珊瑚龍 後編
「くそッ! どうすりゃいいんだよ!」
打撃、斬撃を無効化しているドラゴンに打つ手も無いまま、俺達はドラゴンの攻撃をただひたすら避けていた。避けることに集中していれば、それなりにダメージも減らせるが、このままではいずれ回復も追いつかず、全滅してしまうことになる。
今までは剣が通じる相手だから戦ってこれた。熊でもドラゴンでも、なんとか勝ちを拾ってきた、それも此処までなのか。思わず弱気な考えに頭を支配されてしまう。ネガティブな感情というのはそれだけで反応を鈍らせる、頭を左右に振り弱気な考えを追い払い、再びドラゴンへと駆けていった。
その頃、後方に下がっていたプレイヤー達の間ではちょっとした言い争いが起きていた。
「みなさんはどうして戦わないんですか!? あの人達はあんなに頑張ってるのに!」
その騒動の中心は回復役の少女だ。戦っている3人へ回復魔法を飛ばしながら、動こうとしないプレイヤー達に声を荒げている。しかし、その声は届いていないようだ。誰も彼女の方を見ようとはしなかった。先ほどやられたプレイヤーを見てすっかり怖気づいてしまっているようだ。次は自分がああなるかもしれない、その恐怖に取り付かれていた。
「俺らよりアイツらの方がよっぽど強いよ、そのアイツらが敵わないのに、俺らが敵うわけがないだろ!」
しんと静まり返っていたプレイヤー達の中から、ひとつ声が上がった。その声に「そうだそうだ!」「俺達は運営にはめられたんだよ!」「もうお終いなんだ!」とひとつ、またひとつと声が上がり、まるでデモ隊のようになっていた。その矛先は、関係無いはずの少女に向けられる。
「アイツらは下がってろと言ってたんだぞ、それなのにあの様だ。お前はアイツらを助けて正義のヒロイン気取りがしたいだけなんじゃないのか?」
「ち、違います! 私はそんなんじゃ!!」
人の感情は理不尽だ。自分の身に降りかかった理不尽は、同じ理不尽という形で誰かに向けられる。それは必至になっているはずの人間だろうが、正しいことをしている人間だろうが、関係ない。「死にたくない」という不安と、「なんでこんなことに」といった苛立ちから、その矛先は身近なものにぶつけられる。
「うあぁぁああッ!?」
言い争いが後方のプレイヤー達で起こっている中、前線ではドラゴンのブレスを受けたレットが派手に吹き飛ばされ、地面を転がった。
「ッ……ちくしょうッ」
よろよろと立ち上がるレットだが、彼女のHPゲージは残り僅か、色も真っ赤に発光していた。
「ッ! 今回復に行きます!」
遠方からでの回復では回復量が追いつかない、側まで行って集中回復に専念したほうが良いと判断した少女は前線に駆け出す。しかし、その彼女の足をとあるプレイヤーの言葉が止めさせた。
「なぁ、もういいだろ。諦めようぜ、死んでも仮死状態? になるだけなんだろ、誰かがゲームをクリアしてくれるまで、我慢してようぜ……」
その言葉は、プレイヤー達がゲームの中への収監命令が下された時の絶望感を帯びていた。どうにもならない、待つしかない、いつになるか分からないクリアを。しかし、その言葉を聞いても少女の顔から覇気が無くなることは無かった。
「私は、この世界でやらなくちゃいけないことがあるんです! ただ待っているだけなんで嫌なんですッ!!」
そう言って少女は駆け出した。ドラゴンの注意を剣士の少年が引いている間に双剣使いの彼女の元へ。
「すぅ……《ヒーリングライト》!!」
少女が彼女へ向けて手をかざし、スキルの名前を叫ぶと、少女の手から発せられた淡い緑色の光がレットの体を照らし、体力が一気に90%近くまで回復した。「はい、これで大丈夫ですよ」と微笑む少女に、彼女は「サンキュー! 見てな、今にぶっ飛ばしてやるぜ」と勢い良く、今も戦っている少年達の方へ駆けていった。
よかった、これで一安心。そう気を抜いた瞬間だった。
「危ないッ! 避けろ!!」
