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お宝

「で、わざわざ町に戻ってくる道中ずっと俺にくっついてた理由は何なんだ、ザック」


 酒場の中の窓際の席、淡い落ち着いた緑色の大きなテーブルクロスがかけられた席の向かいで、彼、ヤンキーめいた容姿の男、ザックはコップの中の葡萄酒を一気に煽った。


 本当は戦闘で疲れてるんだ、さっさと宿屋で休みたかった。にも関わらず、こうして酒場の席についているのは、この男が「一杯奢るからよ!いいだろ?」としつこく頼み込んでくるからだ。用件があるなら帰りの道中でも良かった気がするのだが、わざわざ酒場まで来て何の話がしたいというのだろうか。しかも、今日会ったばかりの俺に。


「あそこまで熱くなってソロでダンジョンに挑むたぁ、恐れ入ったよ。しかもボスまで一人で倒しちまう」


 人の手柄をまるで自分の手柄のように持ち前の声量でしゃべるザック、その、低音ながらも響きの良い声を酒場中に響かせながら、ハッハッハと笑ってみせた。酒場にいる他のプレイヤーは、そのザックの言葉に「ソロ?マジかよ、命知らずか」「まぐれ勝ちしたラッキーボーイだろ、どうせ」と、他のプレイヤーに話題を提供してやった彼はなぜだか満足そうだ。


「茶化したいだけなら俺は帰るぞ」


「まあまあ、落ち着きな英雄君。おとなしそうなお前さんのあんな姿、すげぇギャップだったぜ。そうとう元の世界に返りたてぇみたいだな」


 あんな顔、と言われて思い出したのは先に進むのを止められた時にザックの手を振り払った俺の姿だった、正直、かなりイライラしたのは覚えているが、どんな顔をしていたのだろう。思い返してみると我ながら短気すぎる。単騎で短気ってか、お後がよろしいようで。


 はぁ、と顔に手を当てながら、俺も口を開いた。


「帰りたいのはそうだけど、還してあげたい人がいるんだ」


 この話をするたびに俺の胸は鎖に締め上げられたように重く、痛くなる。だが、向き合わなくちゃいけない現実なんだ。そして罪滅ぼしなんだ。


「ほう、お前さん恋人でもいるのかい」


 恋人なんてそんな、違う違う。と苦笑いを浮かべようとした刹那、思い出したのは彼女がやられる前の晩、確かに感じた彼女の温もりと存在。毛布の中で握った彼女の手の感触を、温かさを、思い出してしまった。


「な、なんだっていいだろ、そんなの」


 思わず瞳に浮かんでしまった涙を誤魔化すように視線を逸らし、コートの袖でぐしぐしと目を拭うが、どうやら見透かされたようだ。さっきまでおちゃらけた様子のザックが、目を閉じて静かに追加の葡萄酒が入ったコップの中身を揺らしていた。


「まぁ、帰りたくないプレイヤーなんて、いるはずがねぇよな。俺だって同じさ」


「お前は、現実に恋人でもいるのか?」


 さっきのお返し、といわんばかりに恋人でもいるのかと詮索をしてみるが、「この顔だぜ?」と彼は自分のキャラクターの顔を指差してハッハッハと笑った。この顔、と言われたって自由に設定もできるんだから実際の顔は解らないが。


「……おふくろが、病気で入院してるんだ。その病院代は俺が出してたからな、戻って仕事をこなさなくちゃいけねぇ」


 人は見かけによらないということを強く感じた。見た目はヤンキー然とした、バイクにまたがって迷惑走行を繰り返していそうな彼だが、その口から出た言葉は母親を心配する、純粋な言葉だった。


