世界にいるか事情を聞きだしたのだが、頭が痛くなった。これは現実に戻ろうものならみどりを巻き込んだことに母さんから大目玉を食らってしまう。俺、この件に関しては無関係なんですけれど……。向いの席で申し訳無さそうに俯くみどりの肩を、側にいたザックがポンポンッと叩いた。


「そんな邪険にしなくても良いんじゃねぇか? 良い妹さんじゃーねえかよ、ユウキ」


「お前には他人事だろうけどなあ……」


 ちなみに、何故ザックがいるかというと、此処は水の都デゼルトにある彼のギルドハウスだからだ。彼の報酬箱には《ギルドハウス契約書》が入っていたらしい。まともに購入すれば100万Gを軽く超えるギルドハウスが実質無料で出に入るアイテムだったとか。それで早速デゼルトにギルドハウスをかまえたわけだ。テラスからは海が一望できる、かなりの好立地だ。


 俺やミント達が出入りできるのはリーダーであるザックが権限で入室OKを出してくれているからだ。団員専用の機能は使えないが、宿代わりにはなるのでありがたい。実際、レットなんかは我が物顔で出入りをしている。


「次に鍵が手に入ったらミントに使わせるからな」


「嫌ッ」


 嫌ってこの子はまったく……。


 話を戻すが、ミントを危険な目には遭わせたくない。できるなら今すぐにでも現実に戻ってもらいたいが、あいにく今は錆びた鍵が無い。俺は大きく「はぁ……」とため息をついて、ガクッとうな垂れた。こいつの頑固な所は本当に母さんそっくりだ、素直で謙虚な兄の俺を少しは見習って欲しい。


「お兄ちゃんが現実あっちに戻るまでは私もこっちにいる」


 言い出したらきかないのは昔からだ。兄貴である俺に懐いてくれているのは売れしいが、だからといって素直というわけではない。とにかく、このゲームの中にきてしまった以上、死亡してしまったら通常の鍵では現実に戻せない。絶対に危険な目には遭わせられない。戻らない、といってきかない以上、安全な街にいてもらおう。




「それはそうとユウキ、お前また有名になっちまったなあ」


 ザックがニヤニヤと笑みを浮かべながら俺の方へと視線を向けた。今度はいったい何なんだろう、《勇気の剣士》として勝手に掲示板にスクリーンショット付きで俺のことを書いて有名人に仕立て上げたのはコイツだ。まさか、また何か勝手に人のことを書いたのではないだろうか、自然に表情が険しくなる俺に彼は頭を左右に振った。


「今回は俺じゃねぇよ、数十人の前で宝石柄ジュエリーシリーズを振り回してたんだろ? そりゃ有名にもなっちまうだろうさ」


「そりゃそうだけど、なんでまた」


「『珊瑚龍を相手に女子2人を加えたパーティーで半ば孤軍奮闘! まさに《緑の英雄》!』だってさ」


 カッカッカ、と笑いながらザックがLGNのニュース記事をスライドさせて俺の前にウィンドウをよこしてきた、そこには《コーラルドラゴン》と戦っている最中の俺達の姿が載っていた。おそらく、一緒に戦っていたレイドPTの中に他人のスキルを確認できる《真実の眼》スキルを持っているプレイヤーでもいたのだろう、人のスキルまで記事に載せられている。


「お兄ちゃん有名人なの!? すごーい!」


「あんまり嬉しくは無いんだけどなあ……」


 自分の兄が有名人ということで嬉しそうに目をキラキラとさせるミントだったが、当の俺本人は正直複雑だった。この手のゲームで目立つ行為はあまり自分のためになることが少ない、むしろいらぬ反感を買うこともあるのだ。俺なんかよりもっとヒーローらしいプレイヤーもいるだろうに。


「ほら、こーゆー奴が英雄に向いてるだろ、俺なんかより」


 そういって俺がミントとザックに見せたのは、次の記事。『イベント戦報酬でジュエリーシリーズ出現! 《ダイヤモンド・ウォール》全てを跳ね返す最強の盾!』と、いかにも普通のプレイヤーに見える男が白銀に金剛石ダイヤモンドがあしらわれた巨大な盾を手に照れながらスクリーンショットに映っていた。


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