クリア報酬
光の先は、やはり嵐ではない通常の姿の街だった。先ほどのエリアはバトル用にコピーでもして天候データだけ変えていたのだろう。街の中は相変わらず穏やかな潮風が吹き、気持ちの良い日差しが射していた。
「少ないな……」
既に、何組か先ほどのドラゴンを倒して戻ってきている様子だが、それでも圧倒的に数は少ない。ざっと見ただけで数百人程度だろうか、ドラゴンとの戦いに飛ばされる前には軽く1000人は超えるであろう人数がいたのに。言うまでもないだろうが、戻ってきていないプレイヤー達はまだ戦っているか、全滅したのだろう。
「みんな、まだ戦ってるのかな……」
不安そうにミントが周囲を見回しながら口を開く、彼女もバトルエリアに飛ばされる前と後の人数の変り具合に驚いているのだろう、実際、俺達の中でも2人が犠牲になった。
そういえば、ザックもいるはずだが、姿が見当たらない。アイツならドラゴンの特性くらい簡単に見抜いてしまいそうな気もするが、やはり姿が見えないと心配になってしまう。とりあえず確認をしてみようと、手をパーに開いてメニューウィンドウを呼び出し、フレンド欄を確認。よかった、まだ生きているようだ。もしゲーム内で死亡した場合は名前が黒く表示されるのだが、彼は白で表示されていた。一安心だ。
俺は小さく安堵のため息をついて彼の帰りを待つことにした。それから約10分程が経過した頃だろうか。
「はぁー、まいったぜ。バトルイベントならユウキの側にいるんだったな」
ちらほらとクリア組が帰ってきている中に、ザックの姿があった。彼も彼のギルドメンバーも無事なようだ。彼のギルドなら魔法職、回復職、そして攻撃職もバランスよく揃っていたはずだ。しっかり戦えていたようだ。
「こっちだって苦労したんだぞ、ともかく無事でよかったよ」
「おう、そんな簡単にゃーくたばらねえぜ」
男同士、グーを作って軽くコツンッとぶつけ合った。
それからまた数十分が経過し、クリア組の帰還も目に見えて減ってきた頃だった。突然、最初と同じ様に空中にスクリーンが表示され、その中にはバトルプランナーの男が立っている。
『いやー皆さん素晴らしい戦いぶりでしたー。死んじゃった人達はまあ雑魚だったってことで。先ほど、最後のレイドPTの全滅を確認しました。クリアしたのはここにいる皆さんだけ、ということになりますねえ。』
この男は何を考えているのだろうか、王を気取って愚民達の姿を見下ろして優越感にでも浸っているのだろうか。だとすれば、悪趣味もいいところだ。人を自分の勝手に弄んで。自然と力を込める両手で作った握りこぶしが軽く震えた。それと同じくして、隣のミントが心細そうに俺の袖をギュッと掴んだ。
「大丈夫だよ。み、ミント」
「う、うん」
やはり、妹とゲームの中にいるというのは慣れない。本人に隠す気がないとはいえ、ゲームの中で本名を明かすのはNGだ。にも関わらず、ついついみどりと呼んでしまいそうになる。ミントと頭を軽く撫でてやり、俺は再び視線を空中のスクリーンへと向けた。
『さーてー、それでは本イベントをクリアした皆様にプレゼントのお時間と参りましょう。ひとつめのプレゼントはこのタウンエリア、水の都デゼルトです。これからは好きにお使いください、ギルドハウス、そしてプライベートハウスも数に限りはありますがご用意させていただきました。』
新しいタウンエリア、これが普通のゲームだったなら俺は素直に喜んでいただろう。ゲームはただ敵と戦ったりするだけじゃなく、街並みや、風景、BGMなんかも俺は楽しみにしている派だから。ただ、このエリアで大勢の犠牲者が出たと考えると、なんだか呪われているような気もする。
他のプレイヤー達もほとんどは同じ気持ちなのかもしれない、素直に喜ぶような声は一切上がっていなかった。
