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修練所

「あのー、熟練度のスキルをとりたいんですけど……」


 砂漠の街、《ジャンナ》の裏路地に店を構える《修練所》。酒場のような造りの店の中、カウンターの椅子に腰を下ろして店主らしきガタイの良い老兵に声をかけるが、反応は無い。


「あのー……」


「ご注文は」


「はい?」


 なんだ、この、いかにもドラマにありそうな『気難しい店主が1人で経営している隠れた名店』感は。たかがNPCにここまでこだわらせる必要があったのだろうか。ともあれ、どうやら何か注文しないといけないらしい。注文をして熟練度スキルが手に入るなら、それでもいいか。


「ええっと、ホットミルク」


 俺を注文を聞いたマスターは、手早くホットミルクをアイテム欄からオブジェクト(実体)化させ、何故か離れていったかと思えばカウンターの上を滑らすようにしてホットミルクの入ったコップを俺の目の前に置いた。


 はたしてその演出は必要あるのだろうか。

 まあ、ともあれこれで熟練度スキルを確認できるのだろう、ホットミルクのコップを手にとり、口をつけると目の前に特殊なウィンドウが表示された。『熟練度ウィンドウ』と表示されている。


 熟練度

Name:ユウキ

Level:48

Job :剣士


Weapon:片手剣

Weapon Level:400/1000

Skill 1:――――


 スキルの欄にはまだ何も表示がされていなかった。それもそうだ、まだスキルも何も取っていないのだから。

 ウィンドウに指をかかげると、その枠が淡く光を放ち、横にスライドすると新たにウィンドウが現れ『片手剣 取得可能スキル』とテキストには書かれていた。いくつも技名のような難しい言葉が並んでいる、どうやらこの一覧が片手剣で取得可能な技らしい。ただ、技によっては文字が黒で表示されており、まだ取得することができないようになっている、このあたりはまだ熟練度が足りないのだろう。


「ん? なんだこれ? ……」


 ウィンドウの一覧の中の最も下、下の方はまだ熟練度が足りないらしく取得不可になっている技が多かったため、気にしていなかったのがだ、「見るだけ見てみるか」と、一番下までウィンドウをスライドさせると、ひとつだけ光っている、つまり取得可能なスキルがあった。


「《深緑の英雄》……」


 他の取得可能スキルと違って、薄い緑色に光るそれは、名前を《深緑の英雄ヒーローズ グリーン》。性能は、基礎ステータスの大幅上昇、スキル《護りの緑(イージス オブ ターコイズ)》の追加取得、と、言ってみればチートクラスの大規模スキルだった。


 なんでこんなスキルが、一瞬、そんな考えで頭の中がぐちぐちゃになったものの、スキルの説明欄を見て納得した『取得条件 《ブレイブターコイズ》の所持』。なるほど、宝石柄ジュエルシリーズがワンオフの超強力武器と言われる所以は、きっとこれなのかもしれない。


「ありがとう、アリーシャ……。この力で、俺はこの世界を終わらせてみせるよ」


 まさか、彼女が残した剣がここまでのものだとは思わなかった。一度、グッと手を強く握り締め、スキル《英雄の緑》を取得、スキルの第一スロットへとセットした。セットが完了すると、自分の体が光を放ち始め、ステータスが上昇していくのがわかった。


「す、すげぇ……なんだ、これ」


 ステータスを確認してみると、数値はとんでもないことになっていた。


《体力》700

《魔力》500

《精神力》600

《パワー》600

《ディフェンス》600

《スピード》800


 ちなみに、各数値の上限は1000だ。もはやチートの領域だが、数値がバグっているわけでは無いようだ。ちなみに、どれくらい能力が上がっているかというと、スキルのセット前のスタータスは全体的にこの数値の半分以下だった。