「ザック……」


「と、身の上話はここまで。俺が話したかった話は別だ」


 俺のしんみりした顔を見て気が付いたように手を軽く振って話題を変える様に切り出した。


「おめぇ、みたところギルドにも入ってねぇみたいだな」


 ここまで話を引っ張っておいて、どこでもできるようなギルドの勧誘かと、はぁとため息をついた。確かに自分がギルドの団長なら、優秀なメンバーは多少強引にでもゲットしたいところだが。あいにく、誰かと一緒に剣を振るう気にはまだなれなかった。



「なんだよ、勧誘か? 俺はどこのギルドに入る気も無いぞ」


「そんなこたぁ、お見通しよ。むしろ、今どこにも入ってないなら好都合だ」


 考えていた言葉とは少し違った、どうやらギルドの勧誘ではないらしい。しかも、好都合と。


 わけがわからない、というようにポカンとした表情を浮かべる俺。一方、ザックは話を進めていく。


「最初に美人のねーちゃんが言ってたろ? なんだっけか、行動と結果がうんたらこうたら……」


 忘れるわけが無い、綺麗な責任者の女性から告げられた、この世界への収監命令を。


「で、先行の奴らや一部のアクティブな連中は躍起になってストーリーを進めてるわけだ。だがよ、俺も昔からゲームが好きでよくやってるから分かるんだが……。魔王の城の鍵が序盤のダンジョンにあると思うか?」


「それは……ないな」


 魔王の城の鍵、そう表現をしたが、彼が言いたいのは俺達が現実へ戻るために必要とされているアイテム《夢破りの鍵》のことだろう、確かにゲームの中の重要アイテムという点では同じかもしれない。


「だが、この世界には実際ストーリーなんて無いんだ、レベルの推奨があるダンジョンがあるだけでな。それを順番にこなすことがストーリーって言われてら」


「で、だ。俺のギルドに頭は悪いがカンの良いやつがいてな、こう言ったんだよ。『現実なら世界にストーリーなんて無い』ってな。聞いたときは一本とられたぜ」


 それを聞いて理解した、なるほど。確かに現実の世界には、今までの歴史という概念はあっても決められたストーリーは無い。そして、このゲームの売り文句は「最高のリアリティ」。つまり。


「通常ダンジョンには、鍵は無い確立が高い……?」


「そういうこった、あくまで俺の意見だけどな。」


 確かに、目の前の男、ザックは頭は良さそうには見えない。言ってしまえば馬鹿っぽく見える。


少なくとも頭は良くないだろう。しかし、その考察は充分に可能性があった。世界、現実味を重視した設定のこの世界なら、レールの上を走っているだけでは、鍵は見つけられないかも知れない。


「で、目をつけたのがここだ。」


 目の前でウィンドウを開き、地図を開く彼。地図は自分でその地に踏み入るか、既にその地を踏んだことのあるプレイヤーからデータをもらわないと新エリアは表示されない様になっているのだが、彼の地図はかなりの面積が既に出来上がっていた。いったいどれだけ他のプレイヤーと接触してきたのだろうか、その気合には素直に驚き、感心した。


「《スラバ砂漠》……。聞いたことが無いな」


 ここ、チョンチョンと指でつつく動作をしてみせたザックの指が示しているのは、現在の町から遥か南に位置する《スラバ砂漠》。聞いたこともない名前だった。


「この砂漠は先行の時に観光メインで遊んでたヤツが見つけたらしい。現実でいうところのエジプトみたいな砂漠と遺跡のエリアだっつぅ話だ」


「へぇ……。で、そこがどうかしたのか?」


 砂漠があるというのは分かった、だけど、それとさっきまでの話になんの関係があるのだろうか。その答えは彼からすぐに示された。


「ユウキよぅ、俺らにとってお宝ったら何だ?」


「そりゃ、現実の世界に帰れる……」


 自分でそこまで言ったところで、ようやく気が付いた。思わず笑ってしまうほど単純な内容だった、遺跡にはお宝が眠っている。現実の世界なら金銀財宝。それを手に入れるために未だに世界の遺跡には盗掘者までいるらしい。


