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勇気の剣士

「おいおい、なんだよこりゃ」


「すげぇ……こんな奴がいるのかよ」


 その日、農業のメルンにはいつもの穏やかな空気が一変、賑やかな人々の話し声で溢れていた。その話題というのは、町の掲示板に貼り付けられた一枚の記事。その記事を見てひとり、またひとりと足を止め、いつしかちょっとした集会のようになっていた。


 そして、新たに近くを通ったとある一人の青年が立ち止まり、記事に目を向けた。


「なになに……。『驚愕!! Lv30ダンジョン最深部、《ベアズマザー》をたった一人で圧倒する《勇気の剣士》!! 《夢破りの鍵》入手の最有力候補』、か。ハハハ、こりゃすげえ。コイツなら確かにさっさと鍵を手に入れてくれるかもな」


 ゲームの中に閉じ込められてからというもの、明るい話題に飢えていたプレイヤー達に、その《剣士》はまさしく英雄のような存在だった。自分達を現実に還してくれるかもしれない、その希望を一身に受けた。


「な、なんだ、これ」


 ただ一人、穏やかなプレイヤー達の中で一人だけ、記事を指差して苦笑いを浮かべているプレイヤーがいた。キャラクターアイコンの横に表示された名前は《ユウキ》。《勇気の剣士》本人だった。


(なんなんだ、しかもスクリーンショット付きで! 誰、が……)


 いったい誰がこんなことを、そう思った瞬間、心当たりがひとつだけ思い浮かんだ。そう、自分がダンジョンの最深部で巨大クマを倒した時にそれを端から見ていた人物がいた。頭に浮かんだそのヤンキー顔を殴りたい衝動に駆られながら、そっと、周りに騒がれないように人ごみを後にした。



「ザーーーック!! お前なに考えてるんだよ! 嫌がらせか!?」


 遠くから走ってくるパトカーのサイレンが近づくにつれて大きくなってくるように、俺はとあるフレンドの男の名前を叫びながら酒場に駆け込んだ。そこには、いた。案の定、いつものようにコップに入った葡萄酒を揺らす強面の男性プレイヤーの姿が。


 ドカドカと足音鳴らしながら歩み寄ってくる俺の姿に気が付くと、まるで何か大事件でもあったのか、というように彼はわざとらしく驚いてみせた。


「おやおや、どうしたってぇんだよ、そんなに怖い顔して、《勇気の剣士》どの」


 知っている、コイツは明らかに知っている。というか話題にも出していないのに俺が言いたいことを既に彼は口にしている。間違いない、広場の掲示板の記事はコイツと見て間違いなさそうだった。


「それだよ! 誰が《勇気の剣士》だ! わけわかんねぇよ!」


 向かいの椅子にドカッと腰を下ろし、不機嫌オーラを放つ俺に対して、彼はどこまでも落ち着いていた。そして、この時の俺はそれが無性に気に食わなかった。


「いやぁ、宝石柄の剣を携えた凄腕の剣士が俺のギルドに同行してくれるってんだ、これを利用しない手はない」


「利用ったって、あの記事のどこがお前の利益になるんだよ……」


「既にメンバーを使って、《勇気の剣士》が俺のギルドと共に鍵を探すと噂を流してある」


 頭が痛かった。それと同時に猛烈な後悔に襲われる。やっぱり、コイツの話を聞いたのが間違いだった。いいように利用されただけだ、自分のギルドの評判を上げるため、正義のヒーローは広告塔にされたのだった。


「それで、効果はあったのか……?」


「既に何人か入隊希望が届いてる」


 そのドヤ顔に俺は「はぁーー……」と、うなだれながら大きくため息をついた。《勇気の剣士》一団、その響きに憧れるミーハーなプレイヤーが出てくるのも分からないわけではない。過去に経験したMMORPGでは有名プレイヤーに何かと関わりたがる人間も何人か見てきたのだから。


 確かに、俺はプレイヤーの平均レベルからみれば高いレベルかもしれない。でも、それだけだ。

 自己満足で一人ダンジョンに潜って、ボスを倒して。それが、ひょんなことから持ち上げられて一躍ヒーローだ。


「レベル上げしてくる……」


 どうしたもんかと悩んでいても答えなんて出てこない、英雄らしい振る舞いなんて考えた日には頭がどうにかなってしまいそうだ。確かに、この世界から脱出するために剣を振るっていることに違いは無い。でもそれは、俺と、俺のせいで犠牲になってしまった人のためであって、囚われた他のプレイヤーの希望を詰め込むスペースなんてもう空いていないのだ。


