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救世主の正体は

「よっしゃぁぁああッ!!」


 光の粒となって消えていくドラゴンに、プレイヤー達は大賑わいだ。最後にちょっと加勢しただけじゃないか、まったく調子がいい。犠牲者こそ出たが、終わりよければ全てよし、と思っておきたい。


 確かに、攻撃の無効化の特性は厄介だったが、体力はそれほど多くなかった、なんとか攻撃を安定して入れられれば、勝率は高そうだったが、寄せ集めのメンバーで勝てたのには一安心だ。


 ハッキリしているのは、今回の功労者は間違いなく回復役の彼女だ。彼女がいなければ回復無しの俺達は勝つことさえ厳しかっただろう。改めてお礼を言わなければ。周囲を少し見渡すと、いた。レットと打ち解けた様子で一緒に勝利を喜び合っている。


「ありがとう、あのドラゴンに勝てたのは君のおかげだ」


 俺は彼女の側まで歩み寄り、戦闘中に一回だけしてやったように、頭を数回ポンポンッと叩いてやった。幼くも綺麗に整った顔が嬉しそうに、くしゃっと微笑む。


「そ、そんなこと無いですよ。みんなで頑張ったから勝てたんです」


「そう、だな」


 謙遜しながらも少女は嬉しそうだ。戦闘中には気にしている暇は無かったが、背中の中心辺りまであるサラサラとした緑色のツインテールに、俺は現実の世界にいる妹を思い出した。妹はポニーテールにしていたが、髪は同じ様に綺麗な緑色だった。


 もう四ヶ月近くになるのか、この世界に閉じ込められて。だんだん、閉じ込められた実感も薄くなってきた、ような気がする。たまにだが、この世界が自分がいる本当の世界なんじゃないかと思えてしまう。でも、俺にも現実があるんだ、現実の妹や母さんのために、戻らないといけない。


「あの、どうかしたんですか?」


 俺の様子が変ったことに少女は気が付いたようだ、なんだか心配そうに首をかしげて此方の顔を覗きこんでくる。そんな仕草も、妹の仕草に似ているような気がして俺は思わず苦笑いを浮かべた。


「ははは、いや……現実にいる妹のことを思い出しちゃってさ、ちょうど君くらいの身長だったし、髪の色も一緒だったから」


 初めて一緒に戦った女の子に「妹に似ている」なんて、どんな口説き文句だ、と言っておきながら自分でも恥かしくなってしまい、思わず照れ隠しに頬をかいた。


「変なこと言っちゃったかな、ゴメン。俺はユウキって名前なんだ、君は?」


 もう現実の話はいいだろう、あまり深く思い出してしまうとさみしくなってしまう。話題を変えようと、せっかく一緒に戦った仲なのだから自己紹介。少女に目線を合わせながら、自分の名前を名乗った時だった。少女の方がピクッと震えたのだ。


「あ、あの、違ってたらごめんなさい。もしかして、妹さんの名前って『みどり』さん、ですか?」


「え? あ、あぁ、うん。みどりって名前だ」


 俺は思わず驚きに体を固まらせた、図星だからだ。確かに、妹の名前はみどりだ。しかし、なんでこの女の子がそれを知っているんだ?確かに俺はゲームでの名前を現実と一緒だから、もしかしてこの子は現実で俺のことを知っているのだろうか。俺のことだけではなく、妹のみどりのことも……。


 そう、いくつも考えを巡らせている中、目の前の少女は何故か瞳に涙を浮かべている。な、なんでだ、泣かせるようなことはしていないはずなのだけれど……。

 困った、どうやってなだめようか、そう考えていると、


「お兄、ちゃん? 私、私だよ! みどり!!」


「は、はい?」


 瞳に涙を浮かべた少女が満面の笑みを浮かべて、俺に飛びつくようにして抱きついてきた。しかし、俺の思考は追いついていかない。なんでみどりが? そもそも本物か? だとしたら、妹は《ダイバー》も持っていないのにどうやって。