今しがた助けた彼女の声が聞こえたのは。その声にハッとした瞬間には、目の前までドラゴンのブレスが迫っていた。どうやら、前に出てきたことで彼女も敵としてドラゴンに認識されたようだ。
ブレスを食らった少女は、後方に控えたプレイヤー達の更に後方まで吹き飛ばされた。空中に吹き飛ばされた少女の小さな体は、そのまま地面に体を強く打ちつけ、体力はギリギリ残っているが一気にかなりの量のダメージを受けた。
追撃を防ぐように、前線のメンバーが間に割り込み、ドラゴンの注意を引く中、少女はなんとか立ち上がった。
そんな少女を見かね、流石の後衛プレイヤー達も、何人か彼女に駆け寄り、回復アイテムやスキルで彼女を治療した。
「もう止めよう、アイツらを助けても何も得なんて無い! できるだけ簡単にやられよう」
とあるプレイヤーの提案にも、その少女は小さく首を横に振った。
「あの人達だから助けるんじゃないです。私は、ただ自分にできる精一杯のことをしてるだけですッ!」
そう、少女は声を荒げ、再び前線へと駆けていった。
「くそッ、どうしようもない!!」
俺は焦っていた、回復役の少女が負傷したのと、彼女の回復魔法の乱発により彼女の残り魔力が少なくなってきていることに。このままでは、確実にやられる、なんとか攻撃を通さないと。
「私も、一緒に攻撃します!」
さっきまで回復に専念していた少女が、武器であるショートソードを手に前線まで駆けてきた。俺とは違い、その目に諦めの気持ちは一切感じられなかった。そうだ、たとえ無理だと思っても、最後まで諦めちゃいけないんだ。
「あぁ、一緒に頑張ろう」
俺より頭ひとつぶん小さな少女の頭をポンッと叩き、ドラゴンへと向き直る、その時だった。
「ギャァァァアアアアッ!?」
複数の火の玉が頭上を飛んでいったかと思うと、それはドラゴンに命中。今まで打撃も斬撃も効かなかったドラゴンが悲鳴を上げてよろめいた。
「炎魔法……どこから?」
魔法の出所を探すと、後方組の数人が今もスキルの詠唱をしている最中だった。魔法スキルの無いプレイヤーは魔法スキルを発動させているメンバーを守るように前面で盾を構えている。その中、盾を構えているプレイヤーの1人が叫んだ。
「やれるだけやってやろうじゃんか! 何にもしないでやられるなんて、カッコワルイからな!」
その声が響くと同時に、第二波の魔法がドラゴンへ向かって飛んでいき、その体を直撃した。やがて体の光を失ったドラゴンだが、今度は第三波の魔法がドラゴンに直撃する前に、火の玉は空中で消えていった。
「なんだよ……効いてたかと思ったのに!」
隣でレットが悔しそうに小さく舌打ちをする。しかし、俺はゲーマーの直感のようなもので感じ取っていた。
出だし、ドラゴンはモモの打撃により大きく体勢を崩された。そして剣による追撃で大量のダメージを受けた後に、無敵かと思われる発光状態に入った。そして、魔法が効いたかと思えば今度は光が消え、魔法が効かない……。
「モモ! もういっかい足に攻撃しろ!」
「えぇ!? でも、さっき効かなかったし……」
「いいから、頼む!」
モモを急かすようにして、まず足を攻撃させる。先ほどと同じ要領で、ドラゴンの足元まで転がり込むと、その足に向かって全力でハンマーを叩きつけた。すると、
「グァァァアアアアッ!!」
思ったとおり、ドラゴンは悲鳴を上げながら地面に崩れ落ちた。やはり、発光中は物理攻撃が、通常時は魔法攻撃が通らない能力を持っていたようだ。気が付かなければ、延々と物理攻撃無効のまま、全滅していたかもしれない。
「レット、モモ! いくぞ!」
2人に声をかけ、最後の構成に出る。剣を握り締め、突撃していくと、勝機を察した後方のプレイヤー達も次々とドラゴンへ突撃をしていった。そこから先はひたすら此方の攻撃を叩き込んでいった。俺はMPの残りも気にせず、このチャンスでドラゴンをしとめるつもりで無我夢中にドラゴンへ連撃を叩き込む。
気が付けば、ドラゴンのHPバーは空になり、断末魔を上げ、その体は弾けるようにして光の粒になって空中へと消えていった。




