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汚れギルドの問題児

「レットちゃーん、俺は左側を追っかけるから、右はよろしくぅ~」


「あいよッ」


 農業のメルンに隣接したフィールドの森林エリア。PKギルド《スカルストラップ》のメンバーは今日も躊躇うことなくプレイヤーの一団を追っていた。

 真夜中の森でプレイヤーを襲うのにはちゃんと理由がある。暗い森の中ではアイコン表示範囲まで近づかなければ、ほかのプレイヤーを視認できないからだ。これは此方の位置を知られずにすむと同時に、獲物PTを分散させた後に再び合流されるのを阻むこともできる。


 そして今、実際に獲物PTはふた手に分散させられ、その一方を双剣の彼女、レットは追い立てていた。


「く、くそッ……!」


「へへッ、残念だったな。見事に逃げ場を失ったわけだ」


 走って逃げていた剣士の男プレイヤーとヒーラーの女プレイヤーだが、その行く手に待ち構えていたギルドメンバーが立ち塞がる。その数は3.背後から追い立てた彼女も合わされば2対4となり、圧倒的に有利だ。普通なら、この状況ならば問答無用で襲い掛かり、プレイヤーを死亡させ、アイテムを全て奪うところだが、それは彼女の趣味ではなかった。


「なぁ、剣士さんよ、アタシとタイマンしようじゃないか。アンタが勝てば2人とも見逃してやるよ」


 彼女の所属するギルドには数種類のタイプの人間がいる。まず、ゲームだから合法的に殺人ができると歓喜している快楽殺人者。単純にカネが目的の人間。ほとんどはこの2種類の人間が集まったギルドだが、彼女はそのどちらでもなく、「とにかく強いプレイヤー」と戦いたい。それが本心だった。


 そんなわけで、剣士とレットのタイマン勝負が始まったのだが、決着は数分と立たずに出ることとなった。彼女の圧勝である。レベル差はそれほど無い、にも関わらず、剣士の攻撃は一度として彼女の体を捉えることはなく、男性プレイヤーのHPバーは残り僅かで赤く点滅していた。


「はぁ、全然駄目だ。お前弱すぎ……。金目のモン置いてさっさと消えな」


 この敵も全く歯ごたえが無かった、「はぁー」と失望したようにため息をついて、そのプレイヤー達が置いていったカネの袋を拾い上げる。ゲーム内で酒、ドラッグを手に入れるために使うカネも彼女にはただのガラクタにしか感じなかった。ジャラジャラを音を立てて拾い上げたカネの重みも感動するようなものではない。


「他の連中も終わってるだろ、引き上げるぞー」


 下っ端の3人に声をかけ、その場から撤収する。あまり長々とこの場所に居座ると、騒ぎをかぎつけた対PKギルドの討伐隊に見つかってしまう。タイマンのタの字も無い制圧戦なんてまっぴらゴメンだ。


 両手に持った双剣を腰に下げ、彼女は下っ端共々、森の暗闇の中へと消えていった。




「どーゆーつもりだよ、団長ヘッド


「そりゃこっちの台詞だ、レット。お前、獲物をみすみす逃がしたらしいじゃねえか。誰がそんなこと許可したよ?」


 その数時間後、ギルドハウスへと戻ってきたレット達だったが、ギルドハウスの中は騒がしかった。主な原因は彼女だ。団長である2メートルはあろうかという大男と壁に挟まれ、左右も男に塞がれ、逃げる場所が無かった。

 なんでこんなことになっているか、それは先ほど《メルン》の街近くの森でPKをした際に彼女が獲物を「わざと」逃がしたことが漏れたからだ。個人でPKをする分には生かそうが殺そうが自由。しかし、ギルドで動く場合には指示は絶対。彼女はそれを破った。


「んなこと、アタシの勝手だろうが」


 こうなることは、内心どこかで分かっていたが、それでも彼女はPKをすることは無かった。その代償とでも言うのだろうか、大男の拳が露出した彼女の腹を殴る。その拳は腹にめり込み、彼女の表情を苦痛の色一色に染め上げた。