 これなら、この世界でも存分に戦える。それこそ、まさに《英雄》のように。


「ありがとうございます、それじゃあ、俺はこれで」


 ホットミルクの代金を置いて、俺は席を立った。新しい力を手に入れたことだ。試しにフィールドへ狩りにでも出かけようか。一瞬そう思ったものの、《修練所》を出ると、すっかり日が傾いていた。そんなに長居をしたつもりはないのだけれど。


 これは素直に宿屋に戻った方が良さそうだ、夜中にフィールドに出歩いてザック達に心配をかけるのも申し訳ない。日が傾き始め、だんだんと冷えてきた空気に、アイテム欄から《ベアマフラー》を取り出して首に巻きつけた。




「まいったな……」


 部屋に戻るとちょっとした問題が起こっていた。俺は思わずどうしたものかと顔に手をあてた。

 というのも、部屋割りの都合上、俺は個室を貰っていたのだが、同じく個室を貰っているメンバーがもうひとり。そう、女子であるモモだ。その彼女が何を間違えたのだろうか俺の部屋のベッドですやすやと眠りこけていた。彼女の部屋を確認するとちゃんと鍵はかかっている。


 おおかた、寝ぼけて起き出し、部屋を出たのはいいが、間違えてひとつ隣の俺の部屋に入ってきたのだろう。俺は部屋に荷物を残さない派だから不在時に鍵もかけてはいないし。


「おい、モモ、起きろ。起きろってば、ここは俺の部屋だぞ?」


 自分の部屋を占領されたからといって、代わりに彼女の部屋を使わせてもらうことなんてできるはずもない。

 女の子の部屋に本人の許可無く入るなんて、俺のプライドが許さなかった。


 なんとか起きて戻ってもらわないと、今夜の俺の寝床は廊下になってしまう。いや、もしくはザックの部屋に泊めてもらうか……。そこまで考えて俺は頭をブンブンと横に何度も振った。冗談じゃない、誰が好きこのんで男と一緒のベッドで寝なくちゃいけないんだ。それならまだ廊下でいい。


 それにしても、起きない。さっきから静かに寝息をたてたまま微動だにしない。何回も肩をゆすってみたが効果は無いに等しかった。これは諦めて廊下で寝るしかなさそうだ。そう覚悟を決めて部屋を後にしようとした時、


「お母さん……お母、さんッ」


 夢でも見ているのだろうか、モモの口から。静かに、それでも確かに「お母さん」と聞こえた。再び歩み寄り、顔を覗き込むと、瞳にはうっすらと涙も浮かんでいる。


「そうだよな。帰りたいよな……」


 彼女はきっと、現実では母親と仲の良い、素敵な親子だったのだろう。それがゲームの中に囚われて、会えないまま数ヶ月。普段はあんなに明るく振舞っていても、きっと寂しかったのだろう。

 彼女の体にかかったシーツを肩までかけなおしてやり、再びベッドを後にすると、今度は廊下ではなく、部屋の椅子に腰掛けた。夢の中とはいえ、泣いている女の子を1人放っておくわけにはいかなかった。だからといって、それをいい訳に一緒のベッドで寝ようとするなんて、俺にはとてもじゃないができそうにない。


「起きた時、ひとりじゃきっと寂しいもんな」


 母親の夢を見て、きっとさみしいのだろう。そこで目を覚まして、またひとりだったら余計に寂しくなってしまう。せめて、ベッドを占領されて困ってはいるが、笑顔で「おはよう」と言ってあげよう。

 それまでは、今日新しく手に入れたスキルや能力でも確認して過ごすことにしよう。下現実でゲームをするために徹夜をすることはあったが、まさかゲームの中でも徹夜することになるとは思ってもいなかった。「ふぅ……」と苦笑いを浮かべながら小さく息を吐き出し、ウィンドウを開く。真っ先に目に入ってきたのは、今日手に入れたスキルの称号《深緑の英雄》。

 この称号が相応しいとアリーシャに思ってもらえるようなプレイヤーになろう、そしてこの世界を終わらせる。宿屋の部屋から見える星空を眺めながら、俺は改めてそう誓った。



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