イベント 開始
「ここが、イベントエリア……水の都、《デゼルト》か」
運営からメッセージが送られてきた翌日、俺達は指定されたイベントエリアへと訪れていた。
運営からの初めてのコンタクトということもあり、とりあえず覗いてみようとイベントエリアを訪れると、あまりの人数に驚いた。数え切れないような人の数だ、こんなに人がいる光景を見るのは正式サービス開始当日以来のことかもしれない。やっぱり、あのメッセージはプレイヤー全員に送られていたらしい。
「すごーい! 綺麗な街―!」
街の姿に目をキラキラとさせて、まず声を上げたのはモモだった。白を基調として青色の塗料で模様が描かれた建物が段々になって連なり、あちらこちらに設けられた水路からは透明な水が小さな滝となって流れ落ちていた。そんな光景が直径2km近い島全体に広がっている。
たしかに、今まで俺達が拠点にしていた砂漠の街よりも明らかに景観は綺麗だった。唯一、互角なのは水の質だろうか、オアシスの水もあれはあれで綺麗だった。
「こりゃすげーな、後ろは一面海だぜ」
街に目を輝かせているモモとは反対に、レットは背後にどこまでも広がる水平線を眺めていた。ちなみに、街と海岸線の間には数メートルにわたって砂浜もある、海水浴でもしろというのだろうか。だとしたらレットやモモ達が水着に……。そこまで考えて俺は頭を左右に振って邪念を頭の中から追い払った。
でも、アイテムとして水着はあったはずなのだ。もし機会があれば誘ってみよう。
ちなみに、今回のPTは俺、モモ、レットの3人PTだ。ザックも誘おうかと思ったのだが、今回はギルドメンバーと参加するとのことだった。なんでも「女どもの邪魔するなオーラ」? が凄くてとてもではないけれど入る気になれなかったらしい。よくわからないが。
さて、イベントエリアに来たのはいいが、これからどうしたものか。時間は10:30程だ、移動だけさせておいて何のアナウンスも無いなんて、考えられないのだが……。
『どうもこんにちははじめましてプレイヤー諸君、私は当ゲームのバトルプランナー、名前は《インペラドル》、とでも名乗っておこうか。ゲームの中で本名を名乗るのはご法度だからねえ』
突如、ヴォンッと転移門広場の空中に巨大なスクリーンが現れると、その中で金色の鎧を着た男キャラクターが小さく頭を下げた。《インペラドル》と名乗る男は、自分のことをバトルプランナー、つまりゲーム運営側の人間であると言っている。まあ、こんなアナウンス手段を持っているのは運営に携わる人間くらいだろう、疑う必要は無さそうだ。
『諸君も既に耳にしていることとは思うが、既に当ゲームから何人か帰還者も出ている。最初の予想では1ヶ月程度で1人目は現れると思っていたんだが、諸君は少々マイペースなようだ。』
なるほど、ようやく手紙の違和感に納得ができた。あのメッセージの文面は、おそらくこのインペラドルが用意したものなのだろう。だから最初の女性責任者と比べて、受ける印象が違ったのだ。この煽るような口調で気が付いた。
『そこで、諸君らが積極的に当ゲームを楽しんでもらえるよう、今回のイベントを準備させてもらった。せいぜい、楽しんでほしいねえ。じゃないと準備した甲斐が無いからね。それでは、プレイヤー諸君の健闘を祈る。』
結局、あの男が何を言いたいのかも分からないまま、スクリーンは消滅した。「なんなんだ、アイツ?」と周囲のプレイヤー達も彼の意図を汲み取れてはいないようだ。周囲のプレイヤー達はざわざわと、これから何があるのかを話し合っていた。
「うわッ!? な、なんだ!?」
スクリーンが消滅して数分後、俺の体は青い光に包まれた。周囲を見回すと、それは俺だけではないようで、他のプレイヤー達も青い光に包まれている。
