居候は無法者
まさか、自分が泊まっている宿屋の前で女の子が野宿をしようとしているなんて驚いた。本当は宿代くらい出してあげてもよかったかもしれないが、この宿屋はあまり大きくない上に、俺やザックのギルドメンバー達で部屋は満室状態だった。
彼女にはベッドを貸してあげるとして、俺は椅子で寝よう。下手に廊下で寝て、部屋に女の子を連れ込んだなんだと騒がれるのは嫌だ。
「えっと、お前は、ユウキ、だっけか? なんでこんな時間に外なんか出てたんだよ」
部屋の扉を開けようと手をかけると、後ろでレットが口を開いた。まあ、素朴な疑問だろう。視界の端で時計は22:00を表示していた。普通なら宿屋で寝ていてもいい時間帯だ。
「なんていうかな、寝付けなくてさ。ホットミルク買いに行ってたんだ」
「ふーん」
聞いておきながら、彼女はたいして興味は無さそうだ。部屋が開くと「うっはー! あったけぇー!」と部屋の中に飛び込んでいった。そりゃ今まで外にいたのだから部屋の中の方が温かいだろう。部屋に飛び込んでいった彼女は、勢い良くベッドに腰を下ろした。
「レットこそ、なんで宿代分のお金も持たないで街中歩いてるんだよ?」
「そ、それは……だな」
俺の質問に、彼女はウッと表情を曇らせ、視線を泳がせた。こっちのほうが当然の疑問だ。まさか本当は、お金はあるのに「宿代を浮かせたいから嘘をついていた」なんて言われたら、基本的に女の子には優しい流石の俺も怒ってしまう。
「なんというか、ギルドで揉めちまってさ。普段寝床に使ってたんだけど、帰りにくくなっちまって」
しぶしぶ口を開くレット、身内で喧嘩でもしたのだろうか、帰りづらいという言葉は分からないでもない。俺だって、1人でピラミッドに挑み、ザック達のいる酒場へ顔を出すのは少々躊躇った。
「ま、つーわけだから、数日の間ここに泊めてほしいなぁー、なんて」
ニヘヘ、と笑みを浮かべる彼女に、「わかったよ」と小さくため息をついて承諾。
女の子の居候を抱えたことをザック達にどう説明しようかと考えながら椅子に腰を下ろし、椅子に揺られているうちに自然と眠りに落ちていってしまった。
「ん、ふぁ……おはよ、レット。って、まだ寝てるのか」
翌朝、椅子に座った状態で目を覚ます。視界の隅に映る時計の時刻は07:00だ。やはり体のあちこちが痛いが、もう何度か座った体勢で寝ているため、少しばかりだが慣れてきた。
重いまぶたを擦りながら、ベッドに横になっている彼女へ近づいてみるが、どうやらまだ眠っているらしい。静かに寝息をたて、此方の声にも反応はなかった。
ふぁ、と小さくあくびをして体を伸ばす。さて、今日はこれからどうするかをザック達と話し合う予定だったが、それよりもこの子を部屋に連れ込んだ言い訳をどうするか考えなくては。まだ覚醒しきってない頭で、眠っている彼女へ視線を向けながらなんとか思考を巡らせていると。
「ユウキ~、入るぜ~」
ノックも無しに部屋のドアを開けて、ザックが姿を表した。どうやら言い訳を考えている暇は無いようだ。
「なんだよユウキー、モモのヤツがいるのに女子なんて連れ込んでよぅ」
そこで何でモモの名前が出てくるのか分からないが、とにかくザックは面倒なモードに入ってしまったようだ、この調子では何かあるごとにからかわれかねない。早いうちに説明をしてしまった方がいいようだ。
「ん、んぅ……」
俺たちの話し声が煩かったのか、レットは此方に背中を向けるように寝返りをうった。声を漏らした、ということもあって俺もザックも彼女の方へ目が向いた。すると、彼女の背中側の肩についた「チェーンに繋がれたガイコツ」のようなマークを指差しザックの表情が一変した。
「ユウキ、こいつとどうやって知り合った」
「どうって街中で普通に……。どうかしたのか?」
