砂漠の街《ジャンナ》
《スラバ砂漠》、巨大な砂丘が山のようにそびえ、昼間は灼熱の太陽と熱気が、夜は見も凍るような冷気が支配するフィールドの中心部、透明な水を湛えたオアシスを中心に、大きな街が拡がっていた。
名前を、砂の街。四角く、平らな屋根が特徴の高くても3階立て程度の建物が密集するように造られた街並みは、その構造ゆえに路地がひじょうに多い。
街の名前だが、ザックが言うには、意味はどこかの国の言葉で《楽園》だそうだ。俺はあまり世界史とか世界情勢とかに疎いから、詳しくはわからない。ただ、灼熱の砂漠の中にあっても、湧き水のように冷たい水を湛えるオアシスを囲った街は、確かに楽園のごとく居心地は良かった。
「すっかり賑やかになったなぁ……」
この街に到着したのが数日前。ザックの操作により、街の《転移門》が有効化され、今まで始まりの街や農業の町を拠点にしていたプレイヤー達も次々と《ジャンナ》へ流れ込んできた。
この世界で、冒険者はロスト、つまり失われた過去の技術を駆使して生きていく、という設定があり、この《転移門》もその機能の一つらしい。新たにプレイヤーが踏破した街の《転移門》を有効化することにより、街と街の移動が一瞬でできるようになる。
なんとも便利な機能ではあるのだが、例えば始まりの街で過ごしてきたプレイヤーが砂漠の町に訪れ、同じ感覚でフィールドに出ようものなら一撃でやられてしまうのは目に見えている。
レベルに差があるということだけは周知しておかなければいけない。
「数日歩いてようやく辿りついたってのに、有効化しちまえば一瞬だからな」
新たな街の有効化は、鍵を探しにダンジョンへ挑むプレイヤーの橋渡し的な意味では大きな功績だ、他のプレイヤーが移動する手間を省けるのだから。しかし、オアシスに隣接した街の広場、俺の隣で転移門を眺めるザックはどこか不満そうだった。
「なんだかよぅ、こっちの努力を忘れてるんじゃねぇかって思っちまうんだよなぁ」
まあ、ザックが言っていることはわからなくもない。何日もかけてフィールドを歩き続けて、時にはモンスターと戦い、灼熱の太陽に身を焼かれながら、なんとか辿りついた街なのだ。それを他のプレイヤーは有効化された光の門に飛び込むだけの「一瞬」で移動ができる。確かに、豊かなボランティア精神が無ければ、喜びだけに浸っていることなんてできないのかもしれない。
「まぁ、でも。俺はザック達と冒険できて楽しかった、かな……」
頭に浮かぶのは、道中で励ましあい、共に戦い、苦楽を共にしてきた仲間。
共に歩いてきた時間は、他のプレイヤー達には味わえない特別な経験、そんな気がする。
キャラじゃないな、俺は自分でそう思いながら苦笑いを浮かべ、照れ隠しに頬をかいた。
「ずいぶん丸くなったじゃねぇか? 剣士様よぅ」
意地の悪いザックはそんな俺を見てみぬフリはしてくれなかった。このこの、と片肘で俺の胸をつついてくる。正直うっとうしい。
でも、確かにソロで無我夢中になって戦闘を繰り返していた時よりは、いくらか心に余裕もできたような気がする。
「それで、何日かはこの街にいるんだろ?」
話題を切り替えるように俺が問いかけると、「あぁ」と短い返事をしてザックが頷いた。
「遺跡っつってもひとつやふたつじゃねぇからな、少し調べてから突入といこう。そのあたりの調査は遠征組だった俺らとは別のメンバーにしてもらってる。俺達はちっとばかし待機だ」
「そっか、じゃあ何か進展があったらメッセージ頼む」
「おう」と返事をするザックに背を向けて、俺は街の中央道へ歩き出した。
この街、《ジャンナ》にある設備は、基本的に普通の街と一緒だ。始まりの街にあったような宿屋、道具屋、武器屋に防具屋、酒場と、あとは露店がちらほらと道の両端に並んでいる。
