《クラッシャー》
「へぇ、これがメンバーか……」
この世界に閉じ込められてから、もうすぐ二ヶ月が経つ。次第にこの世界に、他のプレイヤーも慣れてきているようだった。
ザックが、彼のギルドメンバーを中心に集めた面々は、レベルが平均して30半ば、装備もしっかり整っている。俺から見た限りの印象では不満な点は無かった。不満な点は。
「ユウキくん! これからしばらくは一緒だね!」
不満は無いのだが、彼女、ギルド外から参加した唯一の女子、モモの戦闘力がどの程度なのか、それが一番大きな不安だった。そして、当の本人は可愛らしくニコニコと機嫌よくえへへ、と笑みを浮かべていた。
「んじゃ、出発すっぞー、はぐれないよう1人になるなよ、いいなー?」
ザックが出発の合図を出すと同時に、各々、数人づつ固まりながら歩き始めた。ただ、1人になるなと言われても、彼のギルドメンバーとは今日はじめて顔を合わせたんだ、どんな話をすればいいのか、《勇気の剣士》だなんて持ち上げられたら、それこそどう対処すればいいかわからない。
そんなとき、唯一の女子ということでギルドメンバー達に囲まれていたモモが、その輪を抜けてタタタッと此方に駆け寄ってきて、そのまま俺の隣を歩き始めた。
「ユウキ君、お友達作るの苦手?」
「うッ……」
不思議そうに顔を覗き込みながら、モモが一言。その一言はまるで、俺に友達がいない。そう言われているようで、グサッと胸に突き刺さった。
いいんだ、いいんだ。俺は友達が作れないわけじゃない、わざと1人でいるだけで友達くらいその気になればひとりやふたり……。
そう自分に言い聞かせていても、無邪気故に直球な言葉に、ハハハ、と返す笑みは引きつっていた。
「と、ところでモモ。レベルは大丈夫そうだけど、ちゃんと戦えるの?」
話題を変えようと、メニューウィンドウを開き、周囲のプレイヤーリストの中からモモを選択すると、そのステータスがいくつか表示された。
レベルは32、出会った時が確か20と少しだったはずだから、彼女なりに努力したのだろう。
「ええっと、武器は……」
「じゃーん! どう?」
彼女の武器を確認しようとした時のこと、まるで自慢をするように背負っていた武器を構え、空中でブンブンッと振り回してみせた。これならバッチリ戦える、といわんばかりだ。
「《アイアンスタンプ》か、クセのある武器だけど大丈夫?」
「もっちろん、ちゃんとハンマーの特訓もしたんだから!」
彼女が自慢げに振り回す武器、《アイアンスタンプ》は両手持ちの巨大なハンマーだ。スピード、防御には向いていないものの、その破壊力は凄まじい。
ハンマーのような大型武器は《パワー》の値が高くないと持てないのだが、彼女はどれくらいなのだろう、そう思って確認してみると、なんと《パワー》の値は俺の2倍近くの数字になっていた、その代わり他の数値は初期数値からあまり変っていない。
絵に描いたような脳筋型だった。
ただ、装備はしっかりと整えているようだ。これなら、なんとか戦えるだろう。
「昨日ね、ようやく《クラッシャー》に転職したの!」
嬉しそうに彼女が語る《クラッシャー》はハンマーを専門に扱う職業だ、スピードや防御力を犠牲にする分、武器を生かした高い攻撃力でメインのアタッカーはもちろん、鉱物や鎧を着た敵に対して有効だ。
俺はと言えば、ゲームを開始してから片手剣以外の武器を握っていない、そのため職業に悩むことも無く、《剣士》で職業は固定していた。特色はといえばバランスのとれた遊撃手といったところだろう。ただ、俺の場合は武器補正のおかげで主力アタッカー級だが。
楽しそうに、俺と別れてからのレベル上げの話をするモモに相槌をうちつつ歩き続け、ふと振り返ると、いつの間にか農業の町は遥か彼方、そして地平線から消えていった。
それからしばらく、数時間も歩くと周囲の風景は様変わり。とっくの前に終わった麦畑から、今度はところどころの地面から岩石が露出した無骨な風景へと変化していた。