「ウガッ!? ゲホッ……!」


 威力のこもったパンチに、腹を押さえながら体をくの字に曲げて膝から崩れ落ちる少女、鋭い痛みと胃袋の中身を戻してしまいそうな感覚に、思わず冷や汗が滲む。


「てめぇは何か勘違いをしてるようだな。ボスは俺だ、俺がやれっつったらやる。それが《スカルストラップ(ここ)》のルールなんだよ」


 追い討ちとばかりに、うずくまる彼女の頭へ靴底を叩き付け、そのまま床へと頭を押し付けた。粗い砂岩の床に顔面を打ち付けられ、額に大きく傷ができた。その様子に同情の声を上げるメンバーもいれば、それを楽しむように女の肩を抱きながら酒の入ったグラスを傾けるメンバーもいる。ただ全員を通して同じなのは誰も彼女を助けるどころか庇うこともすらしないという所だ。ここはそういうギルドなのだから。



「いってぇ……」


 気が付くと外にいた、いたというよりは投げ捨てられていた、といった方が正しいかも知れない。あの後、頭を踏みつけられた以外にも体を何度か蹴られたような気はするが、途中からはほとんど覚えていない。ここがフィールドだったら、そのまま殺されていたのだろう。そう思うと少しだけ背筋がゾッとした。


 目の前のギルドハウスからは、賑やかな、ぎゃはははといった下品な笑い声が聞こえてくる。さすがに、今からギルドハウスに戻る気分にはなれない、あまりにも惨めすぎる。今日から数日は宿にでも泊まって、ほとぼりが冷めた頃に戻ろう。そう決め、裏路地から宿屋のある大通りへと夜の冷気に身を震わせながら歩き出した。


 その間も、気分はとても良いと言えたものではない。ギルドメンバーが大勢いる中であんな醜態を晒して、苛立ちから、思わず「くそッ!」と、NPCの野良犬を蹴りつけた。キャウンキャウンと逃げていく姿を見ても、気分は晴れない。それどころか、逃げていく姿がまるで自分に見えて余計に腹が立った。


「しまった……。カネ、無いんだった」


 それに気が付いたのは宿屋の前までやってきてからだ。昼間にしたカツアゲのカネと一緒に持ち金は全て置いてきてしまった。「はぁー」と大きくため息。これは街中で野宿決定だ。今までギルドを家のようにして、好きなときに寝て好きな時に物を食っていただけに、こんな状況は考えたことも無かった。


「しゃあねえ……」


 カネが無ければ宿屋には泊まれない。店主はただのNPCなのだ、泣き落としも色仕掛けも通用しない。宿屋の入り口のすぐ横、体を冷やさないように松明の近くに腰を下ろして、体重を壁に預ける。松明の明かりと、熱がほのかに温かいが、時折吹き付ける夜の冷たい風は彼女の露出が多い服装には少しこたえた。


「あれ、きみ……この間の?」


 寒さに身を丸くしている時だった、少し聞き覚えがある声を聞いたのは。その声の主の方へ視線を向けると、一瞬「誰だコイツ」と思ったものの、思い出した。確か、数日前に《修練所》の手前でぶつかってきたヤツだ。どうして夜中にこんなところに、というような顔をしているソイツに答えてやることにした。


「ちょっと、宿代が無くなっちってな……」


 へへへ、と苦笑いを浮かべるが、我ながら情けない。こんな所を少しでも面識がある人間に見られるだなんて。はやくどこかへ行ってくれ、そう心の中で連呼していたのだが、返ってきた言葉は予想外のものだった。


「女の子が野宿なんて関心しないな、よかったらだけど……俺の部屋くる? この宿なんだ」


 少年はそう言って恥かしそうに笑みを浮かべながら宿を指差した。なんだ、自分の部屋に女を連れ込もうという魂胆なのだろうか。それなら好都合だ。宿代も浮くし、食事も面倒を見てもらえるかもしれない。


「そ、それじゃあ、お邪魔すっかなぁ」


 その少年のお言葉に甘えて、部屋に泊めてもらうこととなった。


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