何も知らないのか、とでも言いたそうにザックが自分の顔を片手で覆いながら「はぁ~」と大きくため息をついた。
「コイツぁ、汚れギルド《スカルストラップ》の一員だ。PKを中心に電子ドラッグの売買、偽鍵詐欺までやってる、とんでもねぇギルドだ。汚れギルドの筆頭だぜ、ちょくちょくニュースでも見かける。肩のマークがその証よ」
「そ、そんな……」
ザックの言葉に思わず耳を疑った。偽物の鍵で人を騙しているだけでなく、PKまで。最初に裏路地で会った時も、感じの良い女の子だっただけに、信じたくは無い。しかし、情報通の彼の言うことだ、情報自体は確かなのだろう。
「こう言うのもアレだが……関わらないほうがいいぜ。ま、決めるのはお前だがよ」
そう言って、ザックは俺の部屋を後にした。残された俺は、この女の子がそんなことをするようなギルドに入っているという事実を受け入れられないまま、ベッドの端に腰を下ろして彼女の寝顔を眺めていた。
「ふぁ、あ……あー、よく寝た」
彼女が目を覚ましたのはそれからだいたい1時間後のことだった。ゆっくりと体を起こし、大きく伸びをすると同時にあくびをしている。
「おはよ、レット」
「あぁ……そか、アタシ泊めてもらってたんだっけ……」
寝起きでまだ頭が回っていないのだろうか、昨晩のことを忘れているようだ。まだ眠たいのか、目をパチパチと何度か見開いているが、その表情から眠気は抜けきっていない。
「ホットミルクあるけど飲む?」
「飲む、サンキュー」
昨日の夜に買ってきたホットミルクをアイテムウィンドウから選択して実体化。両手に持った温かいカップを彼女へと差し出した。
ズズズ、とミルクをすすると口の中にほのかな甘みとミルク独特の風味が広がる。隣でも、同じ様にレットがベッドの端に座りながらミルクをすすっていた。
「あのさ、昨日も聞いたけどギルドと揉めたんだよね?」
「あぁ、いつ頃帰っかなぁ……」
ミルクをすする彼女の顔は、どこか寂しそうで、ほかに居場所が無いからそこに帰っている。確証は無いのだけれど、そんな風に感じられた。
「帰らなくていいじゃんか、《スカルストラップ》なんかに」
「なッ!?」
きっと彼女は、俺がそのギルドを知らないと思っていたのだろう。実際、知らなかった。知ったのだってついさっきだ。ビクッと驚いたように体を震わせ、目を見開いて此方を見つめる彼女だったが、その表情はすぐにさみしそうに曇った。
「んなこと言われたってよ……勝手に抜け出したりしたら、どうなるかわかんねぇし。最悪裏切り者扱いだぜ?」
まだ彼女の中には未練でもあるのだろうか、でも俺は彼女の様子から、明らかに今のギルドは彼女に合っていないと思えた。ホットミルクをひとくち分、口に含み飲み込んでから彼女に問いかける。
「戻って、またPKをするつもり?」
「アタシはPKなんかしてないッ!!」
俺の言葉に、まるで怒ったように勢い良く立ち上がり、俺のことを軽く睨みながら彼女は声を上げた。直後、ハッとしたように我に返り、「わりぃ……」とバツが悪そうにミルクを啜った。
「そりゃアタシは汚れギルドの一員さ。でもよ、信じてもらえないかもしれねぇけど、PKだけはしてこなかったんだ。まぁ、そのせいでギルドから追い出されたんだけどさ」
一般のプレイヤーなら彼女をどう扱うのだろうか。汚れギルドの一員として激しく罵るのだろうか、はたまた悪人だからと放り出すのか……。しかし、俺には寂しそうにコップを傾ける彼女の姿がとても弱々しく見え、そんなことはできなかった。
「そっか、でも戻るかどうか決めるのはレットだよ」
当然、その言葉は彼女にも聞こえていたのだろうけれど。結局それから、お互いにミルクを飲み終わるまで、言葉が出てくることはなかった。