 だが、この世界で金銀財宝はアイテム、もっと言えばお金にしかならない。正直、お金は敵と戦っていれば増えいく。つまり、ここで指しているお宝というのは。


「俺らにとっては現実に帰る鍵が最高のお宝ってことか」


「そういうこった」


 しかし、俺の頭にはひとつの疑問が浮かんだ。何故コイツはそんな情報を俺に教えたのだろうか?他力本願、というわけでは無さそうだが、見返りでも要求してくるつもりなのだろうか。



「それで、快くタダで怪しい場所を教えてくれたわけじゃないだろ? 悪いけどお金は無いよ」


 地図の完成度といい、ダンジョンへの目利き。この男は情報屋か何かなのだろうか?基本的に情報屋といえば情報と引き換えに対価としてお金やアイテムを要求してくるが、あいにく払えるだけのお金なんて持っていない。ソロで戦っていくには資金の大部分を回復アイテムに費やすしかないんだ。


「ハッハッハ、金なんてとらねぇよ。ただ、その腕を見込んで俺のギルドに……」


「ギルド、に……?」


 悪いけど勧誘はお断りだ、俺はまだ誰かの死に責任を持つことなんてできない、これ以上。


「ま、こんな簡単にギルドに入ってもらえるなら、お前さんなら既に大手に入ってるわな。安心しな、ギルド勧誘じゃねぇよ。この砂漠の遺跡は俺のギルドが攻略する。お前さんには傭兵として道中の露払いを頼みたい」


 ギルドの勧誘でなかったことにホッと一息。いつかは、誰かと組んで目標に向かわなくちゃいけないこともあるだろうけれど、今はその気にはなれない。

 そして、肝心のザックの依頼は「傭兵」。なんというか、表現が見た目どおりの山賊臭いというか、けなしているわけじゃないのだけれど、泥臭い表現だな、そう感じた。


「はぁ、それで鍵が見つかればみんなが嬉しい。そういうことか?」


「そういうこった、お前さんもこの世界を終わらせたいんだろ」


 それは、そうだ。俺に後を託した彼女への責任と罪滅ぼしは、それまで終わらない。それにしても、傭兵……か。ギルドの仲間じゃない、PTメンバーでもない。あくまで、「雇われ」だ。もし誰か犠牲者が出たとしても、それは傭兵に追わせる責任じゃない。でも、犠牲者が出たとして、俺はその時耐えられるのか……。


「はぁ、わかったよ。でも、俺一人で何十人って人数は守れないからな」


 これは一種の精神論になってしまうかもしれないけれど、犠牲者を「出さなければ」いいだけのこと。自惚れかもしれない、でも、それをできるだけの力が、今の俺にならあるはずなんだ。

 了解の返事をして、これでいいか?と俺は席を立つ。


「おう、しばらくはこの町で装備とレベルを整えるつもりだ。進展があれば、また連絡する」


 ザックはまだ酒場に残るらしい、俺を見送るように葡萄酒の入ったコップを掲げてニカッと笑ってみせた。そんな彼に背中を向けて歩き出し、酒場を出ると部屋の中で温まった体に冷たい風が吹きつけ、思わずブルッと体を震わせた。


「ギルド、か……」


 あわよくばギルドに誘おうとしていたザック、今更だが、彼のギルドになら入ってもよかったかもしれない。

 《ギルド》、ギルドというのは、もっと分かりやすく言うとチームみたいなものだ。ただ、その規模は他のゲームだと少人数の集まりから大規模な組織まで多種多様だ。ギルドに入れば仲間もできるだろう、寄せ集めの仲間とは違った背中を預けられる仲間が。それに、同じ目標を持つ仲間となら、こんなゲームの中でも、楽しい時間が……。


 そこで考えるのを辞めた。楽しい時間、そんな甘えた考えは許されないんだ。もっと貪欲に、もっとストイックに、強さを求めて、この世界を終わらせる。



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