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1人目の帰還者


「か、鍵だよな……これ」


「うん、鍵だね」


 祭壇の宝箱から出現したアイテム、それは錆びた鍵だった。俺達をゲームの世界に閉じ込めた元凶ともいえる存在。ゲームマスターとでも呼ぶべき存在である女性は言っていた「現実の世界に戻りたいなら鍵を探せ」と、そして俺の手には鍵がひとつ。

 探していたアイテムかもしれない、だが、いざ手に入れてしまうとどうしていいか分からず、俺は隣のモモへと視線を向けた。


「うーん、とりあえずアイテム情報見てみれば?」


「そ、そうだな」


 言われた通りに手に持った鍵を、片手でチョンッと突くと、アイテムの詳細が表示された。


 アイテム名《錆びた鍵》効果、ゲームの世界から脱出し、現実に戻る。対象、1人。使用回数、1回。


 やはり、この鍵は現実に戻るための鍵だったようだ。その説明文を見てゴクリと唾を飲み込んだ。それと同時に、頭の中に疑問が浮かぶ。確か、ゲームマスターの女性はこう言っていた。「死亡したプレイヤーも含めて全員、現実に戻れる」と。だとすれば、この回数制限付きの鍵は、劣化アイテム、ということになる。これを使えば、きっと現実に戻れるのだろう。1人だけ。


「モモ……これ、使うか?」


 俺は、鍵を使う気は無かった。確かに、自分ひとりで現実に戻るなら一刻も早く鍵を使ってしまえばいい。だが、俺はアリーシャを現実に還してやる義務がある。モモを、ザックを、一緒に旅をした仲間を残してゲームから出て行くことなんて、できやしない。


 それは隣の彼女、モモも同じ様だった。鍵を差し出すも、彼女は頭を小さく横に振った。


「私も使わないよ、この世界でやらなきゃいけないことがあるもん」


 本当は現実に帰りたいんじゃないだろうか、そう心配はしたのだが、ニコッと笑ってみせる彼女の笑みには、無理をしている様子も無い。「んじゃ、保留だな」そう言って俺は鍵をアイテムデータ化させ、ストレージにしまい込んだ。


「帰るかー、戦い過ぎて体バキバキだよ……」


「それはユウキ君がひとりで行っちゃうからでしょ、帰ったらまたお説教だからね」


 ははは、と苦笑いを浮かべる俺だったが、不思議と嫌な気持ちは無かった。彼女が助けに来てくれた時、助かった、と思ったと同時に、もの凄く嬉しかったのだ。ソロで挑むと決めて、覚悟までしてきたのに、彼女が来てくれて嬉しいなんて、自分でも甘いとは思うが、それが俺の正直な気持ちだった。


 先に歩いていくモモの後を追うようにして、俺も祭壇の間を後にした。




「な、なんてもん拾ってきやがんだ、おめぇらはよ……」


 街に帰ると、酒場でザックがぶーたれていた。「親友だと思ってたのによー」とか「俺らの友情なんてそんなもんなのかよー」とか、まるで酔っ払いの絡み酒みたいで本当に鬱陶しかったので、俺はさっさと戦利品の鍵をストレージから実体化させてザックに見せてやった。「なんでい、こりゃ」とガラクタでも見るような目をしていたザックだったが、その説明文を読んでいくうちに表情はどんどん変わっていった。


「ザック、お前病院にお母さんが入院してるんだろ? 俺らはまだこの世界にいるから、使ってもいいよ」


 隣でうんうん、と頷くモモ。酒場に同席していた彼のギルドメンバーも、反対意見は無い様で皆、穏やかな様子だ。しかし、ザックも彼なりに思うところがあるのだろう、椅子に深く腰掛け、目を閉じ、しばらく考え込むような仕草を見せた。