『おや、お気に召しませんか。プログラマー一同が頑張って作ったエリアなのですが』
スクリーンの中で残念そうにシュンとした表情をするプランナーの男、そりゃそうだろう。と思ったと同時に、また俺は違和感を感じた。「なんでコイツは此方の反応が分かるのか」と。確かゲーム開始当初は責任者の女性は淡々と説明をするだけだった、どこからかブーイングが起きてもお構い無しに説明を続けていたその姿は、まるで此方を見ないで話しているようにも見えたが、この男はどうやら此方の反応がわかるらしい。
『それではふたつめのプレゼントをお渡ししましょうか、こちらは気に入ってもらえるのではないでしょうか?』
男がそう言うと、プレイヤー達の目の前に小さな宝箱のようなものが宙に浮いた状態で現れた、大きさは直径10cm弱といったところか。どうやらダンジョンなどに置いてある宝箱と同じようにタッチで開けることができるようだ。恐る恐る宝箱にタッチすると、空中でパカッと宝箱の蓋が開き、アイテムが現れた。
「《生命のカケラ》……?」
それは、青く透き通った小さな石のカケラのようなアイテムだった。やはり、現実へ戻るような類のアイテムでは無かったようだ。しかし、この小さな石にどんな効果が、石にタッチしてみると、「使用する」のボタンは黒く表示され、押すことはできなかった。どうやら通常の消費アイテムではないらしい。
「えっと、『一度に限り、所持プレイヤーの体力が0になると発動。体力を半分まで回復する』か。なるほどね」
確かにこれは希少なアイテムかもしれない、最高責任者が「ゲーム内での死亡に対する蘇生は行われない」と宣言していたのに、このアイテムは一度だけとはいえ、そのルールを破れるのだ。ただ、こんなアイテムをこんな人数のプレイヤーに配布してもいいのだろうか、そう考えていると隣のミントが口を開いた。
「お兄ちゃん何だった? わたしは、スキルの《オーバーヒール》? ってやつだったけど……」
その言葉を聞いて納得した。なるほど、報酬のアイテムは固定ではないようだ。完全ランダム、とまではいかないにしても各プレイヤーに違うものが用意されているようだ。例えばミントの場合は回復魔法のスキルが高かったために、回復スキルが開放されたのだろう。
『気に入っていただけたかな? プレイヤー諸君に合ったモノがプレゼントされるようにAIが報酬を送ってくれているはずだ。それでは、また会える日を楽しみにしているよ、プレイヤー諸君』
男が小さく手を振ると、それを合図にしたかのようにスクリーンは消えていった。いったい何だったのだろうか、こんなイベントを用意して、報酬といってアイテムまでプレゼントして。これでは、今までと違って、『本当のゲーム』のようだ。
「ユウキ君は何だった? 私は武器だったよ!」
「アタシはスキルだったぜ」
やはり、モモやレット達もそれぞれに違うものが報酬として与えられているようだ。2人とも、それなりに満足をしているようで、モモにいたっては満面の笑みを浮かべている。「ほら、見て見て!」と目の前でさっそく新しいハンマーを装備してみせるモモ、プラチナ製で美しく白い輝きを放つ塊に、金の装飾がされたその武器は、まるで芸術品のようだ。端から見ただけだが、性能も優秀なのだろう。
「アタシのスキルなんか双剣用の20連撃スキルだぜ? いいだろ?」
いつの間にか、先ほどまでの殺伐とした空気から一変して、それぞれの報酬を自慢しあう、クリスマス会のような穏やかな雰囲気が流れていた。モモ達がいると場が明るくなる、自然と俺もははは、と笑っていた。
確かに、今回不思議に感じた点は多かった。それでも、俺の目的はこの世界を終わらせること。それには変わりない。けれど今くらい、勝利を仲間と一緒に喜んでもバチは当たらないだろう。




