一人、ダンジョンへ
「はぁ……! 《月下一閃》!!」
剣は下段に、重心を落とし、一気に距離を詰めて斬撃を放った。
2メートルほどある熊型のモンスター《リトルベア》に最後の一撃を加え、その体が光の粒となって消えるのを確認して、剣を鞘に収め小さく息を吐いた。
このダンジョンはいきなりボスが襲ってくるという悪趣味なサプライズは無いようだ。おそらくレベルに見合った敵が出現するのだろう、最初にブーストをかけたレベルとチート級武器のおかげで、ほとんどの敵は1撃から2撃で撃破できた。
ただ、少し難点というか、問題なのがダンジョンの構造だった。
最初の森のダンジョンと違い、《迷宮》という表現が近い分かれ道だらけの構造は、何度も同じ道に戻ったり、新しい道かと思えば行き止まり。マッピングがあるとしても中々ボスの部屋にはたどり着けなかった。そんな時だった。
「お、お前さんプレイヤーか? ダンジョンで他のプレイヤーに会ったのなんて初めてだぜ。」
ようやく見つけた新しいルートを歩いている時だった。もやの中に浮かぶ人影に、警戒して剣に手をかけていると。現れたのは4人PTのプレイヤー達だった。なんだかくたびれた様子のプレイヤー達の中で、リーダーのマークが付いた一人の男が話しかけてくる。
「お前、こんなゲームの中だっつうのにソロか? 命知らずだなあ、おい」
「そんなの人の勝手だろ、放っておいてくれ」
美少女美少年も思いのままにアバターが作成できるLGOの世界にも関わらず、その男は、金髪のオールバック、キレ長のツリ目に顎鬚を生やし、エラのはったいかつい面構えをしていた。とても美少年、と言えるなりではない。どう見てもヤンキーだ。にも関わらず、話しかけてきた第一印象はやたらとフレンドリーだった。
現実の世界にいたときもそうだが、ヤンキー系の人間とはあまり話したことが無い。もっと言えば避けていたくらいだ、怖すぎる。
関わらないでおこう、適当に言葉を返して先に進もうとする俺の進路に、その男は「まあまあ、いいじゃねえか」と何故か割り込んできた。
「なんのつもりだ?」
俺が軟弱そうな男子のアバターだからといって、まさかPKでもするつもりではないか。その物騒な外見に、思わず警戒し、睨みをきかせたが、一方で男はキョトンとした顔を浮かべた。
「なんつー怖え顔してんだオメー、俺が言いたいのはこの先に行くのはやめとけってこった。この先にボスの部屋があったが、とても勝てる相手じゃねぇ。俺らだって、退散してきたんだ」
ああ、なるほど。だから他のPTメンバーは疲れきった様子なのか。
この先にボスの部屋があるという情報はありがたい、だが、先に進むのを止める言葉に素直に頷くことはできなかった。
「駄目かどうか、実際に試してみるさ」
男の手を払って先に進む俺の肩を、その男の手がガシッと掴んだ。見た目どおりの無骨な、でかい手だ。
「やめとけって言ってるだろ。ボスの部屋までの道はわかってんだ、他の奴らも連れてくるところだ。お前もボスに挑むつもりならそれまで待って一緒に……」
「嫌なんだよ!!」
「一緒に」その言葉に俺は声を荒げ、肩を掴んでいた男の手を振り払った。なんでそこまで感情を乱したかは、自分でもわからない。でも俺の中で、PTを組んでボスにあたるというのは、あまり気の進むものではなかった。
「……悪い、とにかく俺は一人で行きたいんだ。俺がもしボスを倒せなかった時は頼む。」
男の手を振り払ったことに謝罪をして、歩き出すと、背後からは「なんなんだ? アイツ」といった言葉や「いいのか? アイツ死ぬぞ?」と男の仲間の心配そうな声が聞こえてくる。
最後に、「好きにしろ。ただ、死ぬなよ」と声をかけてくるオールバックの男といい、PTでもない他プレイヤーの心配をするとは、ヤンキーめいた外見の男達だが、根は良いヤツらなのかもしれない。
