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新しい居場所


「おはよ、みんな」


 レットを連れて、いつものように酒場を訪れる。行くアテも無いとのことなので、しばらくは俺にくっついてくるつもりらしい。まぁ、俺としては彼女に汚れギルドに戻ってほしくは無いので今のところはこれでいい。


「よ、よぅ、ユウキ。遅かったじゃねぇか」


 レットのことは既にザックを通じて他のメンバーにも伝わっているのだろう、俺の背後の彼女の姿にメンバーはピリピリしている。ただ1人、例外を上げるとするならばモモがのんきに居眠りをしていることくらいだろう。声をかけてきたザックも、俺の後ろのレットの姿に声がどこか上ずっている。


「ふーん、これがお前のギルド?」


「いや、俺は今でもソロでやってるから、正確には違うんだけど……」


 周囲を見回しながらレットが問いかけてくる、普段の賑やかな雰囲気を知らないだけに、今のこのピリピリとした空気が通常だと思っているのだろうか、縮こまる様子は無い。

 しかし、空気は明らかに良いとは言えなかった。ピリピリしているというか、そりゃ殺人集団の一員がいるのだから気持ちは分からないでもないのだけれど。


「ま、俺らの剣士様が大丈夫っつてんだから、大丈夫だろ!」


 俺とレットのふたりで席につき、それからしばらくの沈黙。気まずい、どうしたものかと思考を巡らせていると、その沈黙を破ったのは以外にも「気を付けろ」と忠告をしてきたザックだった。その声に一瞬、場がシーンと静まりかえったと思えば「そりゃそうだ!」「よく見れば可愛いじゃんか!」といつもの賑やかなギルドに戻り、俺とレットの周囲にはギルドメンバー達が押し寄せてきた。


 戸惑う彼女をよそに、ひとり椅子を傾けるザックの方へ視線を向けると、此方を見ながら静かに親指を立ててニカッと笑っているのだった。本当にお人よしで世話焼きな男だ。それとも、先日の鍵の礼のつもりだろうか、どちらにせよ、汚れギルドなんて殺伐とした場所に女の子を置いておけない、そう考えている俺にはありがたい心遣いだった。 

 彼女、レットはなんだかんだでザックのギルドメンバーと打ち解けるのが早いようだった、もともと、あんな性格の彼の元に集まったメンバーだ、男勝りな彼女と相性は良いのかもしれない。


 話が盛り上がっている様子なので、俺は1人酒場を出た。まだ朝で時間も早い、ひんやりとした空気と朝日が気持ち良い。まだ時間も早いためか、街の人通りはそれほど多くはないが、行きかうプレイヤーの会話なんかが聞こえてきて、最近はここがゲームの世界だということを忘れそうになってしまう。


「なにやってんのさ、バカみだいだよ」


 気持ちの良い朝日に、小学生時代を思い出してラジオ体操のような動きをしていると、背後からレットの小ばかにしたような笑い声が聞こえてきた。


「ラジオ体操。それより、みんなとはいいのか?」


「あぁ、アイツらいいやつらだな。少しうるせぇけど」


「それは同感」


 俺の横に立つようにして彼女は大きく伸びをして小さく息を吐いた。やっぱり、人間なら朝日は気持ち良いのだろう。それに、ギルドのメンバーとも仲良くなれたようだ。「ヘヘッ」と無邪気に笑う彼女の笑顔が明るかった。


「アタシ、《スカルストラップ》抜けるよ」


 少しの間を置いて、彼女が決心したかのように口を開いた。


「《スカルストラップ》でもさ、仲間と悪さしたり酒飲んだりして、それなりに楽しかったんだけどさ。時には殴られることもあったし、殴ることもあったし、誰かがいなくなりゃ、最初からいなかったようになっていって……。それが普通だと思ってたんだけどな。ユウキ、お前のそばにいると周りが温かくて、楽しいんだ」