 重々しい腰を上げる俺に、ザックは相変わらず陽気に鼻歌交じりにコップを傾けるだけだった。




「でぇぇぇええええいッ!!」


 敵の攻撃をかわし、いち、に、さん、と剣を振って連撃を敵に叩き込んだ。光の粒となって消えていく巨大なネズミに、ふぅとため息をついて剣を鞘に収めた。


 ソロでの戦いは結構気を遣う。夢中になって体力残量を見落としでもしたら待っているのはゲームオーバーだ。それに、避けるべき敵もいる。敵側が集団ならまず戦うのは避けるべきだ、1対1で此方が優位に立てるのは、相手が単純なプログラムで此方が行動の把握をできるからだ。それが集団の相手だとそうもいかない。PTなら攻撃役は攻撃、回復役は回復、援護役なら援護に徹していれば集団相手でもどうにか戦える。それは仲間に自分の行動の一部を任せられるから、とてもソロでそれをしろと言われても無理がある。


「俺は俺のことで精一杯なんだよ……。まったく、余計なことしてくれたな」


 誰が聞いてるわけでもないが、思わず不満が口に出てしまった。


 《勇気の剣士》……。別に勇気溢れる行動なんてとった覚えは無い、あの時だって俺は出直そうと言ったザックの言葉を聞かなかった。それはたんなる無謀じゃないかと思うのだが。


「アリーシャ……。この呼び方は君の方がずっと似合ってるよ」


 再び剣を鞘から抜き、その柄にあしらわれた美しい宝石を眺めながら呟いた。


 自分がこの世界で見た中で、このブレイブターコイズの持ち主だった女性、アリーシャが一番勇敢だった。感じ取った危機に臆することなく、仲間を見捨てることなく。いざ危険に直面すれば自分が真っ先に先頭に立つ。怖くないはずが無いのに、彼女はどこまでも勇敢だった。


 片や俺はといえば、必至に強がって強さを手に入れようと無我夢中なただの一匹狼だ。どこがカッコイイのやら。


「帰る、か……」


 暮れる夕日の光と一緒に、一日の終わりを告げるようにひと際冷たい風が顔に吹き付けて髪をまき上げた。夜は視界が悪くなる、不意にモンスターの攻撃を受けてしまうようなことは避けたい。


 マフラーを鼻の頭までつまみあげ、両手をポケットに突っ込んで、風に靡く麦畑の中から町への帰路についた。



 町に到着すると、ピコーンという音と共にウィンドウが表示され、手紙マークのアイコンと共に『2通のメッセージがあります。』とテキストが表示された。差出人は、ザックと、もう一人は先日無理矢理にご飯を約束させられた女の子、モモからだ。


 きっと、一緒にご飯に行く日程でも決めたいのだろう。ただ、ザックのメッセージは題名にもある通り『砂漠遺跡効略』について、だ。もし近々出発するということならモモとはここでお別れになってしまう。申し訳ない気はするが、俺は一刻も早く鍵を手に入れたい。


 まず、ザックのメッセージを開くと、やはり近いうちに町を出発、砂漠へ向かう旨が記されていた。メンバーは、彼と彼のギルドから10名、そして俺と、一般プレイヤーから1人……。最後に、「一般参加の子はなんと女子だぜ!」と興奮気味な一文も追加されていた。


 女子、か。と少し戸惑うものの、メンバーは彼が査定して、無理なく戦えるメンバーを集めているはずだ。彼も男だ、色欲に飢えて実力不足の女の子を同行させるような真似はしないだろう。


「ホットミルクひとつ」


 ザックのメッセージを読み終え、露店で温かいミルクを買い、近場の椅子に腰を下ろした。


 あとは、モモからのメッセージだが、どうやって断ったものかとミルクを口にしながらウィンドウを開く。


「ブフッッッッ!!」


 ズズズ、とすすっていたミルクをウィンドウに向かって思い切り噴き出してしまった。というのも、食事のお誘いかと思っていたメッセージの文面は全く違っていたのだ。


『勇気の剣士様もといユウキ君!私も砂漠の遺跡に同行することになりました! まさかユウキ君が1人でダンジョンボスを倒しちゃうくらい強いなんてビックリしちゃった! 一緒にご飯は行けそうにないから、せめて一緒に戦おうと思って志願しました! 当日はよろしくね!』


 と、元気の良すぎるメッセージを俺は唖然として見つめていた。ウィンドウをつきぬけて地面に噴き出したミルクを気にする余裕も無く、『一般参加のプレイヤーは女子』と浮かれていたザックのメッセージを思い出した。それと同時に、彼女、モモの可憐な容姿から、さっき否定した色欲説が再び浮上。もしも彼女のレベルが不足しているようなら追い返そう、そしてザックを半殺しにしてやろう。そう硬く誓った。


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