「おーっと……前方に《ロックエイプ》だ……」
ふと、ザックが片手を上げてメンバーを制止する、そしてもう片手で腰を下ろすようにとジェスチャーを出した。それに従い、腰を下ろして彼の側まで行き確認をすると、前方にゴリラの石像のようなモンスターが3匹。俺は見たことのないモンスターだったが、さすが情報に強い彼だけあってモンスターの名前はアイコンの表示外からでもわかったようだ。
「どうする? そこまで強くないなら戦っても……」
今回のメンバーのリーダーかザック彼だ、どうするのか、指示を聞こうとした時のこと。
「でりゃぁぁぁああああッ!!」
武器を構えて突っ込んでいったのはモモだった。「おい馬鹿!」とザックの制止も間に合わず、体の後ろで構えたハンマーを彼女はフルスイング。「ギィ?」と振り向いた石像ゴリラの胴体を捉えると、その体を粉々に粉砕した。
ただ、問題は残りの2匹、仲間がやられたことに気が付き、振り返った仲間のモンスターが彼女を挟むように分かれて距離を詰めてきた。
「まったく……!」
なんて無茶苦茶な女の子なんだ。俺は大きくため息をついて鞘から剣を抜き、彼女を助けるために走り出した。
ブンッと空を切るハンマーの音、気付かれていない状態なら当てることは容易かもしれないが、既に彼女を察知したゴリラは後ろに飛び跳ねてハンマーの攻撃を回避した。
「ギィィィイイッ!!」
ハンマーの空振り後の隙を逃すまいと腕を振り上げてモモの背後に襲い掛かるゴリラ、なんとかその間に飛び込んだ俺だが、相手は全身が石でできた鉱物モンスター、はたして斬撃が効くのかどうか……。表情を曇らせながらとにかく彼女を庇おうと防御の姿勢をとった時だった、
「ユウキ! 間接を狙え!!」
ザックの叫び声が聞こえ、俺はとっさに手にした剣でゴリラの腕の関節部分を切りつけた。
すると、まるで石材とは思えないほどにすんなりと斬撃が効き、その腕を切り落とした。
「ユウキ君!? はぁッ……せいッ!!」
ピンチを救ってくれた俺に彼女は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
切断された腕をよく見ると、どうやら間接部分は石ではなく粘土になっているようだった。そして、腕を切断され、もだえるゴリラを、体勢を立て直したモモのハンマーが頭から叩き潰した。
「ギィィィィィイイイッ!!」
一方で、もう一匹のゴリラは斬撃でダメージを与えるのが難しいということで、ザックのギルドメンバーが魔法で攻撃。火の玉の魔法を食らったゴリラはその場に倒れ込み、光の粒となって消えていった。
一安心、といったところか。ふぅ、と小さくため息をついて剣を背中に収め、1人無謀に突っ込んでいったモモへと顔を向けた。
「無茶するんじゃない! 死んでたかもしれないんだぞ!」
「ご、ごめんなさい……。」
自分もちゃんと戦えるところを見せたかったのだろうか、その気持ちはわからないでもないが、一人で突っ込むのは無謀すぎる。声を荒げる俺に、彼女は申し訳なさそうに身をすくめる。
「まぁいいじゃねぇか、《勇気の剣士》様のおかげで無事だったんだからよッ」
俺をなだめる様にザックがポンッと肩をたたき、他のメンバー達を連れ再び歩き出した。
「うん、《勇気の剣士》様のおかげ! ごめんなさい、それから……ありがとッ!」
相変わらず人をふざけた通り名で呼ぶザックに俺がしかめっ面をしていると、目の前のモモがハンマーを背中に背負い、両手を握って、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。そして、少し間此方を見つめていたかと思うと、不意に「チュッ」と、彼女の顔がひと際迫り、俺の頬に柔らかな何かが……。
何が起こったのかわからず、俺は顔を真っ赤に染める。彼女が離れた後も、俺は彼女の「唇」が触れた頬を押さえながら「な、な、な!?」と立ち尽くしていた。