 彼女にとって、今までのギルドが唯一の居場所だったのだろう。ゲームの中に突然閉じ込められて、それはまるで家族も友達もいない、別の世界に突然放り出されたような感覚だ。俺も、実際にそれを味わった。何日も酒場で時間を潰して。現実から目を逸らして。そうしていたら偶然にも親しい仲間ができて……。それが、彼女の場合汚れギルドだったのだろう。彼女の気持ちを考えると、「なんでそんなギルドに入ったんだ」と責めることはできない。


 それよりも、今は彼女がギルドを抜ける決心をしてくれたのが嬉しかった。こんな朝日みたいな明るい笑顔を浮かべる女の子には、絶対日陰なんか似合わない。よく、女の子は花に例えられたりするけれど、彼女からは日なたに咲く花のような匂いがする。俺が匂いフェチだとかそんなんじゃなくて。


「へへッ」


「ははは」


 どちらからでもなく、自然と顔を向かい合わせた俺達は笑い合っていた。どこかで緊張の糸がピンッと張り詰めていたのが緩んだような気がする。このままずっと外にいても体が冷えてしまう、砂漠の街とはいえ朝は涼しいんだ。せっかく彼女と仲良くなれたんだ、ここは俺のお気に入りであるホットミルクを一緒に。


 そう考えていた時だった、バンッと酒場のドアが開いたかと思えば、そちらに視線を向ける前に俺の体は左右に揺さぶられていた。それも凄い速度で。多分1秒間に左右を一往復しているのではないだろうか。


「ユウキ君ッ!! 誰なのこの女の子は! 酷いよ私がいるのに!!」


 モモだった。というか酷いのはどっちだ、テレビで若手芸人が受ける罰ゲームのごとく体をブンブンとゆすられて俺は今にも胃袋の中身を戻しそうだ。というか酷いってなんだ、俺とモモは付き合っているわけでもないだろうに。確かに、彼女の着替えを覗いてしまったり、頬にキスをされたり、挙句の果てには命も助けてはもらったが、それでも俺は彼女のモノになったつもりはない。ああ、頼む誰か助けてくれ。


「違う違う、アタシとコイツさそんな仲じゃねえって。アタシはレットってんだ、お前は?」


 助け舟を出してくれたのはレットだった、ありがたい。これで助かった。


「えっと、私はモモ。よろしくね!」


 なんとか誤解は解けたようだ、2人は笑顔で握手をかわしている。唯一問題があるとすれば、未だにモモが俺のことを片手で掴んだまま激しく左右に揺さぶっていることだろうか。どうなっているんだこの子は。パワー極振りだからといってあまりにもおかしいだろうこれは。



「で、なんだぁー? モモはユウキとアツアツなのかぁ? 若いねぇ」


 レットが小指を立てながらオッサンじみた話し方をしている。俺のことは助けてくれないんですね、もうどうにでもなってください。


「えへへぇー、ユウキ君は私を助けてくれた王子様なんだぁー、キャー!!」


 自分で言っておきながら顔を真っ赤にしてエキサイトするモモ。やめッ、ちょ、駄目だって、いくらゲームの中だからって戻す、これ以上は戻してしまう。ゲームでも現実って言ったの君じゃないか、現実ならいますぐにやめてくれ!


「あ、ユウキ君ごめん」


 ここでようやく彼女の手が止まった。危ないところだった、このまま続けられていたら俺はどうなっていたか定かではない。きっと脳がどうにかしてゲームオーバーしていたところだろう。VRゲームの世界に新たなリミッターを強く願った瞬間だった。


「ふーん、お前も隅に置けねぇな、ユウキぃ」


 レットがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら俺の事を見つめてくる、なんで女子って恋愛ごとになるとこうなるかなぁ、と俺は困り果てて無言のままポリポリと頭をかいた。


「ま、ユウキはモモだけの王子様じゃないかもな」


「は? 今なんて?」


「なんでもねーよ、ばーか」


 数歩、駆けていったレットの言葉が聞き取れず、聞き返すと何故だかバカと罵られた。何故だかはわからないけれど、彼女も笑顔だし、別に悪い気分ではない。きっと、これから彼女は俺達と上手くやっていけるはずだ。





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