12月31日
「さ、寒い……死んじまう……」
話題の新作VRMMORPGの発売当日、販売店の前には長蛇の列ができあがっていた。時刻は9時を回ったところ、お店の開店まではあと1時間ある。
その列の最前列、12月という寒空の下にも関わらずコートを一枚羽織っただけの少年が寒そうに鼻をズズッとすすった。列に並び始めたのが一週間前のこと、学校の終業式が終わってすぐに家にも帰らず店の前に陣取った。広告が入っている大型の電気店ではなく、選んだのは地元に昔からある中型のゲームショップ。そのおかげで、一番前を確保できたのだが、いざ当日となると大型店の行列を諦めた人々が流れてくる。少なくとも、最後尾は視界に捉えることができない。
「はい、コーヒー買って来たよー」
「お、サンキュー。はぁー、あったけぇー」
列の後ろでは並ぶ彼氏に彼女がコンビニから買ってきたであろう暖かいコーヒーを差し入れていた。
生まれてこの方女の子という生き物には縁が無い、故にうらやましくは無いのだがコーヒーはうらやましい。ほかにも、友達同士でゲームを買いに来ている人達は相方に頼むなりして各々食料を手にしているのだが、あいにく自分に連れはいない、もっと言うと誘えるような友達もいなかった。
(ちくしょう……。一週間も粘ってきたんだ、こうなりゃ意地だ……)
一週間分の飲み物と食料は用意してきたのだが、それも冷たい飲み物や日持ちする乾燥したものばかり。ずっと暖かい飲み物は口にしていない。ゲームを無事に買って、家に帰れたらカップ麺でもいい、とにかく暖かいものを食べて体を温めてからログインしよう。
何をするにもゲーム優先で生きてきた人生だが、今回ばかりは体調を整えないとログイン後に体調不良で強制ログアウトをかけられてしまう、電脳世界じゃなくて腹痛でトイレにこもるなんて絶対にゴメンだ。
そう、俺、天野優貴は何をするにもゲーム優先で生きてきた。スポーツ系からシューティングまで、苦手な分野は無いといってもいい。そのおかげで、小学生の頃は友達のグループの中じゃヒーローみたいな扱いをされていたけど、中学になり、それぞれが部活や勉強やで忙しくなってくると一緒にゲームをやる友人は減り、結局友人の輪も次第に狭まっていった。
心機一転、高校ではゲームで語り合える友人を作ろうと意気込み、最初の自己紹介で「俺、ゲームなら誰にも負けませんから!」と声を上げて大コケしたのは思い出したくもない。
そんなわけで、相変わらずゲームが相棒、高校に入学して約8ヶ月たった今でもまともな友人はできていなかった。
「いいんだよ……、ゲームの中に潜ればフレンドのひとりやふたり……」
「兄ちゃん、おい兄ちゃん」
自分のボッチ具合を一人愚痴っていると、ふいに誰かに声をかけられ肩を叩かれた。思わずはぇ?なんて間抜けな声を出してしまった、やばい鼻水まで…。
「ほれ、コイツが目当てなんだろ?一番乗り、おめでとさん」
声をかけてきたのは一週間も前から並んでいる自分を心配していたゲーム店のおじさんだった。手には今日発売、いわずもがなお目当ての『The Lost Ground Online』。時計を確認すると、時刻は十時、お店の開店時間だった。
「や、やった!ありがどうございばず!!」
鼻水のせいで上手く話せない、しかし今は知ったことか。ようやくお目当てのゲームを手に入れたんだ。
「あ、これ代金です」
舞い上がってお金を払わずダッシュなんてしたら万引きと一緒だ、ましてや何百人と人がみているのに。このときのため、せっせと貯金していた代金を支払い、ゲームのパッケージを手にとった。
あぁ、これが一週間耐え抜いた重みだ。軽いプラスチックのケースが、今は純金の塊なんかよりもよっぽど重く感じられた。早く帰ろう、帰ってこのゲームを一刻も早くプレイするのだ。
一週間、座りっぱなしだったせいか、足元がフラつく。背後で次々にゲームを手にする人々の歓声もどこか遠くに聞こえる。
それよりも今はゲームが優先だ。ゲームゲーム。だが、フラつくのも周囲の音が遠くに聞こえるのも、座りっぱなしのせいではなかった。明らかに風邪を引いていた。家まであと数十メートルといったところだろうか、ふらつく足のせいか、ゴンッ!と鈍い音を立てて電柱にぶつかってしまった。
ああ、倒れる……なんだか意識まで遠く……。この意識が飛ぶ感覚、なんだかVRゲームへのダイブみたいだ、だがいまは完全に路上だ。倒れる間際、「お兄ちゃん!?」と、聞きなれた声が聞こえたような気がした。
「う~ん……ゲームが…俺を呼んで……ハッ!」
道で倒れてからどれくらいの時間が経ったのだろうか、目を覚ますといつものように眺めている天井、自分の部屋のベッドに横になっていた。確か、ゲームを買えたのは覚えている。そこから、帰っている途中に電柱にぶつかって倒れた。それから…どうやって帰ってきたんだっけか。
「あ、お兄ちゃん起きた?大丈夫?」
「み、みどり……? 俺、帰ってる途中で倒れて……」
ボーッと考えを巡らせていると、部屋の扉が開いて緑色のショートポニーテールが顔を覗かせた。妹、とはいっても従妹なのだが、ポニーテールをゆさゆさと左右に揺らしながら心配そうに駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん覚えてないの?電柱にぶつかって倒れて、そのまま……。隣のおじさんに頼んで部屋まで運んでもらったんだから」
そうだ、思い出した。確かに倒れる間際、みどりの声が聞こえたような気がしていたが、やっぱりあれはみどりだったのか。で、倒れた。倒れた?
「うわああああ!? LGOは!?」
倒れた拍子にゲームが壊れていたらもう悔やんでも悔やみ切れない。大慌てでベッドから飛び起き、周囲を見回す。机の上に置いてあるLGOのパッケージを開いて中身を確認すると…、よかった、無事だった。パッケージは少し汚れてしまっているが問題はなさそうだ。
「お兄ちゃん、風邪引いてるんでしょ?ちゃんと休もうよ……」
「すまないな、みどり……。男には退けない戦いってのがあるんだ」
女の子からすれば、男がこんなに夢中になってゲームに熱中しているのが解らないものだろう、呆れられてしまった。それでも、一刻も早くゲームが、LGOの世界に入りたいんだ。
「もぅ、夜になったらお母さんが年越しソバ作ってくれるんだからね?それまでには起きてきてね?」
さっきの心配そうな態度から一変、相変わらずゲーム中毒の兄の姿に小さくため息をついて部屋を出て行ってしまった。まあ、こんなやりとりもいつものこと。機嫌を損ねたわけでもない、ちゃんと一緒に晩御飯を食べてあげれば機嫌も直るだろう。
「そ、それでは……」
いつまでも横になってなんていられない。愛用のヘッドギア《ダイバー》にLGOのカセットをセット、PCに接続。ギアの側面にある状態ランプが緑色に光るのを確認してギアを頭に装着した。あとは、横になってギアのもう片方の側面にあるスイッチを押すと、サングラスのようなスクリーンが明るく光り、それと同時に意識は眠るようにゲームの世界へと吸い込まれていった。
次話から本格的にゲームの世界へ。
なるべく更新速度は速めにして頑張っていきたいと思います!