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電子世界の檻

「おぉ……! これが、LGOの世界……」


 無難にアバター、つまり《この世界の自分》の容姿を作成し、ゲームの世界へと飛び込んだ。外見は少し細めで容姿端麗な勇者をいしきしたような容姿だ。髪の毛は茶色で、若干クセがついているタイプを選んだ。瞳はグリーン、釣り目は……俺には合わなさそうなのでデフォルトのままだ

 キャラクターの名前は現実の名前から取って《ユウキ》だ、普通にありそうな普通の名前だろう。


 いざ目を開けると、部屋の中にいたはずなのに目の前にはどこまでも続く空、目の前には中世のような雰囲気を漂わせる石やレンガで作られた建物や露天の数々。風にのって焼き立てのパンの匂いが漂ってくる。最高の自由をうたったゲームだけあって、やることは尽きそうに無い、これが、このLGOの世界なのだ。


 この世界では戦闘だけではない、料理だって、冒険だって、趣味だって、創作だって、なんでもできてしまう。


「まずは何からしようか……」


 発売日とはいえ、数時間気を失っていただけあって少し出遅れてしまった。他のプレイヤー達は既に各々遊びに夢中になっているようだ、さて自分はどうしたものか。


 RPGの最初といえば、持っている装備や道具の確認が重要になってくる、現在、防具は《布の服》を、武器は《練習剣》を装備しているようだ。次にジョブの確認だ、つまり職業。現在は《冒険者》、この職業は確か、ゲームスタート時に全てのプレイヤーに与えられる職業だ。敵と戦って、各種スキルポイントを割り振ることで他の職業へとランクアップできる仕様だったはず。ただ、今は個別に職業を持っているプレイヤーは流石にいないだろう。お金は、ゴールドという単位、手持ちは200Gほどだ。これだけでは回復アイテムを買ったらすぐに無くなってしまいそうだ。


「とりあえずは戦闘かな、悩んだ時は体を動かすに限る!」


 現在は、初期のログイン位置である、プレイヤーの誰もが訪れる《始まりの街アスライン》という街の中心広場にいるようだ。ここから一番近いフィールドは…、南下した所にある《始まりの草原》が近いようだ。RPGといえば戦闘が醍醐味、自分でそれを体験できるのだ、積極的にならない理由が無い。この世界の感覚を確かめるように、見つめた手のひらを何度か繰り返して握り締め、思いっきり駆け出した。




「でぇええええいッ!!」


 目の前の敵モンスターの名前は《ホーンラビット》そのまま角のはえたウサギだ。下段に構えた剣、体を少し前に傾け目の前の敵へと駆け、横になぎ払うように剣を振り、その敵を上下に切り裂いた。もちろん、血が飛び散るような生々しい表現は無い。切り裂かれたウサギの体は空中で光る硝子の砂のようになり、宙へ消えていった。


 《始まりの草原》に出て数分、まだ頼りない感じはあるが、なんとか戦闘の形は分かってきた。回避やステップ、移動には一切のアシストはない、自分の反射速度によるところが大きいようだ。

これが魔法やスキルで補正されるとどうなるか、今はまだわからないが。


「ぉ、レベルアップか。まずはレベル2だな」


 賑やかなファンファーレの音と共に目の前に表示されるステータスアップのウィンドウ。《体力》、《魔力》や魔法の威力に関わる《精神力》。攻撃力に影響をする《パワー》、防御へ影響する《ディフェンス》、身のこなしに影響をする《スピード》など、様々な数値が上がっている。


 これらは例えば、パワーが高ければ攻撃力が上がったり、大型の武器の扱いに長けたキャラクターになる。レベル以外にも職業によって上下したりもあるらしい、だが基本的にはレベルアップの時に手に入れたスキルポイントを割り振ってステータスに個性をつけることになる。


「序盤だと、テンポ良く敵を倒していくのに攻撃力は欲しいよな……」


 今回のレベルアップで手に入れたスキルポイントは序盤のことを考えて《体力》と《攻撃力》に割りふった。さて、あとは自キャラを強化するためにひたすら戦うのみだ。普通のRPGゲームと違って実際に体を動かして風を感じ、剣を振るう感覚はまだまだ飽きそうに無い。



