ピラミッド 第1フロア
ザックからのメッセージで、砂漠の遺跡についての調査報告が送られてきたのは、俺が《修練所》を訪れてから、だいたい2日後の夜のことだった。
『よぅ、ユウキ。いくつか怪しいダンジョンが見つかったぜ。まず最有力なのが、砂漠のシンボルっつってもいいピラミッドだな。正規の功略ダンジョンじゃねえからな、推奨レベルもわからねえ。準備を万端にして挑むからよ、お前も準備をしといてくれや』
ピラミッドはこの街の中からでもその頂点が見えるほど巨大だ。「何かある」そう思わせる迫力と同時に、推奨レベルが不明という、プレイヤーを寄せ付けない威圧感も放っていた。
推奨レベル不明、これはこの世界の仕様では命に関わる一番重要な情報が隠されているのということ、現に、俺が始めて潜った始まりの森はレベルに合わない強敵の出現で死者が出た。
だからこそ、ザックは「準備を万端」にして「数人がかり」で挑もうというのだろう。
「悪いな、依頼された仕事はここまでだ」
俺は、ピラミッドに一人で挑むつもりでいた。言い訳のように聞こえてしまうかもしれないが、ザックから頼まれたのは「道中の護衛」。街に到着してしまったら、俺の仕事は終わりのはずだ。
だからといって、自分勝手に遊びまわるつもりはない。《メルン》を出て、ザックやその仲間達との道中は辛くもあったが、同時に楽しかった。だからこそ、そんな大事な仲間達をピラミッドのような危ない場所に潜らせたくはなかった。
そして翌日の明朝。空はまだ朝焼け、太陽が昇り始めたばかりの頃、俺は荷物をまとめて宿屋を後にした。
宿屋の扉を開けて外に出ると、日が昇り始めて間もないからか、空気はひんやりと冷たかった。朝日がまぶしい、手をかざして日の光を遮り、最後にザック達がまだ眠っているであろう宿屋へ振り返り、そして歩き出した。
ピラミッドは南に向かって大通りを歩き、街を出てからいくつか砂丘を越えなければならないようだ。いくら高い砂丘を前にしても、その奥のピラミッドは姿を隠すことは無く、侵入者を入る前から威圧しているようだった。
街の大通りを抜け、街を後にし、砂漠の砂を踏みしめて歩くこと約1時間。その圧倒的に巨大な建造物、ピラミッドは姿を表した。
俺の中での巨大な建造物といえば、中学の修学旅行で行った東京で見たスカイツリーが一番だったのだが、高さは及ばないにしてもその面積から迫力に至るまで、圧倒的にピラミッドの方が巨大さを感じさせていた。
ピラミッドの入り口、エジプト文字のような模様が刻まれた砂岩で作られた門は固く閉ざされ、とても人力では開きそうにない、とりあえず触れるだけ触れてみようと門の中央を、片手で軽く押した時だった。
「意志無き者は早々に立ち去るが良い……!」
どこからか、低く、低音で機械のような声で聞こえたナレーションボイス、そしてその言葉が終わると、扉に触れていた手の部分にウィンドウが表示され、テキストには『ピラミッドに挑戦しますか?』の文字、指で、ウィンドウに表示された『はい』のボタンと叩くと、ピラミッドの門はゴゴゴゴ……と地鳴りを響かせてゆっくりと開いていった。
「意志ならある、俺は……負けない!」
背中の剣を鞘から抜き、いつでも戦闘に入れるように構え、臨戦態勢のまま、俺は扉を潜ってピラミッドの中へと入っていった。
ピラミッドの中は薄暗い通路が続き、気をつけていないと足元の石と石の間に足をとられて躓いてしまいそうだ。どこまでも続くように思える薄暗い通路。一歩、また一歩と足を進めるうちに、大きな広間のような部屋へと出た。部屋へ出ると、壁際に置かれた松明が一気にボッと火を灯し、部屋の中が視界には困らない程度に明るくなった。
四隅を装飾のされた柱に支えられ、(何かはわからないが)動物のような絵が壁や天井に描かれ、少し不気味だ。
「これは、どう考えても……」
