儚く舞うは古の誓い
此処は西の国。火之神が災いを退け、民を幸福へと導くという火神教が信仰される地。
今年は奉納の祭りを盛大に執り行う祈年祭の当たり年。王都は活気付き、人々は準備に明け暮れていた。
「伽羅様!」
かく言う此処は、祭りの催しでも最も注目される奉納の舞、炎舞 -エンブ- を執り行う巫女たちの詰所。響き渡るは女の声。
「亞鶴、聞こえているわ」
応えた声はとても弱々しく、いまにも消え入りそうにか細い。
「伽羅様、ひどい顔色ですわ。とにかく此方にお座りになって!!」
亞鶴と呼ばれた女はぎょっとした顔で隅の椅子へと伽羅を導いた。
「さぁ、これをゆっくり飲んでくださいまし。随分と身体も冷えておいでです。大丈夫ですか?」
あたたかい湯呑みを手渡し、気遣わし気に声をかける。それほどまでに、伽羅は存在そのものが消えてしまいそうなほど儚く、動揺がにじみ出ていた。
「ありがとう、少し楽になったわ」
「無理もありませんわ、とても大きな舞台ですもの。」
伽羅は、祈年祭の奉納の舞、炎舞を執り行う巫女の中でも総代に選ばれ、最も注目される中心で他の巫女を従え舞うのである。
祭りを取り仕切る王の宰相、緑庵からの勅命ではあったが、自分にそんな大役が務まるのか、甚だ疑問が残る伽羅は、不安とプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。
「亞鶴…どうして私だったのかしら…」
ぼーっと窓の外、舞台となる神台を見つめて、伽羅はぽそりと呟いた。
「伽羅様、御自身では役不足、と?」
亞鶴は神妙な面持ちで問いかける。
「わたしは知っております。伽羅様の舞には迷いがないことを。民の心を、思いを、火之神へ捧ぐ力があると。お忘れですか?貴女様は、火之神の愛娘として神託をお受けであることを。」
伽羅の左眼には火之神の象徴、火の鳥の紋章が刻まれている。普段は意識しても見ることは叶わぬが、ひと度舞い始めると、左眼の紋章が舞の力に呼応するように淡く存在を主張し、伽羅は淡い炎に包まれるのだ。まるで、火之神をその身に宿しているかのように神々しいその姿から、気が付けば民から神の愛娘と呼ばれるようになっていた。
伽羅は、1度目を閉じ、深く息を吸い込んでからまっすぐに亞鶴の目を見つめ返した。
「…‥いかなる理由があったとしても、勅命を、仰せつかったのですもの。わたしはわたしの精一杯で舞うだけよ」
一切の迷いのなくなった目を見つめ、亞鶴は首肯した。
「お心が、お決まりですね」
ひとつ頷くと、伽羅は立ち上がる。
古の誓いを、火之神に捧ぐ舞を、奉納するために。
松明が煌々と揺らめく夕闇の中、祭りの演舞は幕を上げる。
神台に上がるは選ばれし巫女。炎を模した紅い飾りを思い思いに身に付け、粛々と清らかなる時が流れる。
列がぱっくりと割れ、その人の間から歩み出づるは淡い炎を纏った伽羅だった。
「おぉ…」
「伽羅様ー」
「神の愛娘様…」
民の声が上がる中、巫女達は舞続ける。
《出づるは西国 火之神の元 我等の神よ 尊き神よ 厄を退け 幸と栄を 敬愛したる 我らの神よ 祝詞に交え 此処に願う》
一歩一歩、歩を進め、手の形を変えながら祝詞を唱え舞う巫女達。伽羅を纏っていた淡い炎は次第に形を変え、巫女達を、そして一緒に祝詞を口にする民達を包むように大きく、大きく広がっていった。
今年も西の国は、火之神の加護の元、平和で幸福な国として新たな年を迎えたのだ。
「火之神様…願いを聞き入れてくださってありがとうございました。‥‥わたし、まだまだがんばりますから。」
祭りを終えた静寂の中、闇夜を仰ぎ見ながらふと独り言ちた伽羅であった。
END.
2015/3/7
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
拙く書きなぐってしまいましたが読んでいただけて嬉しいです。よければ感想お願いいたします。