「俺も遠慮させてもらうぜ、おめぇらを置いていけるかっつぅの」


 決心を決めたように目をパチッと開くと、彼も顔を左右に振った。


「おいてめぇら、どうしても還りたいっつぅやつはいるか?」


 俺やモモ、そしてザック彼自身が使わないと決意した以上、彼のギルドメンバーも手を上げる者はいなかった。そして、幸いにもそれは「他のメンバーが手を上げないから自分も手を上げない」といったネガティブな感情を感じることも無かった。「おふくろのメシよりこっちのメシの方が美味いからなぁ」と、1人のメンバーが声を上げるとその場が一気に笑いに包まれた。

 俺もギルドメンバー達に混ざってクスクスを笑みを零していると、ザックが鍵を指差しながら俺に声をかけてきた。


「ところでユウキよぅ、この鍵、使うアテが無ぇなら俺にくれねぇか?」


「いいけど、ザックお前、さっき使わないって言ったじゃないか」


 俺の質問に彼はどこか気恥ずかしそうに頬をかいた。「それはもちろんよ。ただ、な……」と言葉を続けるザックだったが、それ以上の言葉は中々出てこなかった。言いたくないなら、俺は無理に聞くつもりも無かった。抜け駆けをして知らぬ間に1人で鍵を使うような男でも無いだろうから。


「いや、鍵を手に入れたのはユウキおめぇだ、ちゃんと説明しなくちゃあな」


 どうやら決心は決まったようで、彼は鍵を手に取り、それを眺めながら話し始めた。


「この間よぉ、アイテムの買出しに始まりの街へ行ったんだ。あそこは物価も安いからな。昼間、通りを歩いてるとよ、道の隅でガキがひとり泣いてんだよ。俺にはどうもできねぇ、その時はそう思って構わなかったんだが……夕方、帰りに同じ道を通ると、そのガキまだ泣いてやがんだ。我慢できなくなって話を聞くと『帰りたい、お母さんに会いたい』だとさ。この数ヶ月、あのガキ、ずっと泣いてんのかと思ってな……」


 それ以上、彼の言葉は続かなかったが、言いたいことはよく分かった。つまり、鍵をその子供に使ってあげたいと。ヤンキーのような顔のわりに優しい男だ。「分かった」と俺は小さく頷き、鍵は彼に預けた。


「ありがとよ、んじゃ、ちょっくら始まりの街まで行ってくるぜ」


 酒場の扉を開けて、外へ出て行く彼の姿を見送り、続いて俺とモモもザックのギルドメンバー達に軽く挨拶をして酒場を後にした。


 酒場から宿屋までの数メートル、隣を歩くモモはフンフフーンと鼻歌をうたいながら上機嫌だ。


「どうした? モモ、機嫌いいな」


「うん、ザックさん優しいんだなーって。かっこよく見えちゃった」


 泣いている子供のために鍵を使う、その選択は間違ってはいない。初めて彼とダンジョンで会った時もそうだが、お節介なやつだ。ただ、たった1人の子供に鍵を恵んでやるのは、単なる自己満足でしかない。他にも現実に帰りたがっている子供は大勢いるのだろうから。

 そこで、もし彼に「子供達全員に配れるだけの鍵を見つけるつもりか?」とでも聞いてみたら彼は迷うことなく「おうよ」とでも応えるのだろう。それだけ彼はお人よしなんだ。


「その鍵を苦労して手に入れたのは俺なんだけどなー……」


 モモがザックのことばかり持ち上げるので、俺は少し拗ねてみた。しかし、彼女はそんな俺に追い討ちをかけるように口を開く。


「そのユウキ君を助けてあげたのは私なんだよねー?」


 ぐっ、と。言葉が出なかった。思わず「まいったな」と苦笑いを浮かべると彼女もあはは!と楽しそうに笑みを浮かべる。モモに褒められたザックへの嫉妬はまだ心のどこかにあったものの、彼女の笑顔を見て満足できた気がする。なんていったって、彼女のこの笑顔を見ていられるのはこの瞬間で俺ひとりだけなのだがら。



 そして、それから数日後。現実、の世界に大きなニュースが報道される。『新作VRゲームによる意識不明の少年ひとりが目を覚ます』という内容のニュースだった。このニュースはゲーム世界の各街の各掲示板にも大きく掲載され、プレイヤー達に現実に戻れるという希望を与えることになった。


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