その続きを口にするより前に、部屋の中央付近に黒い霧の渦のようなエフェクトが発生し、くすんだ黄金の鎧を身に着けたガイコツの兵士が現れた。それも1体ではない、いち、に、さん……全部で5体だ。
「ヒホウ、ヲ……ネラウモノニ、バツ、ヲ……」
カランコロンと、骨の音を響かせながら歩み寄ってくるガイコツの兵士達、頭の上のアイコンには《秘宝の守護兵》と表示がされている。レベルの表示は…40だ。
今までの俺なら戦力的な不利もあって、おそらく逃げ出していただろう。でも、今の俺には彼女から貰った剣と力がある。この程度の敵に逃げはしない。
「金銀財宝はいらない、でも、どうしても欲しいものがあるかもしれないんだ!!」
剣を握り締め、駆け出した。振り上げた剣で切りかかるも、盾を持ったガイコツに弾かれてしまった。それなら、と体を回転させて盾を力いっぱいに蹴り飛ばした。背後の槍持ちの兵士と一緒に後方に飛ばされるガイコツ達、ガチャガチャともみ合っている今のうちに何とか数を減らしておきたい。
「カカカッ!! 死ネ!」
今、俺の近くには盾持ちが1、槍持ちが2だ。両サイドから槍を突き立て、突進してくるガイコツ。
「《護りの緑(イージス オブ ターコイズ)》!!」
数秒間、絶対防御の障壁を展開させるスキル《護りの緑》を発動させ、ガイコツの槍は両方とも、ガキンッと音を立てて弾き飛ばされた。このスキルは一時的に無敵になれる強力なスキルだが、乱発はできない、チャージ時間といって再び発動できるようになるまで時間がかかるのだ。
つまり、再び同時攻撃をしかけられるとキツイ。なんとかガイコツの一匹でも仕留めておきたい。
「だぁぁぁぁあああッ!! 《連撃の影 (ラッシュシャドウ)》!!」
《連撃の影》このスキルは一般的な片手剣の熟練度によって取得できるスキルだ。実体化した影を見にまとい、自分の動きに合わせて、ワンテンポ遅れて同じ動きをする。つまり普通に敵を切ったとすれば、0.5秒程後に影が同じ様に切りつけ、2連撃となる。
そのスキルを発動させ、いち、に、さん、よん。と流れるようにしてガイコツを4回切りつけた。影の連撃も合わさって合計8連撃。体中を切り裂かれたガイコツはパァッンッと、弾けるように光の粒となって消えていった。まずは一匹だ。
背後では、ようやく態勢を立て直したガイコツ達がカチャカチャと鎧を鳴らしながら盾持ちは前に、槍持ちは後方に立ち、迎撃の準備を整えている。
「まだ4匹もいるのか、これは骨が折れそう、だ!」
まだ《連撃の影》の効果は継続している。剣士の武器であるスピードを生かし、一気に盾持ちへと距離を詰め、迎撃に盾の間から出てくる槍を剣で弾き、発揮できる最高のスピードで何度も何度も盾を切りつけた。
もはや殴りつけるに等しいかもしれないが、それでも影の連撃と合わさり、ガガガガッと凄まじい速度での連撃に、とうとう盾はバキッと音を立てて壊れ、光の粒となり消えていった。
あとは簡単だ、盾が無い以上こちらの攻撃を防ぐ術はガイコツ達には残されていない。スピードを緩めないまま、ガイコツ達の懐に飛び込み、繰り返し剣で切りつけた。
「《月下一閃》……!!」
連撃の効果時間を確認し、残り数秒となったところで、大きく後ろにジャンプ。距離をとり、剣を下段に構え。そして突き抜けた。ガイコツ達の間を影とともに一瞬で貫き、影が消えると同時に剣を鞘に収める。すると、背後ではガイコツ達が弾けるようにして光の粒になって消えていった。
「とりあえず、クリアかな」
何か無いかと部屋の中を確認するが、何も無い。それもそうか、ひとつめの部屋でお宝に出会えるならこんな立派なピラミッドなど造る必要は無い。もっと最深部に行かなければお宝には出会えないということだ。
「ふぅ……」と、一息つくように息を吐き出し、俺は更なる最深部へ向かって歩き出した。




