珊瑚龍 前編
「くそッ! なんなんだコイツ!」
目の前に現れたドラゴン、《コーラルドラゴン》。その激しい攻撃を前に、近づくことさえ難しい。防戦一方で、端から見ても不利は明らかだった。凶暴なツメのついた腕を振り回す動きもそうだが、何より勢い良く吐き出される水のブレスが厄介だった。ブレスを吐いた直後の横になぎ払うような攻撃の範囲が広すぎるのだ。
「グァァァァアアアアッ!!」
「うわぁぁあッ!?」
ドラゴンのブレスに反応が遅れた他のプレイヤーが2人、攻撃をまともに食らってしまい、吹き飛ばされる。ゴロゴロと何度か回転して地面を転がり、その動きが止まると、2人のプレイヤーは光の粒となって弾けて消えていった。その光景に、他のプレイヤー達からは小さく悲鳴が上がる。
「ッ! ……くそッ!!」
見た限り、今やられた2人のプレイヤーのレベルはそれほど高くないようだ。だとしても、まさか一撃でやられてしまうなんて……。おそらく、俺でも耐えられて3回、モモとレットは2回がいいところだろう。
急にメッセージを送りつけてきたかと思えば、呼び出した先で突然バトル。まったく、どうかしている。なんで運営は今更バトルイベントなんか企画したのだろうか、怒りの混じった疑問がおれの頭を支配した。
「コイツはなんとか俺が倒す! みんなはできるだけ防御に徹していてくれ!!」
2人、プレイヤーがやられたことで動揺が一気に広がっていく。このまま下手に突入なんてすれば此方は一気に崩壊、大量の犠牲が出るのは目に見えている。それなら、少しくらい時間がかかっても俺1人で戦った方がいい。背後のプレイヤー達に声をかけ、下がるように促すが、その指示に従わないプレイヤーが2名ほどいた。
「だから、ユウキ君は1人で戦っちゃ駄目! 私も一緒なんだから!」
「あぁ、大人しく観客なんかやってられるかっての」
モモとレットの2人だった。武器を手に俺の隣に並んでニコッと笑みを浮かべてくる。
きっと、下がれと言ってもきかないんだろう。呆れたように苦笑いを浮かべる俺だったが、本心は嬉しかった。一緒に戦ってくれる仲間がいるというのは本当に心強い。
ただ、現実は厳しかった。この3人では回復を担当できるメンバーがいない。ダメージを食らってしまったら、すぐにアイテムで回復をしないといけないのだが、それを使うにも大きな隙が生まれる。その間、そのメンバーを守るために他のメンバーが囮になるわけだが、そこで攻撃を食らったら、また同じことの繰り返しだ。正直、まったく勝機は掴めていない。
流石に、レイド推奨のモンスターに1パーティーで挑むのは無謀だったのか……。そう諦めかけた時だった。
「《エリアヒール》!!」
可愛らしい女の子の勇敢な声が響いた。
1人の小柄な女の子が下がっていたメンバーの中から飛び出し、回復魔法を唱えていた。範囲内の見方キャラクターのHPを中回復するスキル《エリアヒール》だ。全体的に体力が減り、このままではジリ貧になってしまうと思っていたのだが、これは嬉しい援軍だ。これなら、攻撃に移れる!
「モモ! アイツの足をやってくれ!」
「はーい! せーのッ……!」
俺が声をかけると、モモがハンマーを手にドラゴンへと駆けていった、ハンマーの大きな利点は攻撃態勢に入ると敵の攻撃で仰け反らなくなるスーパーアーマー効果だ、今までは回復が難しいこともあって、この攻撃はできなかったが、回復役のいる今ならいける。
ドラゴンの足元に転がり込んだモモは、まるでメジャーリーグの野球選手のような大げさなフォームでドラゴンの足へハンマーを叩きつけた。「ギヤァァァアアアッ!!」と、悲鳴を上げながらドラゴンはその場に崩れ落ち、そこにレットと俺が2人で切りかかる。
「《連撃の影》!!」
「《斬撃の舞い(スラッシュ・ダンス)》!!」
俺とレット、2人合わせて合計で100発近い攻撃を叩き込み、ドラゴンの体力を大きく削ることに成功した。回復役の少女に体力を回復してもらったモモも、既に待機モーションに入っている。
これならイケる! 後は同じパターンで攻撃をしていけばそのうち体力は0になってドラゴンは倒れるはずだ。
しかし、ピタリと動きを止めるドラゴン、低く唸り声を上げながら翼を小刻みに羽ばたかせると、その体を覆っている珊瑚が淡く光り始めた。
「動きが止まったよ! チャンス到来!!」
「ま、待て! モモ!!」
この瞬間を逃すものかと再び駆けていったモモ、嫌な予感に俺は彼女を追って駆け出した。
「せーのッ!!」
動きの止まったドラゴンの足に向かってハンマーをフルスイングするモモだったが、足に当たったハンマーは、ガキンッ!と鈍い音を立てて弾き返されてしまった。「え……?」と驚きで固まってしまうモモに向かって振り下ろされるドラゴンの手、俺は無我夢中でその間に飛び込んで叫んだ。
「《護りの緑》!!」
間一髪、発動した防御障壁によって、振り下ろされたドラゴンの手を弾いた。目の前には、なんとか無傷で尻餅をついているモモの姿、どうやらダメージは負っていないようだ、よかった、本当によかった。思わず溢れ出してしまいそうな涙をこらえ、彼女の体を抱きしめてやりたい衝動も押さえ、俺は彼女の手をとって距離をあけた。
「大丈夫か!? モモ!!」
心配そうに駆け寄ってきてモモの体を支えるレット。モモを彼女に預け、俺は再びドラゴンへと走った。動きは鈍くなっているが、それでもまだブレスでの長距離攻撃は可能だ。侮ることはできない、俺に向けて放たれたブレスを横に転がり回避。そして、飛び込むようにドラゴンの懐に入り込み、剣で力の限り切り上げるが、やはり弾かれてしまう。
「ぐッ! どうすりゃいいんだよ」
ドラゴンの腕による攻撃を受け、後方に大きく吹き飛ばされてしまうが、なんとか受け身をてれたのとステータスの数値もあってか体力は1/4程度を削られた程度で済んだ。すかさず回復魔法の光が俺の体を包み、体力は全快した。
いったい誰だか分からないが、それなりに優秀なヒーラーのようだ。味方が攻撃を食らうのを直前で感じ、攻撃を食らった瞬間には既に回復スキルを発動させている。個人的に回復役は「つまらなそう」と敬遠していただけに、今回はありがたみが身に染みた。
「ユウキ君! どうしよう、攻撃効かなくなっちゃったー!!」
「打撃じゃなくて斬撃系まで無効かよ、チートだろチート!」
先ほど、攻撃を弾かれたモモが申し訳無さそうに瞳に涙を浮かべている。イケると思いきや突然の攻撃無効化、それは確かに俺もショックだった。勢いに乗っていたレットは「むきーッ!!」と理不尽な設定に剣を振り回して怒りを露にしている。
どうしたものか、攻撃が通らないんじゃ倒しようが無い。
俺はこれ以上解決策を見出せず、思わずギリッと歯を食いしばった。