今回は、始まりの街には無かった《修練所》という施設を探していた。
「無いな、どこにあるんだよ……」
見た限り、大通りにはそれらしい建物は無かった。となると裏路地になるのだろうけれど、この街は建物が密集した造りになっているため、裏路地はまるで迷路、くもの巣のようになっている。あまり記憶力が良いとは言えない俺は、あまり裏路地に足を踏み入れようとはしなかった。迷うのは火を見るより明らかだ。
「はぁ、でも行かなくちゃなぁ」
そこまでして《修練所》を探すのには理由があった。このゲームの仕様には、自分のステータスに影響を与える要素として《レベル》《職業》《スキルポイント》の3種類があるのだが、もうひとつの要素として《熟練度》というものが存在する。
これは、片手剣なら片手剣。同一種類の武器を使い続けることによって、その武器種の《熟練度》が上がっていき、固有の技を覚えたり此方でもステータスの上昇を付与できたりする。
ただ、そのためには《修練所》にて所得可能技やステータス上昇の選択をしなくてはならない。だが、肝心のその施設がどこにあるのかがサッパリだ。
裏路地は建物の窓が締め切られ、日の光もほとんど射さず薄暗い。無造作に積み上げられた荷物や、建物と建物の間に渡されたロープには洗濯物が下げられている。建物と建物の間のわずかな隙間に、チューチューと鼠が駆け込んでいくのが見えた。
「うわッ! てて……ごめん、大丈夫?」
地図ウィンドウとにらめっこしながら路地を歩いていると、曲がり角で誰かとぶつかって、派手に尻餅をついてしまった。現実の世界で歩きスマホや自転車をこぎながらのスマホが注意される理由が良く分かった。確かにこれは危ない。
「こちらこそ悪い、アタシは大丈夫だから気にしないでよ」
そう言って尻餅をついてしまった俺に手を差し出したのは女の子のプレイヤーだった。ツンツンとしたショートの真っ赤な髪にブルーのツリ目。服装は軽装でお腹周りを露出しているが、腰の双剣はなかなかレア度が高そうだ。
「ありがと、ところで君はどうしてこんな路地に?」
ぶつかっておいて失礼とも思われるかもしれないが、さっきから路地を歩く中でプレイヤーと出くわしたことは無かった。突然プレイヤーと遭遇するなんて、もしや窃盗目的のプレイヤーか?
そんなことを考えていると答えは彼女の方から出てきた。
「アタシは《修練所》さ、多分アンタもだろ? ほら、この道をまっすぐ行ってすぐだ」
そういって少女は自分が出てきた道の奥を指差した。曲がり角から身を乗り出し、道の奥を確認すると、確かにあった。街の施設を意味するアイコンと、入り口の前に中に入れることを示す光のサークルが。
「やっと見つけた……。教えてくれてありがと、俺はユウキ。君は?」
お目当ての施設を見つけられたことに小さく安堵のため息を漏らす。もし、この角を曲がらず直進していたら、発見はもっと遅れたかもしれない。そういう意味では彼女とぶつかってよかった。
せっかくなので自己紹介、自分の名前を名乗って握手を求めるように手を差し出した。
「アタシはレットってんだ。よろしくな」
俺が差し出した手とは別に彼女は手を頭の上に掲げた、その意味を理解した俺は、差し出した手を一旦引っ込め、彼女の掲げた手にパンッとハイタッチをした。
「じゃあな!」
颯爽と駆けていく彼女の後姿を見送り、さっきレットから教えてもらった《修練所》へと足を進め、その扉を開けて中に入った。中の様子は酒場のようにも見えるが、やはり締め切った窓からは少しの光が漏れてくるだけで、薄暗い。
カウンター席の中には、やたら強そうなガタイの良い老兵のNPCが椅子に揺られながら、口にくわえた煙草から煙をたてていた。