 それから、夢中で戦闘に熱中するうちに時間は18時半、レベルは5にまで上がっていた。スキルの割り振りは相変わらず体力と攻撃力、それとスピードを中心に。

 

 まだまだ動き足りないところだが、7時には母が年越しソバを用意してくれるとかいってたっけ、ゲームがやりたいからと家族の時間を犠牲にはできない。なにより、この世界にも食べ物は存在するが実際の腹は膨らまない。


「んー……、一旦落ちるかー、食うものは食わなきゃな」


 目の前に手をパーの形でかざし、メニューウィンドウを立ち上げる。あとは、コマンドの欄にあるログアウトのボタンを押せば、ログアウトができる。


「ポチッと……。って……あれ?」


 ポチポチと何度ボタンを押してみても、ログアウトができない。というより何も反応が無い。バグか?勘弁してくれ、ただでさえ母は俺のゲーム癖を好く思っていないのに、ゲームで晩御飯を抜くなんてことをしたら大目玉だ。しかし…。


「いつからだ……? 運営から連絡が無いなんて、今さっき起きたバグなのか?」


 晩御飯どきでログアウト処理が増え、反応が遅くなっているだけだろうか?そんな初歩的な不具合、ここまで大きく売り出したのに想定していないとは思えないのだが…。思えないにはしても、現実で起こってしまっているのだから、どうにかしてログアウトの方法を探さなければ。


 今は始まりの草原のど真ん中、街の中に戻れば何かしら情報もあるだろう。これが、「不具合が起きたのは貴方だけですご愁傷様」なんて言われたら対応待ち、母親の大目玉が確定する、勘弁してください。



「うわぁ……こりゃ想像してたより凄いな」


 始まりの街の中心部、ログインした時にいたエリアには運営からの連絡などを表示する《運営掲示板》という、大きな掲示板があるのだが、それを中心に十数メートルにわたって人が溢れかえっていた。「どうなってるんだ!」「ここからじゃ掲示板が見えないぞ!」「なんでログアウトできないんだ!」と、怒号のような声まで飛び交っている。

 

 やはり、自分だけログアウトできなかったわけではないようだ。おそらく、早い時間にログアウトを試みたプレイヤー達も、一時的なものだろうと考えていたのが夜になっても解決されないことに焦り始めたのだろう。


 ともあれ、この人ごみでは運営掲示板を確認するのは無理そうだ、ぎゅうぎゅうに詰まった中を進んでいける気はとてもしなかった。このまま進展があるまで待つしか無いのか……。そうため息をついた矢先、人ごみがどよめいた。掲示板が光を放ったかと思うと、その頭上に大きなスクリーンウィンドウが映し出され、白衣姿の女性がこちら側、プレイヤー達に向かってちいさく頭絵を下げ、その顔を上げると静かに口を開いた。


「ようこそ、The Lost Ground Onlineの世界へ、私はこのゲームの開発及び最高責任者の園中梅そのなか うめといいます」


 掲示板から放たれた光により映し出されたウィンドウの中、ニコりと微笑むその女性は、まるで女優のように綺麗な容姿をしていた、額で左右に分け、胸の上辺りまであるサラサラで艶のある黒い髪。作り物のように綺麗に整った顔は、とてもゲームの開発者には見えなかった。偏見かもしれないが、自分の中のイメージだとゲーム開発といえば部屋にこもってPCの画面とにらめっこするような、言ってしまえば不健康そうなイメージだからだ。


 その、責任者と名乗った女性にヤジを飛ばす声もあったが、運営からの発表ということもあってか、先ほどよりは広場もだいぶ静まり返った。


「今回、このような形で皆様にメッセージを伝えるのは、この世界についてご説明させていただくためです。もう、ほとんどのプレイヤーの皆様はお気付きかもしれませんが、現在、ログアウト機能は停止させていただいております。これは責任者である私の意図的なものです」


 ログアウトできないのは不具合ではない、つまりは最初から決められていた仕様。開発者であり責任者である彼女の言葉はそうとらえる以外に他は無かった。


 それは他のプレイヤー達も同じだろう、あちらこちらから「ふざけるな! 現実に返せ!」「つまらない余興は終わりにしろー!」などと怒鳴り声が聞こえてくる。しかし、ウィンドウの中の女性は一切うろたえることなく、話を続けていく。


