新たな一歩
結局、あの後レットは正式にギルドから追放処分を受けたらしい。おまけにPKプレイヤーとしての晒し、指名手配付きで。汚れギルドは単なる無法者の集まりだと思っていたけれど、この執拗なやり方を見るに少しくらい頭の良い人間もいるのだろう。
かといって、一般のプレイヤーが彼女を避けることはあれど危害を加えることは無いと思ってもいいはずだ、PKはPKで裁くなんて極論じみた考えを持っているのはそれこそ日常的にPKを行っている連中くらいだ。日常生活で彼女に危害が及ぶのはそこまで心配しなくても良いだろう。
「はぁ……」
だが、とうの彼女は自分がPKをしてしまった事実をまだ引きずっているらしい、宿屋の一室、彼女が居候をしている俺の部屋の窓から身を乗り出して外を眺める彼女の口からは幾度と無くため息が漏れている。
「なんだよ、ため息ばっかりして。レットらしくないぞ」
「ははは、そうかもな」
その隣、窓枠に腰掛けるようにして俺はレットの顔を覗き込んだ。なんでこうなってしまったのだろう、これでよかったのだろうか、様々な思いが入り混じった顔をしている。普段の屈託の無い笑顔が印象的な彼女からはとても想像できない表情だ。
「こう言ったら怒るかもしれないけどさ、俺は嬉しかったよ。あの時レットが俺を助けてくれて」
それは彼女を元気付けるための嘘では無く本心だ。彼女は身を置いていたギルドのメンバーよりも俺を助けてくれた。汚れギルドの輪から抜けて、普通のプレイヤーに戻ってもらおうと考えていた俺の思いを受け入れてくれたような気がしたから。
だがその反面、その俺を助ける手段としてPKをしてしまったと彼女は思い悩んでいるのだろう。
「でも、アタシは手をよごしちまった……」
手を汚した、そう俯きながら自分の手を見つめ口を開くレット、その手は俺が汚させてしまったんだ。俺の不注意で。
俺はいっつもそうだ、どこかで甘いんだ。できる気になって調子に乗って最後にボロが出る。確かにステータスや数字の面では俺は強くなったのかもしれないが、全然変っていない。
最初は、そのせいでアリーシャが俺を庇って犠牲になった。そして今回はレットが俺のために手を汚した。だから、彼女が思いつめる必要なんてないんだ。全部、全部俺が悪いんだから。
「よっと……」
俺は腰掛けていた窓枠から床に降り、そっと、レットの体を正面から抱きしめた。汚れギルドなんて無法者の集まりにいたっていうのに、その体は思っていたより小さく、華奢な普通の女の子だ。
「な、なんだよユウキ……?」
突然のことに顔を赤らめるレット。本当なら突然こんなことをして、殴られてもしかたないのだけれど、今だけはこうさせてほしかった。俺のわがままだ。彼女が汚した手の分の責任も俺が持つ、その決心のためだから。
「改めてありがとな、レット。俺を助けてくれて。大丈夫、俺がみんな現実に還してみせるさ。お前が殺めたアイツも含めてな」
「う、ぁ……く……」
俺の言葉に、腕の中のレットが小さく震えた。安心したのか、泣いているようだ。微かに彼女の声が聞こえてくる。ずっと、自分がやったことは正しかったのか悩み、自分を苦しめていたんだろう。でも、それを俺が受け止めてあげたことで、彼女もなんとか受け止めることができたのだろう。
「ユウキ、お前とんだお人よしだな……」
涙を瞳に浮かべながら、体を離したレットがニコッと微笑んだ。お人よし、と皮肉めいた言葉も、別に嫌味には感じられなかったため、俺は照れ隠しに苦笑いを浮かべる。
「ついつい放っておけなくてね」
なんとか気持ちに整理がついたようでなによりだ。
また、この世界を終わらせなくてはいけない理由ができてしまったが、今回の一件があろうが無かろうが俺はこの世界を終わらせなくちゃいけないんだ。
「ま、これでようやく新しい一歩が踏み出せるって感じかな」
俺の腕から離れた彼女は再び窓の外へと視線を向けた。その横顔はどこかスッキリとしたような表情で、先ほどまでの思いつめた様子はもう感じられなかった。
「というわけで、まだしばらくは居候させてもらうぜ。よろしくな」
彼女はそう言って、俺のほうへ視線を向けると、いつもの彼女らしくニカッと笑みを浮かべるのだった。
今回は前回のお話の延長のような感じなので短めになります。
次話以降はこれまでの長さと同程度になると思いますので!