「な、なぁ、本当にみどり、なのか? 人違い、とかじゃなくて……」


「うんッ、お兄ちゃん、大晦日に風邪で倒れたよね?」


 本人だった。そのことは俺か隣の家のおじさん、そして妹のみどりしか知らないはずだ。しかし、なんで、なんで来てしまったんだ、こんな危険な世界に。そうは思いつつも、俺もつい涙が溢れた。もう会えないんじゃないかとさえ思っていたのだから。


「ゆ、ユウキ君!? なにしてるのーーーッ!!」


 兄妹の感動の再会。涙無しには見れない場面だろう。……予備知識があれば。突然の大声と共に現れたのはモモだった。さっきまで視界にはいなかったが、ようやく此方を見つけたらしい。そして、見つけた俺は幼い少女と抱き合っている……。誤解を招くには充分な状況だった。

 大急ぎで駆けてきた彼女に思いっきり胸ぐらを掴まれた。あぶない、このままではみどりまで巻き添えをくらってしまう。とっさにみどりから体を離し、説明をしようとモモへ向き直っるが、


「さっき会ったばっかりなのに! そんな小さい子に手出して信じられないッ!」


「ちいいいがあああううううんんんんだあああよおおお」


 いつものように前後に激しく体をゆさぶられる、周囲からはきっと残像で俺が数人いるように見えているかもしれない。弁解をしようにも、俺の言葉は揺さぶりの性でエコーがかかっていて、俺でさえまともに聞き取れない。


「ち、違うんですッ! この人は私のお兄ちゃんで……!」


 助け舟を出してくれたのはみどりだった。ああ、なんて優しい子なんだ。お前の天使のようなその優しさに俺は助けられたぞ。

 ようやくモモの腕の動きが止まり、瞳をパチパチとさせながら俺とみどりを交互に見つめた。


「妹さん?」


「はいッ」


 緑の元気の良い笑顔での返事に、ようやくモモの手は俺から離れた。なんで毎回人のことを揺さぶるんだこの子は。


「ユウキ君、妹さんと一緒にこのゲームしてたの?」


「いや、一緒には始めてないはずなんだけど……。でも確かに俺の妹だ」


 おそらく、現実の世界ではこのゲームの影響で《ダイバー》は出回ってないはずだ。LGOのソフトとなればもっと入手が難しいはず。それなのに、なんでみどりがゲームにログインしているのか、詳しく聞かなければわからなさそうだが、それでも彼女がみどり本人ということに間違いは無さそうだ。


「えっと、初めましてみなさん、兄がお世話になってます! みど、じゃなかった。妹のミントっていいます!」


 みどりのキャラクターネームは「ミント」というらしい。ドラゴン戦の救世主が俺の妹と分かったことで、モモとレットの2人もすっかり打ち解けた様子だ。モモやレットも俺の大事な仲間なんだ、そこに打ち解けられたのは素直に安心した。


「お、これで元に戻れるのか」


 それから間もなく、先ほどまでドラゴンと戦っていた位置に、光の渦、転移門が現れた。ここをくぐれば元の街へと戻れるのだろう。我先にと、他のプレイヤー達が光の中へと飛び込んでいく中、「いくか」とミントの手を握り、その手を引いてやりながらモモたちも含めた4人で光の中へと飛び込んだ。


 いったい、運営は何を思ってこんなイベントを開いたのだろうか。今までは静観していただけだったにも関わらず、自分達の手で犠牲者を出すような催しまで開いて。

 それに、気になるのはバトルプランナーを名乗る男が強調していた「プレゼント」。俺の予想では、現実に戻る類のアイテムである可能性は低い。それを期待しているプレイヤーが多いだけに、だ。


 とにかく、街に戻って、受け取ってみないことには分からない。それに、今はプレゼント云々よりも、みどり、今はミントか。彼女がこっちの世界にやってきた理由も問いただしたい。俺は、早いところ宿へと戻りたかった。


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