「今回のコンセプト、最高のリアリティと自由。リアリティは何も五感を使って感じるだけではありません。自由によって伴う行動には責任、結果、代償が伴います。それまでもが、このゲームには備わっている、というわけです」


 結果? 代償? わけが解らないというプレイヤー達に対して、彼女は相変わらず微笑むだけだ。


「人間の命には限りがあります。それはこの世界でも同じこと…。本日19時をもって、プレイヤーの死亡に対する蘇生は行われません。繰り返します。ゲーム内での死亡による蘇生は行われません」


 その言葉に、ひときわ大きく人ごみがどよめいた。どういうことだ?ゲーム内での死亡が現実での死に繋がるとでもいうのだろうか、それでは、ログアウトができないというこの現実は……。


「ご安心ください、何も命を奪うわけではありません。現在皆様が使用されているであろう《ダイバー》にはそのような機能はございません。ただし、ゲーム内で死亡が確認された場合、そのプレイヤーの意識は《仮死状態》としてロックされ、目覚めることはありません」


 それはつまり、このゲームから復帰するのが絶望的。もっと言ってしまえば無理、そう言わんばかりの言葉だった。プレイヤー達の反応は様々だ、絶望に言葉を無くす人もいれば、怒り狂って声を荒げる人もいる。自分自身は、俺は、まだその現実に実感が持てないでいた。それも当たり前かもしれない。ゲームで死ねばもう二度と目覚めることはない、そんなの、死ぬのと変りない。


「ただひとつ、ゲームから現実に戻る方法はご用意させていただきました。ゲームとは公平だからこそ意味があるものですから。この世界のどこかに、この世界を開放するための鍵を用意しました、《夢破りの鍵》とでも言っておきましょう。それをプレイヤーの誰かが手に入れることができたならば、現実への帰還をお約束しましょう。むろん、それまでに死亡した仮死状態のプレイヤーも」


 《夢破りの鍵》それを手にいれることが現実へ復帰する手段ということは解った、しかし発売直前に雑誌に載っていた情報だと、このThe Lost Ground Onlineの世界は地球の10倍近くもあるという、それを探せ?滅茶苦茶だ。いったいどれだけかかると思っているんだ、数日、数週間で終わるはずが無い。


「最後に、貴方達の精神は完全にこの世界にロック、囚われています。ダイバーが何者かによって取り外されても、意識のロックは解除されません。プレイヤーの皆さんは安心して世界を駆けてください。それでは、皆様のご武運をお祈りいたします」


 最後にそう言い残し、掲示板の発光、そしてウィンドウは消えていった。その後に残ったのは僅かな沈黙、そして……。絶望に狂う人々の声だった。怒る人もいえば、泣き崩れる人も、そして現実を受け入れられず何度もログアウトボタンを押し続ける人……。俺は、やっぱりまだ現実を受け入れられなかった。それでも……。


「この世界で死んだら、もう二度と……」


 この世界には、もちろん現実の世界にも二度と戻れない。ということだけは現実味を帯びて理解することができた。正確には、戻ることは絶望的、といったほうが良いだろうか。だとしても、この世界に残ってどうなる? これはただのゲームで、娯楽で、趣味なんだ。現実があってのゲームのはずだった。しかし今はどうだ、このゲームの世界が現実になってしまっている。死んだら死ぬ。そんな当たり前が、この世界の当たり前になってしまった。


 一人、弱々しい足取りで街の中央広場を出る俺の頬を、現実と同じ冷たい風が撫でた。たった一人、ひとりぼっちで、死が間近に居座る世界に俺は放り出されてしまった。現実の時間と同期した夜空には綺麗な星空が描かれていた。この空が現実の空だったらどんなによかったか。


「死にたく、ない……俺は、まだ死にたくない!!」


 これでもかと握り締めた手と、勝手に溢れてくる涙。瞳を硬く閉じながら願うように呟いた言葉は、まだ怒号が飛び交う広場を側、かき消されてしまった。


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