そして辿りついた、ボスの部屋の前。重々しい扉を開けると、中にはさっきから戦ってきた熊と同じ種類、だが明らかに大きさの違う、体長4メートルはあろうかという巨大な熊がそびえ立っていた。
名前は《ベアズマザー Lv30》。確か、このダンジョンはレベル20推奨だったはず。最初のダンジョンより良心的とはいえ、ゲームのバトルバランス担当の開発者の悪趣味な設定背景がうかがえる。
「グォォォォォオオオオオッ!!」
「うぁぁぁぁああああああッ!!」
激しい咆哮を上げる熊と同じ様に、俺も背中の剣を抜き、雄たけびを上げながら。熊へと突進していった。この戦闘が終わった時、現実に戻れる鍵を手に入れられることを願って。
バゴォォオオンッ!!と激しく地面に打ち付けられる熊の手をかわし、空間全体を振るわせるような振動に怯えることもなく、地面に叩きつけられた熊の手に剣を突き刺し、その指を切り落とした。
「グルギャァァァアアッ!!」
痛みに悶える熊に、俺は攻撃の手を休めることはなかった。熊がよろけた隙に、剣を右手から左手に持ち替え、脚を攻撃、バランスを崩した熊に一方的ともいえる連撃を浴びせていった。
それから30分、戦闘は俺の一方的な展開のまま、幕を閉じた。断末魔を上げて倒れる熊。一人だった分、体力を削りきるまで時間は要したが、それでもピンチらしいピンチも無く決着が付いた。
ただ、勝ちはしたものの、俺の心は晴れなかった。なんなんだ、この弱さは。バッドステータスのひとつも無い。最初のヘビにも満たない強さ。自分の強さに酔っているわけではない、第二ダンジョンと第一ダンジョンの酷い差を感じ、思わず怒りに震えた。
「アイテムは……《ベアマフラー》。装備品か」
残念ながら、鍵を手に入れることはできなかった。いや、それは最初から半ば分かっていたことだ。こんなに早く鍵が手に入ってしまうはずがない。
とりあえず、手に入れた装備品は身に付けてみよう。装備品の欄に《ベアマフラー》をセットすると、首元に黒のロングマフラーが現れた。先ほどの熊の毛で作られた、丈夫なマフラーのようだ。感想は…あたたかい。
「さて、帰るか……」
今回の収穫はマフラーと、2つほどレベルが上がるだけの経験値だった。
剣を鞘に収め、ボスの部屋を出ると、そこには先ほどのオールバックの男が立っていた。
「よう、自殺志望のいかれたガキかと思ったが、良い戦いするじゃねぇか」
ガッツポーズを作って勝利を祝ってくれる男に、俺は思わず表情を曇らせた。
「盗み見か? 良い趣味とは言えないぞ。」
「お前がピンチになったら引きずり出してやろうと思ったんだよ。」
やはり、思った通りお人よしというかお節介な男だった。俺の苦情にもハッハッハと笑うばかりで、悪びれるそぶりは無かった。むしろ、正義の味方、と言わんばかりの堂々とした態度だ。
「俺はザックっつーんだ。ソロの英雄君、名前は?」
「ユウキ……っていうか何だよ、その英雄って」
まるで煽るような男の口調にイラッとして表情を歪めると、男は暢気に「まあまあ」と俺をなだめた。
「ほい、これで今のはチャラだな、ユウキ」
最初からそうしようとでも思っていたのか、男が手に持った回復薬を霧状にして俺にふりかけると、ボス戦で減った体力が回復していった。お互いに名乗りあったことで、とりあえずは知り合い、ということになったのだろうか。「ありがとさん」と、礼だけ言って帰ろうとしたのだが、男はまだ自分に用事があるようだ。しつこく「待てってば、ユウキよう」と背後を追いかけてくる。
「はぁ、わかったわかった。話はきいてやるから、町に帰ってからにしてくれ」
俺が観念したようにため息をついて男に向き直り、そう言うとザックは上機嫌に「よっしゃ!」とガッツポーズを作るのだった。