「これは、転移魔法?」
この光はほとんどのプレイヤーが見たことがあるはずだ、転移門の光と同じ光なのだから。だんだんと強くなる光は、やがて視界を遮り、完全に周囲が見えなくなった。通常の転移門と一緒ならば、数秒後には別のエリアに移動して、視界が元にもどるはずだ。
「モモ! レット! 大丈夫か!?」
光が徐々に発光を弱め、視界が元に戻る。周囲を見回し、彼女達の名前を呼ぶと「だ、大丈夫―」「なんともねーぜ」と2人とも無事なようだ。ただ、何故かモモはその場にすっ転んでいる。きっと突然の転移に驚いたのだろう。
「なんなんだ、今のは……」
突然の転移魔法、しかし視界を遮っていた光が消えても、周囲の光景は変らず海の中に浮かぶ街並みのままだ。だが、先ほどとは違う点がいくつかあった。ひとつは天気、先ほどまで雲ひとつ無い晴天だったのが今は大嵐だ、暴風と共に雨が頬にバチバチと打ち付けてくる。それからもうひとつが、
「お、おい! 他の奴らはどこにいった!」
プレイヤーの数だった。今、この街にいるのは俺達を含めて周囲のプレイヤー達、合計で20名ほどだ。さっきまで大勢いたプレイヤー達も、俺達以外にプレイヤーの姿は見当たらなかった。確か、ザック達もこのエリアにいたはず、メニューウィンドウからフレンド欄を確認すると、いた。エリア名は「???」となっているが、生きているようだ。俺はホッと安堵のため息をついた。
どうやら、一定人数ごとに先ほどの街中と類似した別エリアへと転送されたらしい。いったい、これから何が、何をしようというのだろうか。
「お、おい! なんだアレ!!」
周囲を見回していた中、ひとりの男性プレイヤーが空を指差して叫んだ。何かが此方へ向かって飛んでくる。翼は確認できるが、モンスターか?
「うッ!?」
ピカァァアンッとカミナリが光り、視界を奪われたかと思えば、次の瞬間にはドスンッという地響き。恐る恐る目を開けると、目の前には綺麗なピンク色で、体に珊瑚や海草を生やした巨大なドラゴンがふたつの足で佇んでいた。その体は、俺が以前に砂漠のピラミッドで戦ったドラゴンより、ふたまわり以上も大きかった。
「グァァァァアアアアッ!!」
プレイヤー達を視界に捉えたドラゴンは大きく口を開き、威嚇するように巨大な雄たけびを上げる。俺は思わず耳をふさいで、その雄たけびをやりすごした。モモ、レットも同様に耳を押さえているが、何人かはまともに雄たけびを食らってしまい、スタン状態に陥っている。
「なるほど、単純だな。コイツを倒せってわけか!!」
俺は剣を抜き、戦闘準備を整えた。ドラゴンの頭に見えるアイコンには、《コーラルドラゴン Lv60》の表示が記載されていた。60って、俺でも先日ようやくLv50になったっていうのに!
しかも今回は、ソロではなくPTしかもレイド(複数PT合同)での戦いだ、おそらく俺はステータス的にも実力的にもこの20人の中ではトップに近いだろう。だが、俺ひとりで全員を守りながら戦うなんて無茶だ。頬に打ち付ける雨と一緒になって、汗が頬を伝って流れ落ちた。
「ユウキ君、またひとりで戦うなんて許さないからね!」
「あぁ、お前1人に良い格好なんてさせねえっつーの!」
そんな弱気になっている俺の横に、ハンマーを手に取ったモモ、そして双剣を握り締めたレットが笑顔で並んでくる。まったく、こっちの心配も知らないでよく言えるよ。でも、俺は内心で彼女達の存在が心強かった。彼女達となら、この巨大なドラゴンだって倒せる。倒してみせる。そんな確かな自信がどこからともなく湧いてきた。
「いくぞ、みんな!」
2人を鼓舞し、俺は剣を握り締め、ドラゴンに向かって駆けていった。




