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《海から訪れる災厄》

「いやぁ、園中先生、貴女はすごいねえ。なんていったって貴女は世界を創ったんだ。」


 巨大なビルの最上階、窓ガラス越しに外を眺めるようにスーツ姿の男性が1人、立っていた。


 都内の某所に巨大なビルを構える大手ゲーム企業、名前を《Not Imitation Next Idea`s》、通称NINSニーナスと呼ばれる日本国内でも屈指の大企業だ。ヒット作を次々と生み出し、市民に馴染みの深い企業であると同時に、現在は「VRゲーム未帰還者問題」の渦中にある企業だった。


 というのも、「The Lost Ground Online」はこの企業が開発、発売から運営まで行っているからだ。現在、『致命的な不具合』としながらもプレイヤーの帰還を第一に考える姿勢で政府からも支援を受けつつ営業を続けていた。


 そして、その巨大なビルの一室。まるで豪華ホテルの一室のように整った部屋のベッドには、ゲームの中でプレイヤー達に挨拶をした最高責任者の女性「園中梅そのなか うめ」が横になっていた、頭にはVRゲームへとダイブするハード機器ダイバーを装着して。


 もちろん、現実に彼女の意識は無い。現在、彼女の意識は《ダイバー》にセットされた「The Lost Ground Online」の世界の中にある。


 まるで、眠っているように静かに息をするだけの彼女の側で、1人のスーツ姿の男が口を開いた。彼もまた、《ニーナス》の社員で当ゲームの開発員のひとりだった。心底責任者である園中に心酔していた彼は、彼女もまた、ログアウトができないゲームの世界へ行ってしまったことを当初は悲しんだ。

 しかし、今となっては逆に彼女を自分の目の届くところに置いておける喜びに目覚めていた。


「先生は今どんな世界を見ているんでしょうかねぇ……。願わくば、私もそれを一緒に見たかったけれど」


 ベッドに腰を下ろし、ギアを頭に装着した彼女の頬を撫でながら彼は囁くように呟いた。そして、彼女の唇に軽くキスを落とし、男は体を離した。


「貴女は私に役割をくれたんだ、貴女の側に行くのはそれが完了してからだ。待っていてくださいね、先生」 








「ふぁ、あ……」


「ユウキ、なんつーだらしない顔してるんだよ」


 すっかり根を生やしてしまった砂漠の街の《ジャンナ》、そのの大通りに位置する酒場。その窓際の椅子に座った俺は大きくあくびをして机に頬杖をついていた。そんな俺の姿を向かいで剣を磨いているレットが呆れたように冷めた目で見つめてくる。


 いいじゃないか、俺は昨日一日かけて現実へ戻れるアイテムである《夢破りの鍵》を探していたのだ、すこしくらいゆっくりしても。まあ、結局見つかったのは劣化アイテムである《錆びた鍵》が数個、それは現在ザックの手に渡り、小さな子供を中心に配られているはずだ。


「はい、ミルク」


「おう、さんきゅーモモ」


 レットと違ってモモは俺に優しい、酒場でNPCから注文したミルクのコップを俺の目の前にコトッと置いてくれた。コップを手にし、口をつけ中身を口に含んで飲み込む。「はぁー」となんとも気の抜けた俺の声にまたしてもレットから冷ややかな視線が向けられた。


「緊張感のねぇ顔しやがって……ん?」


 誰がなんと言おうと俺は休む、常に意気込んでいたら疲れも溜まってしまう。休むときは休まないと体がもたない。再び小さくあくびをした時だった、目の前で剣を磨いていたレットが何かに気が付いたようだ、手をパーに開いてメインウィンドウを開いている。


「どうした?」


「メッセージだ、えっと差出人は……はぁ? 運営?」


 差出人の欄を見たレットの表情が曇る。それもそうだろう、運営から個人にメッセージなんて考えられない。ただでさえ、ゲームの中に捕らわれてから今まで最初の説明を除いてアナウンスなんて無いのに。誰かのイタズラか何かだろうか、そう思った時だった、俺の視界の端にメッセージの通知が点滅したのは。


「俺にもメッセージだ……」


「あ、私にも」


 どうやらレットだけではないようだ。俺にもモモにもメッセージが届いているところを見ると、プレイヤー全員に向けて宛てられたもののようだ。内容は……。


『拝啓、プレイヤー諸君、我々が提供するゲームには満足していただけているであろうか。中には、現状では満足できない、というプレイヤーもいるのではないだろうか。そこで今回は大型イベント《海から訪れる災厄》を提供させてもらおうと思う。明日、午前10時より各街の《転移門》から対象のエリアに移動が可能だ。このイベントをクリアした者にはプレゼントも用意させてもらっている。プレイヤー諸君の健闘を祈っている。』


「んだよ、この内容は!


 記載されていた内容にレットが声を荒げた。確かに俺も感じたが、この内容はプレイヤーを馬鹿にしている。そう感じたと同時に俺は、どこか違和感を覚えた。最初、責任者を名乗った女性は俺達をゲームの中に閉じ込めた張本人ではあるが、その対応は丁寧だった。プレイヤーを見下すような発言は無かったと記憶している。しかしこの文章はあまりにも挑発的だ。あからさまにクリア報酬の「プレゼント」を意識させている。


「レット、これ、どう思う?」


「どうって運営の連中は高みの見物だろ? ったく、舐めやがって!!」


 俺はレットやモモ達も違和感を感じているのではないかと視線を向けてみたが、レットは文面が気に食わなかったようでイライラを発散させるように、さっきまで磨いていた双剣の片方を振り回していた。いくら街中ならダメージがないからって危ないから止めてほしいのだが。


「モモ? どうかしたのか?」


 モモにも意見を聞こうと、視線を向けると、今までずっと元気に振舞っていた彼女からは想像できないような寂しそうな表情を浮かべていた。その姿に思わず声をかけると、彼女はハッとしたように顔を上げてすぐにいつもの元気な笑顔に戻った。


「な、なんでもないよ! このイベントをクリアすればきっと鍵もいっぱい手に入るよ! ユウキ君、一緒に頑張ろ!」


「あ、あぁ……そう、だな」


 レットのように怒りを露にしていたわけではないが、いつも元気な彼女がさっきのような寂しい顔をするとつい心配になってしまう。だが、イベント自体はやる気になっているみたいだ。流石にイベント、となるとソロで挑むのは難しいだろう、となるとPTを組むことになるのだろうけれど……。そんな考えを巡らせているとモモが俺の手をとり、仲間になりたそうに此方を見つめていた。いや、ネタとかそんなのじゃなくて本当に。


「んだよモモ、ユウキはアタシと組むんだから、お前はザック達とでも組んでろよ!!」


「えー! 私もユウキ君と行こうと思ってたんだからー!!」


 なんだ、このアニメみたいな展開は。グッと片腕をモモに引っ張られたかと思えば、もう片方の手を双剣をしまったレットに引っ張られる。何故か俺の取り合いに発展していた、というか4人までPTはOKなんだから一緒に組めばいいのでは。それより2人は気が付いてないのだろうか、いくらゲームの中だからといって、その、腕に柔らかい胸の感じが……。


「わっかったから! 2人と組むから喧嘩すんな!」


 たまらず俺が声を上げると2人の表情が一気にパァッと明るくなった。俺の腕から手を離した2人は嬉しそうに「やったー!」「やーりぃッ!」と手をパァンと叩き合っている、いつからグルになってるんだ君達は。

 結局、今回は半ば強引にではあるが約束をさせられてしまった以上、ソロでの参加は難しくなってしまったようだ。なんとか2人を護れるよう頑張らなければ。


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